音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年4月号

滋賀県地域生活定着支援センターの取り組み

中川英男

近年、下関駅放火事件、浅草パンダ帽事件、八尾駅前歩道橋幼児突き落とし事件等々、マスコミをにぎわす高齢者、障がいのある人の事件が続いた。また、元国会議員山本譲司氏の『獄窓記』や『累犯障害者』の著書の中で、刑務所の中に介護の必要な高齢者や知的障がいがあると思われる人たちがたくさんいるということが伝えられた。

出所後の知的障がい者受け入れモデル事業

そうした中、平成18年度よりの厚生労働科学研究「罪を犯した障害者の地域生活支援に関する研究」をはじめ官民を問わず、さまざまな研究事業がスタートした。

滋賀県でも国立のぞみの園による「罪を犯した知的障害者の自立に向けた効果的な支援体制と必要な機能に関する研究」に参加し、モデル的に刑務所から知的障がいのある人を受け入れた。播磨社会復帰促進センター(官民協働運営方式刑務所:PFI刑務所)や近畿矯正管区、大津保護観察所と連携しながら、平成21年4月に初めて面接に伺い、6月には受け止めをした。滋賀県外の人であったが、故郷では受け入れ先が無く、滋賀県での受け入れに同意された方であった。療育手帳はなく、知的障害者更生相談所に依頼し、刑務所まで判定に行ってもらった。

長らく一人で生きてきた人であるが、一人で電車に乗ったことがなく、もし退所する日に迎えがなかったらどうしたのだろうと思う人であった。犯罪は鍵のかかっていない自転車に勝手に乗り、1回は執行猶予が付いたが、執行猶予中に再び同じことを繰り返し、実刑となったものである。

この人が刑務所から出てきた時、医療機関の受診に同行したが、直立不動、行進様歩行をされ、名前を呼ばれると「はい。○○○○です」と大きな声で返事をして入室した。刑務所での習慣がまだとれなかったのである。

60歳を過ぎて、初めて「障害者」の認定を受けた。しかし、そのことが十分に受け入れられず、就労継続B型事業所で「私は職員になりたいのですが」と真剣に相談されていた。障がいの重い人との付き合いもなじめず、しばらくの間は苦労されていた。

こうしたモデル事業や任意事業で、当センターでは4人の方を受け入れた。

地域生活定着支援センター開所

平成21年7月から、正式に地域生活定着支援センター事業がスタートした。滋賀県でも7月から受け入れ業務を始めたが、正式には8月からのスタートとなった。7月1日に現事務所に赴任すると、その日のうちに保護観察所より特別調整の依頼書が届いた。翌日にもう1通届き、初めはどこもそうであったように、高齢者の地域福祉との調整依頼であった。

調整依頼の候補者を刑務所で選ぶ際、「障がいがあると思われる人」より「65歳以上の高齢者」を選ぶ方が分かりやすいということである。最近は障がい者の依頼が多くなり、高齢者数と拮抗してきている。

事例1―認知症高齢者

初めに依頼のあった高齢者は認知症の人である。生活環境調査といって、刑務所や保護観察所の情報だけでは不足する分、本人の了解のもと、その人の受刑前の生活状況や生活歴、人間関係などを調査する。その中で分かったことは、犯行時は、すでに認知症を発症していたのではないかということである。

初期認知症の発症の中で万引きを繰り返し、逮捕され、起訴され、実刑になったということが分かってきた。その人は自分が刑務所にいることが分からず「近所の人に頼んでここに連れてきてもらったが、明日荷物をまとめて故郷に帰ろうと思う」と話された。初めは心理的な思いで刑務所にいることを否定しているのかと疑ったが、その後故郷に帰られ、当日は喜んでいたが、翌日には自分が故郷にいることが分からないでいた。ある刑務官から「なぜ彼のような人が刑務所に入ってくるのか。おかしいのではないか」と言われた。全くその通りだと思う。万引きしても弁償するお金が無い、代わりに謝ってくれる人がいない、そういう人が実刑判決を受け、受刑している。

事例2―生育歴や生活歴に起因する

また障がいのある受刑者たちに接して、情報を集め、その人たちがなぜ犯罪に至ったのかをアセスメントする時、障害そのものに起因することもあるが、多くは生育歴や生活歴の中での課題を抱えている。ネグレクトをはじめ、身体的虐待やいじめを受けた経験者が多い。残念ながら児童養護施設出身者も少なくない。

人を信用できないため、社会の中で困っても相談できない、相談しても支援を待てないといったことが起こっている。待てない中で即物的に対応してしまう。それが犯罪行為につながったり、問題をこじらせてしまう。

こうした場合は、単に利用できる福祉サービスを並べるだけでは解決しない。その人をがっちり受け止め、時間と労力をかけて人と人との信頼関係を築き学んでいく場と、それを支援する人が必要になる。息の長い支援が求められる。

事例3―障がい原因と支援環境の不備

一方、障がいが起因する犯罪ではないかと思うこともある。ただし、それは障がいそのものが原因というより、障がいの無理解や対応もしくは教育の不足からくるものである。

たとえばこんな事例があった。

広範性発達障がいのある人で、携帯サイトの中で、女性に向かって放尿する画像を見て、それをそのまま実行してしまった。器物破損罪として罰金刑となった。発達障がいのある人の映像刺激への反応である。むろん背景には女性に対して性暴力(性犯罪)をふるうことが本人の中で、ある種ストレス解消となってしまっているということがある。

またこの事例に限らず、いじめに合いつつ、そのことの受け止めや対処ができていないまま、自分の内に不全感や攻撃性を持ってしまったとも考えられる。しかし、発達障がいがあるということで、性に対する認知面への適切なアプローチがなされていればこうした行為は起こらない。社会生活の中で予測されるリスクとしてのアプローチが必要なのだと思う。

知的障がいのある人へのアダルトビデオの扱いも然りである。アダルトビデオは往々にして性暴力を含み、しかもそれを女性が喜んでいるというふうに描かれている。実際は違うということを分かりやすく伝える必要がある。彼らによく理解できる形での性教育が、適切な年齢で行われていればと思う。

ICFに基づき障がいを捉える

福祉支援において犯罪をどう捉えるかについては、ICF(生活機能分類)における「障害」の捉え方と同様、構造的に捉えていく必要性を感じている。生物的、医学的障害と生育歴や生活歴も含めた環境との関係、そして犯罪が起こった背景としての社会環境などを十分にアセスメントし、その人の社会での生きにくさを考察しながら支援を組み立てていくことになる。

定着支援センター、23年度中に全県に設置

地域生活定着支援センターも平成23年3月末時点で、すでに全国で38道府県39か所(北海道2か所)で開所された。23年度中にはすべての都道府県で設置されると言われている。

現在、全国地域生活定着支援センター連絡協議会において、対応数の集計や課題についてのアンケート調査が進んでいるが、22年度末では、おそらく保護観察所からの依頼による調整件数は事業開始後、500件を超えていると思われる。

滋賀県の人口は日本の人口の100分の1で、刑務所は定員615人の比較的小規模な施設が1か所のみである。これまでに20件の特別調整と1件の一般調整を受けている。ほかには県外からの調整協力依頼が1件となっている(23年3月7日現在)。

また地域からの相談は60件程であり、この中には、中心的にコーディネートを担わなければならない事例もある。

こうした定着支援センターとしての出口支援(矯正施設を出てくる時、または出た後の支援)のほか、滋賀県では、厚生労働科学研究「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究(田島班)」の研究協力の中で、いわゆる入口支援である逮捕後の対応や裁判支援、執行猶予となった後の支援も関与している。

見えてきた課題

まだまだ始まったばかりの実践であるが、課題として見えてくることは多い。以下、いくつか上げてみたい。

1.まず特別調整選定の問題であるが、特別調整の条件として、高齢であることや障害があると思われることは無論、帰るべき場所がないとか、本人が福祉サービスを受けることを望んでいるなどがある。本人同意は当然ではあるが、精神障害の人や認知症の人など、ご自身で障害や支援の必要性を認めない事例もある。

また刑務所での生活は、比較的構造化されていて障害が見えにくいとも言われている。刑務所で行われるIQ検査法のCAPAS(作業適性をみるための動作性検査)の数値がそのまま療育手帳には該当しないということもある。まして、発達障がいの特徴としての言語性IQと動作性IQの落差などは分からない。

2.そして調整において、私たちが一番苦労しているのが責任行政の決定である。

もともと、対象候補者は帰る場が無い人であり、住民票は残っていてもそこに住めない人たちである。当事者の希望に沿って調整をしていくのだが、地域福祉において、この人たちは住民ではないのである。「なぜうちの市に連れてくるのか」という言葉を聞くことが多くなる。

各福祉法の中での取り決めはあるが、解釈するのは人である。地域にサービス量や財政的ゆとりがない現状で、どこの地域で調整するのか、できるのかということで苦慮している。

3.このほかにも、受け入れ施設・事業所の理解や空きの無い状況、事前見学や実習ができないこともあげられる。矯正施設内だけではその人のニーズが十分に見えないこともあり、地域福祉への移行においてソフトランディング(緩やかな移行)の必要な事例も多い。

4.本題である司法と福祉の連携ということでは、開始当初と比べるとずいぶん変わってきた。当初は刑務所からいただく情報もわずかで、しかも犯罪歴が中心であった。滋賀県では、今では15ページにわたる資料をいただくこともある。また、刑務所内での障害者手帳用写真の準備や手帳取得のための診断書、介護認定のための診断書等を書いてもらっている。まだまだ全国一律ではないが、確実にやりやすくはなっていると思う。

5.更生保護施設も全国で104か所あるが、高齢者・障がい者を受け入れるための福祉職を配置したところはまだ57か所に過ぎない。また設備面や人的体制において受け入れの限度がある。刑務所退所後、すぐのシェルター機能としての充実が望まれる。

6.更生保護観察所においては、仮出所者や執行猶予保護観察付きの人には更生プログラムが提供されるが、満期出所の人には社会内において適切な更生プログラムを受ける場がほとんどない。しかも障がい者に特化したプログラムではない。もちろん近年、刑務所内でもさまざまな取り組みがなされるようになってきたが、たとえば、PFI刑務所で行われるSST(社会生活技能訓練)も本来はもっと社会生活に近いところで、できれば地域社会内で行った方がより効果が得られる。

今後、再犯を繰り返しているような人に対しては、環境調整とともに、こうした専門的支援も提供できるようになればと思う。

この事業に携わり、司法や福祉のあり方がもっと問われなければならないと考えるようになった。

とりあえず、この事業が入口から出口、そして社会生活において、一貫した支援を行えるような方向へ発展することを望みたい。

(なかがわひでお 滋賀県地域生活定着支援センター所長)