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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年4月号

わがまちの障害福祉計画 埼玉県深谷市

深谷市長 小島進氏に聞く
現場で一緒に汗をかける福祉の取り組み

聞き手:寺島彰
(浦和大学総合福祉学部教授)


埼玉県深谷市基礎データ

◆面積:137.58平方キロメートル
◆人口:147,677人(平成23年2月1日現在)
◆障害者手帳所持者:(平成22年3月31日現在)
身体障害者手帳 4,786人
療育手帳(知的障害者) 933人
精神障害者保健福祉手帳 521人
◆深谷市の概況:
埼玉県の北部に位置し、利根川と荒川に挟まれた台地にある。江戸時代は中山道の宿場町(深谷宿)として発展する。県下有数の農業地帯で、チューリップなどの花弁栽培も盛んである。市民の森「ふかや緑の王国」では自然を生かしたさまざまなイベントを企画している。関越自動車道花園インターチェンジを有し、東部には工業団地が広がる。第一国立銀行創立者で近代日本経済の基礎を築いた渋沢栄一翁の故郷。1996年に建てられたモダンな煉瓦造りの駅舎は、渋沢翁の偉業の顕彰と煉瓦を生かしたまちづくりのシンボル的存在となっている。2006年、近隣3町と合併し新「深谷市」となる。
◆問い合わせ先:
深谷市福祉健康部障害福祉課
〒366―8501 深谷市仲町11―1
TEL 048―571―1011(直)
FAX 048―574―6667
HP:http://www.city.fukaya.saitama.jp

▼深谷市の特色や魅力を簡単にご紹介いただけますか。

ご存じのように深谷市は、深谷ねぎで有名です。東京への通勤圏でありながら、ねぎ以外にも、ほうれん草、きゅうり、ブロッコリーなどの特産があり、近郊農業が盛んです。豊かな自然も残っています。昨年11月に全国のねぎの産地が集結した「ねぎサミット」という催しが大盛況を収めました。農業を中心に地域の活性化を進めていきたいと考えています。

また、当市は、「近代日本経済の父」と呼ばれている明治の大実業家、渋沢栄一翁の故郷(ふるさと)です。渋沢翁は、500もの近代企業の設立に貢献したほか、養育院や孤児院など600以上の社会公共事業に携わりました。また、救護法の制定(昭和5年)にも尽力しました。

▼小島市長のマニフェストには「障害者の就労を支援します」と書かれているそうですが、その背景があれば教えてください。

かなり前のことですが、自分の家族に大手術を受けた者がいました。外国なら何百万円もかかると思われるその手術代の多くを医療保険が負担してくれました。その時、日本の福祉のすごさを実感しました。見ず知らずの方々が汗水流して納めていただいた税金を使わせていただくことに本当に感謝するとともに、いつかは、恩返しをしたいと思いました。

私は市議会議員を含め、地方自治に携わって16年になりますので、障害のある人や福祉関係者とお会いする機会が数多くありました。スワンベーカリーを訪問した時、そこで働く障害者が一人のひととして、前向きに生きておられる姿をみて感動しました。スワンベーカリーを経営されていたヤマト福祉財団の当時の小倉理事長が、「行政の情けをかけてもらうよりも、おいしいパンを作って自立したい」という話をされて感銘を受けました。私はもともと企業家なので、行政の「上から目線」で助けるのではなく、一緒に汗をかいていけるような支援ができないかと考えました。それを市長に立候補した時のマニフェストに掲げたのです。

▼小島市長の障害のある人たちへの地域生活支援の考え方を教えてください。

以前、別府市に行った時のことでした。市民の方々が、心のバリアフリーとも言えることを自然に行っていたことに感動したのを覚えています。たとえば、車いすの人がスーパーで商品に手が届かない時、とってほしいと言えば店員が自然にとってくれる。雨の日でも、車いすの人が手を上げればタクシーがすぐに止まって乗車の手伝いをしてくれる。別府は、車いすマラソンの長い歴史があるからだと思いますが、障害のある人の支援が自然にできるということに驚きました。地域生活支援にとっては、このような細かい配慮が大切だと思います。

きちんと福祉政策を行っていることは、まちの魅力になります。そのようなまちには、人が集まってくる。家も建てて住んでくれる。それが、税収につながると思います。

▼「深谷市障害者プラン(第2期深谷市障害福祉計画)」の特徴は何でしょうか。

このプランでは、障害のある人の地域生活への移行支援の充実を掲げ、地域生活移行者数と入所施設定員の減少数を国の指針の基準以上にすることをめざしています。23年度末までの地域生活移行者数の目標は36人です。

また、福祉施設利用者の一般就労への移行についても、就労移行支援事業の実施を促進するとともに、事業者と公共機関とが連携した就労支援体制づくりに取り組んで、これも国の指針の基準以上となることをめざしています。

▼「深谷市障害者まごころ支援基本条例」の理念は、地域生活支援ですね。

深谷市では、障害のある人の不安をなくし、障害者の自立と社会参加を促進するとともに、住民とともに住み慣れた地域で安心して暮らすことができる環境を整備するために、平成15年3月「深谷市障害者まごころ支援基本条例」を制定しました。この条例は、同年4月から施行されていますが、成年後見人制度等の啓発や利用に関すること等を含む障害者支援の基本条例を定めたもので当時、こういう条例を持つ自治体は存在せず、深谷市が全国に先駆けて制定しました。

この条例に基づき、グループホーム・ケアホーム・生活ホームの設置、相談支援事業および地域活動支援センター事業、深谷市障害者就労支援センターの開設、成年後見人制度利用支援事業、講演会、障害者文化作品展、ふれあいスポーツ大会などを実施しています。

また、「ふれあいサポート手帳」を配布しています。これは、障害程度などの本人の情報や、受診時に配慮してほしいことなどが記載できるようになっており、障害のある人とその家族の方が安心して地域の医療機関で受診できるように、市内の医師会および歯科医師会の協力を得て実施しています。

▼市役所庁内での物品販売について、その協力の考え方や取り組み状況はいかがですか。

マニフェストに掲げた障害者の就労支援の一環として実施しています。具体的には、福祉施設で製造した食品や品物を市民ホールと障害福祉課前で販売するための調整や、市職員・来庁者に対して周知を図っています。

また、市のホームページに障害者施設の取り扱い商品を掲載し、市民に紹介しています。販売品目には、パン、クッキー、せんべい、ケーキ、衣類、炭製品、花、陶器、果物、野菜、惣菜等があります。各福祉施設が曜日を決めて、平均週4日は販売しています。

▼まごころ支援基本条例を根拠として、渋沢栄一の基本理念である「忠恕」(ちゅうじょ)の精神に基づき支援をされているとのことですが、どういう意味でしょうか。

「忠恕」とは、論語の精神であり、「まごころと思いやり」のことです。この考え方に基づき、渋沢翁も、晩年には、福祉に多くの力を注ぎました。当市の職員もこの考え方について書かれた書物も読んでいると思いますし、当然意識もして業務にあたっていると思います。今年は、没後80年になりますので、渋沢翁を題材にした企画を発信したいと考えています。

▼対話会を実施しておられるという話をお聞きしましたが。

私は、現場主義と呼んでいるのですが、直接現場に行って自分の目で確かめることが大切だと考えています。そこで、学校の校門に立って生徒に声をかけたり、障害者施設を訪問したり、「市長とみんなの輪」と題した対話会を行っています。先日は、聴覚障害のある人たちと話し合いました。

こういう会では、私が話を聴く姿勢で臨みますので、いろいろな話を聞くことができます。お話を聞いても、すべての要望を実現できるという訳にはいかないのですが、皆さんの抱えている問題を把握することができますし、一つ一つ丁寧に説明していくなかで、安心感を与えられるのではないかと思います。自分が汗をかいてすむのであれば、どんどん現場に出ていきたいと思います。

これからの市の予算はますます厳しくなっていくと思いますが、予算削減のなかでサービスの質を落とさないためには、汗をかくしかないと思います。上から目線ではなく、一緒に汗をかける福祉が必要だと思います。

▼今後の障害者政策について、抱負などをお聞かせください。

当市も、他の自治体と同じく、財政が厳しくなってきています。基本的に、補助金はゼロベースで見直すように職員に指示しています。そのために、シビアな市長と言われることもあります。しかし、何でもかんでも切り捨てるということをしようとしているのではありません。効果的に目的を達成するためにいろいろな方法を考えるということです。全体としてとらえた場合、ある目的を達成するために予算を増やすこともありえます。

補助金について言えば、優先順位において、将来の効果も考えなければなりません。命に関する補助金の優先度が一番高いことは明らかですが、何年か後に税収が増えるような補助金の優先度をどの辺りに置くのかといったバランスのよい補助金の配分についても議論していかなければならないと思います。教育や福祉をどのように充実させていくか、また、それをどのように発信していくかが市長の腕の見せ所でもあります。この辺りは、きちんとやっていきたいと思います。

また、真っ暗なうちから電車に乗って夜遅く帰ってくる都心に通勤している人たちがいます。このような方々が納得できるような税の使い方をしたい。そのような人たちに、きちんと説明できる政策をとっていきたいと思っています。

商工会などの会合に出席すると企業の社長さんたちも福祉に大変興味をもっていて、どういう形でお手伝いができるかという話をされます。自分も企業家として以前、障害のある人を雇用したこともあります。ただ、障害者を雇ってくれと言ってもだめです。障害者を何人雇えばよいというような考え方は、正しくありません。どういう形で雇用すればよいのかということを行政が示しながら企業家を支援しなければ障害者雇用は進まないと考えています。企業家が雇用できるような、現場に着目したシステムづくりを行政が行わなければならないと思います。


(インタビューを終えて)

小島市長は、もともと企業を経営されていたとのことで、障害者雇用に関心が高いし、企業家としての感覚から障害者雇用をみておられる。企業活動の継続を前提として、どのように障害のある人たちを雇用すればよいのか、きちんと支援できるシステムの構築が必要なことは、障害者雇用の分野では課題になっている。障害者雇用の専門家でもない、しかも、多忙な市長さんがこのような見解をもたれていることについて、そのバランス感覚の良さに感服するものである。ぜひ、そのようなシステムを深谷市が構築していただきたい。

また、小島市長は、再三、税金を支払ってくれている人たちに恩返しをしたいということを述べられていた。これは、国民や市民に対する責任と考えられる。このような考え方は、渋沢翁の言う忠恕の理念が反映されているのだろう。予算削減のなか、現場で一緒に汗をかきながらお金を使わずに市民サービスの質をいかに維持していくのか、いろいろな市町村で取り組みがなされているが、深谷市はどのように解決されるのか、今後の取り組みに期待したい。