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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年6月号

住環境整備の考え方と技術的課題

橋本美芽

はじめに

今日、新築住宅のバリアフリー化は一般化し、住宅リフォームにおいてもバリアフリーに関する建築技術者の知識と技術は向上して一定の水準を満たすようになってきた。

これは、高齢化社会の到来が起爆剤となり、わが国が未曾有の超高齢化社会に突入したことで、建築技術者が今後の市場拡大を見据えて顧客獲得に必要な知識・技術であると認識するようになったことが最大の要因である。現状では、おおむねバリアフリー化の手法は標準化し、施工技術はマニュアル化され、普及そして一般化している。

ただし、これらは高齢者と脳血管障害などの高齢障害者を対象としたバリアフリーであり、多様な障害の状態像を想定したものではない。率直に言えば、建築技術者の認識と習得した知識は、歩行方法ではT字杖か伝い歩きまで、車いすについては介助用車いすへの対応までが標準である。したがって、多脚杖(4点杖)や歩行器を用いた歩行方法への対応、自走用車いすやリクライニング式車いすを使用する多様な障害とその環境整備などについては、残念ながら、ほとんどの建築技術者の知識はお粗末な状況だ。筆者自身も建築士であり、自戒を込めて読者の皆様に現状をお伝えする。

住まいの整備に求められる基本姿勢

このような実情からみて、建築技術者が自身の知識で提案する整備案は、十分に個別の当事者の障害特性や生活動作方法と能力を理解し、整備案に反映しているとはいいにくい。しかし実際には、建築技術者が最初に整備案の提案を行い、当事者も周囲の支援者もそれを基に、また、その内容の範囲で検討し相談を行う例をよく見かける。住宅の構造的制約や知識の不足から、とりあえず専門知識を持つ建築技術者に任せることが安心と考えやすいが、障害の個別性に配慮するためには、この手順はできる限り避けたい。

基本姿勢として、障害のある方々の住まいを個別の障害の特性に合わせて整備する場合には、整備方針や整備の基本条件について、最初の整備案の作成前に、当事者やその支援者は建築技術者に対してあらかじめ明確に伝えること、つまり主導権を持ち、主体的に指示する姿勢が重要であり、必要である。これは新築住宅はもちろんのこと、手すりや段差解消のように小規模な住宅改修であろうと、浴室を新装するような住宅改造であろうと当てはまる。

なお、ご存知とは思うが、建築技術者は主に、設計図面の作成を担当する設計士と、工事を担当する大工などの施工技術者に分かれる。建設会社やハウスメーカー、工務店にはこれらの建築技術者のほか、顧客との打ち合わせや契約を担当する営業担当者が存在する。福祉用具販売店で住宅改修を請け負う場合は、営業担当者のみ販売店の社員で、設計士や施工技術者は別会社の社員が担当する場合が多い。したがって、営業担当者との打ち合わせのみでは、当事者の要望や意図が確実に設計士に伝わる保障はない。設計士(小規模の工務店では設計と施工を兼ねる場合もある)に直接会って、障害特性や個別性を具体的に伝えること、そして十分に理解してもらうことが必要である。この意味でも基本姿勢を強く示してほしい。

移動方法の設定

障害に個別性があるように、当事者ごとに屋内の移動方法や使用する用具は異なる。さらに、生活場面や昼夜の時間帯によっても異なりやすい。

たとえば、昼間は短下肢装具を装着して杖歩行や伝い歩きの方が、夜間にトイレに移動する際は、短下肢装具を装着する手間を省いて歩行する例は多い。転倒の危険回避のため、夜間はポータブルトイレに変更する場合もあるが、トイレでの排泄を想定するならば、昼夜の変化はあらかじめ想定する必要がある。

同様に、入浴の際、脱衣室が狭い、または寒いといった理由から、居室や別室で衣服を脱ぎ、廊下、脱衣室、浴室内の移動が不安定になることや、介助が必要になる場合も多い。さらに、車いすが水に濡れることを嫌い、車いす使用者が浴室内の移動を不安定な歩行に変更する、シャワー用車いすを使用する、などの場合もある。

生活場面ごとに、当事者や家族が現在行っている移動方法と、環境を整備したのちに希望する移動方法、さらに、運動能力や障害の状況からみた安全性と実用性を十分に検討し、事前の確認事項として捉える必要がある。特に、これまでに行ったことのない移動方法や用具類を取り入れる場合には、希望と実用性が一致しない例が見受けられる。「できる」動作と「やってみたい」動作の違いに対する当事者の理解は、住まいの整備前に不可欠の事がらである。

車いす使用者が行っておきたい準備

現在の住宅では、標準的な廊下幅(実際に通行できる幅)は75センチメートルであり、バリアフリー仕様の住宅であっても、廊下幅は同一の幅員である。

先に述べたが、標準的な介助用車いすの幅員は55センチメートル程度であり、廊下の通行に大きな問題が生じることはあまりない。しかし、当事者が自立して使用する自走用車いすの場合には、標準的な車いすの幅員は63センチメートル程度であり、さらに、両肘を車いすの外側に突き出して後輪を駆動しながら移動するため、75センチメートルの廊下幅で実用的に車いすの通行が可能であるか、必ず検討すべきである。

また、寝室やトイレ、洗面室、浴室などでも、車いすの形状や寸法によって、移動や作業の環境条件が個別に限定されることが多い。あらかじめ、基礎知識となる情報を設計士に伝えることが必要である。したがって、事前準備として、使用する車いすの寸法、最低限でも幅員(横幅)と全長(前後長)の寸法確認は行っておきたい。

なお、標準的な形状の自走用車いす、介助用車いす、電動車いすの全長は100センチメートル~110センチメートルであるが、当事者が使用する車いすの全長がこれを上回る場合、たとえば、リクライニング式車いす(通常140センチメートル程度)やヘッドサポート付き車いすでは、全長が重要な意味を持つことがある。第一には、廊下の側面方向の出入り口を通行する場合に特に広い開口幅を必要とすること、第二には、ホームエレベーター内部の奥行き寸法は120センチメートル以下であり、必然的に車いすの長さは120センチメートル以下でなくてはならず、生活空間を上下階に広げることが困難になりやすいこと、である。

リクライニング式車いすでは、ヘッドレストやバックサポートの角度を調整して構造上120センチメートル以内に収まるか、また、使用者が背角度の調整から乗り込み、昇降時間、再び背角度を戻して身体を伸ばすまでに要する3分程度の間、呼吸や起立性低血圧などによる身体への負担に無理がないか、慎重な検討を要する。身体上の理由から困難である場合には、残念ながら上下階の移動は困難であり、生活空間は玄関と同1階の範囲に限定される。設置したホームエレベーターが使用できないという事態はぜひ避けたい。

住宅の整備における技術的課題と検討点

住宅特有の構造的制約が原因となって生じる技術的課題や、検討するべき主な事項について紹介する。

1.手すりの取り付けと補強

一般的な木造住宅では、壁面は構造上の理由から手すりを支える強度を持たない。したがって、手すりの取り付け位置には壁面強度を高めるための補強が必要である。廊下に取り付ける伝い歩き用の水平手すり(横手すり)については、将来的に、運動能力の低下や状態像の変化によって取り付け高さの変更が生じる可能性がある。

また、当事者の希望の確認や事前打ち合わせを十分に行っておかないと、取り付け工事後に高さの変更を求められることがある。その度に補強位置の変更を要する工事は、規模や費用面から考えてぜひ避けたい。そのために、あらかじめ広範囲に壁面内の補強を行うことが望ましい。

補強範囲の目安は、手すり使用で想定される高さの下限と上限の範囲である。下限は体重を掛けて使用する杖の代わりとして、手すり使用者の大腿骨大転子(だいたいこつだいてんし)の高さ(杖はこの高さより少し長め)が目安となり、上限は歩行時の体の重心の安定を目的として、前腕(手首から肘まで)を載せやすい高さが目安となる。個人差はあるが15センチメートル~20センチメートルの範囲であり、加齢とともに、使用しやすい手すりの高さは徐々に下がる傾向がみられる。手すり使用者の人体寸法から知ることができるので、新築ではあらかじめ、住宅改造(改修)では最初の工事時に配慮しておきたい。

2.車いすの室間移動と出入り口の幅

先に述べたように、自走用車いすの標準的な幅員は63センチメートル程度であり、走行には、この寸法に加えて肘の突き出し幅と車いす進行時の振れ幅を考慮して15センチメートルを加えた78センチメートル程度の通路幅が必要である。廊下の幅員は若干狭いが、壁面を擦りながら直進することは可能である。

しかし、日常生活で車いすを実用的に使用するためには、これだけでは環境条件を満たしていない。廊下は単に通路にすぎないのであって、寝室から茶の間や食堂、トイレなどの、部屋から部屋への移動が可能な環境に整備して、初めて日常生活での移動に用いることができる。すべての部屋を廊下の突き当たりに配置することは困難であり、いくつかの部屋は通行する廊下の側面方向に出入り口が位置する部屋配置を免れない。

病院や施設の廊下幅員は、おおむね140センチメートル~180センチメートル確保されており、あらかじめ各室の入り口前で車いすを回転させて出入り口の向きに変えることができるが、住宅の廊下幅では困難である。このため、多くの車いす使用者は住宅内での移動に不自由を感じている。

残念ながら、現在の住宅では、構造的制約があるため廊下の幅員を拡張することは難しい。また、可能な場合であっても高額な費用を必要とする。したがって、実用的な整備方法としては、各室出入り口の幅員を拡大する方法が用いられる。

整備工事前の出入り口をみると、図1のように、出入り口の両側には柱があり、標準的な出入り口の幅員は廊下と同様に75センチメートル程度である。車いすが回転できず、出入り口を通行できない様子がわかる。そこで、図2のように、出入り口の両側に位置する柱のうち、左右どちらか1本を移動させて壁を撤去し、出入り口の幅員を拡大する。この方法により、狭い廊下から車いすは回転し楕円(だえん)軌道を描きながら、室内に入ることが可能となる。自走用車いすの場合には、出入り口の幅員を100センチメートル~110センチメートルに拡大できれば通行することが可能である。

図1 一般的な出入り口の構造と寸法
図1 一般的な出入り口の構造と寸法拡大図・テキスト

図2 出入り口の拡大と車いすの通行の様子
図2 出入り口の拡大と車いすの通行の様子拡大図・テキスト

なお、車いすの形状や寸法によって、通行に必要な出入り口の幅員は異なる。車いすの全長が長いほど、回転円の半径や楕円軌道も大きくなり、通行に必要な幅員をさらに拡大する必要が生じる。そこであらかじめ、使用する車いすの寸法から通行に必要な幅員を割り出して参考にすることをお勧めする。

図3に示すように、車いすの後輪の中心(車軸位置)を出入り口の角の位置に合わせて停止し、出入り口から遠い側の後輪のみを回転させると、車いすは最小の円を描きながら向きを変えることができる。したがって、このときの円周を描く線、すなわちフットサポート(足台)の外側先端と、停止させた後輪の中心(厳密にはハンドリムの中心)位置を結ぶ線が車いすの回転半径となり、出入り口の通行に必要な幅員の最小寸法に一致する。車いす使用者の操作能力による個人差は生じるが、さまざまな形状の車いすに応用可能なので参考にしていただきたい。

図3 車いすの通行に必要な幅員の割り出し方
図3 車いすの通行に必要な幅員の割り出し方拡大図・テキスト

3.有効開口幅員と戸の形状

車いすの通行を考慮して出入り口の通行幅員を拡大した場合、出入り口の幅員が広いため規格品での対応は難しいので、出入り口に取り付ける戸の形状についても検討が必要になる。取り付ける戸は、開閉動作が容易な形状が望ましい。壁面に沿って戸が開閉する引き戸は、多くの事例で用いられている。

戸の形状を選択する際には、図4のように、把手の突出によって、戸の一部が出入り口の開口幅員の内側に残される場合があることに留意する。そのために、実際に車いすが通行可能な開口幅員(これを有効開口幅員という)が、出入り口の開口幅員と一致しない可能性がある。特に、引き戸を採用する場合には、大型の戸を開閉しやすくするため、手すり状の把手を突出させて取り付けることが多い。この場合、実際に通行可能な幅員は8センチメートル~10センチメートル程度狭くなる。したがって、車いすの通行に必要な幅員は、戸を取り付けた後に通行可能な有効開口幅員であり、出入り口の拡大工事では、これを考慮した出入り口幅員の確保が必要である。

図4 出入り口の幅員と実際に必要となる有効開口幅員の違い
図4 出入り口の幅員と実際に必要となる有効開口幅員の違い拡大図・テキスト

4.集合住宅の玄関扉

都市部では、マンションや公営住宅などの集合住宅にお住まいの方が多い。外出について環境を検討する場合に、集合住宅では必ずと言ってよいほど玄関扉の問題が課題となる。開閉時の重さ、扉の形状、開放したままにできない、通行中に自動的に閉じてしまう、など、当事者の外出の妨げとなる原因になりやすい。

この玄関扉は自閉式扉といい、集合住宅では法規上、義務づけられている。金属製で、自力で密閉状態まで閉じる機能を持つ。これは、集合住宅で火災が発生した場合に、出火元の住戸から左右または上下階の住宅に延焼が及ぶことを防ぐため必要な機能とされている。残念ながら、扉上部に取り付けられたこの機構(装置)を取り外すことは違法であり、改造も難しい。住環境整備によって解決を図ることは、技術的には可能であっても法規的に認められていない、というのが実情である。公にお勧めできる方法はないため、通常はマンパワーによるサポートに頼らざるを得ない状況にある。

さいごに

障害の個別性に配慮した住まいの整備において、整備手法がさらに改良される余地はまだまだあるが、すべての障害特性や個別性を網羅するユニバーサルデザインの領域に到達することは困難であると思う。むしろ、個別性への細かな配慮が埋没する危険性がある。

便器や浴槽、調理器具などの住宅設備機器については、ユニバーサルデザインに近づきつつあるので、現在は、すぐれた住宅設備機器を適宜取り入れながら、当事者の主体性を尊重して環境づくりを進める手法の一般化を推進する時期であると考える。これには職種間の情報共有、コミュニケーションの円滑化による協働が不可欠であるが、3年ほど前から歓迎すべき変化が始まった。理学療法士・作業療法士の国家試験で、手すりの取り付けに必要な壁面の補強や、戸の形状と名称を問う、住まいの基礎知識に関する設問が設けられるようになった。これは、理学療法士・作業療法士が他職種と協働して住まいの整備を支援する専門職の一員であると、国によって位置づけられていることを意味する。

当事者を支援する各職種が、個別の障害と生活に適した環境の整備に携わる可能性と、連携と協働による支援の時代が到来した予感を感じさせる出来事である。

(はしもとみめ 首都大学東京健康福祉学部准教授)