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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年7月号

復興・新生への提言
障害福祉制度の再構築

由岐透

1 はじめに

東日本大震災による大地震、大津波、火災、原子力発電所の事故、三重四重の災害は16年前の阪神・淡路大震災と比較にならないほど、大規模、広範囲に及ぶ甚大な被害をもたらした。阪神・淡路大震災の被害を受けた経験から、何かしなければ、という思いは私だけではなく、日本中が何とかしてあげたいと祈る思いの毎日である。被災地・被災者の皆さまに、心からお見舞い申し上げます。福島原発事故により、故郷を離れ避難所で暮らす人にとってはいまだに見通しはついていない。

この大地震の被災者の中には、多くの障害者・家族・施設職員が含まれており、障害をもつ被災者は、二次災害として生命をも脅かされる厳しい生活を強いられている。広範囲でかつ大惨事故に、障害者団体による被災状況調査、安否確認、支援活動もはかどらないと聞いている。このような二次災害や救済支援がはかどらないのも、想定外のことだろうか。

障害をもつ、もたないにかかわらず、大災害による被災者の救援・支援はまず、安否確認、被災状況を把握しなければならない。災害が起こる前から行政機関が容易に把握できるよう資料を用意しておく必要がある。そのためには、市民の年齢、障害のあるなし等の個人情報を持っている行政機関が情報を開示する必要がある。個人情報保護法により、頑(かたく)なに個人情報を公開しないことが安否確認、被災状況の情報収集に当たって二次的被害を防ぐ支障になっては本末転倒である。今後は事前の準備と災害が起こった時、迅速な対応ができる仕組みを行政機関と民間団体が協力して作る必要がある。

障害福祉予算の削減を目的とする障害者自立支援法(以下、自立支援法)が施行され、2009年9月の政権交代を機に自立支援法は廃止の方向が確定し、新たな法律、制度について議論が重ねられている。このような状況下で未曾有の大災害が起こり、障害者、高齢者等社会的弱者の救済、支援が困難になった。障害をもっていても一般市民と同等に平時、非常時にかかわらず安心、安全な社会を実現するにはこれ以上の公的責任の後退は許されない。障害をもつことはだれにでも起こりうることであり、それを個人の責任に押しつけている国では、セイフティネットも安心もないのだということを、すべての人に訴えなければならない。

2 災害による自立支援法の問題点

2000年の基礎構造改革により社会福祉事業法を改正し、社会福祉法とした意図は、国が行政責任を日常的に負わないシステムの構築であった。

2000年から介護保険制度が導入され、税金による福祉ではなく保険制度による老人福祉が始まり、個人契約、介護認定、応益負担が導入された。一方自立支援法は、制度的には介護保険制度の模倣であり、介護認定が障害程度区分に代わっただけのものと言える。

基礎構造改革の主要な新制度としての障害福祉は措置制度から支援費制度に変わり、措置制度の弊害、地方分権の推進、そして多様な事業主体の参入が叫ばれ、多くの人が賛同した。

支援費制度になり措置制度下で我慢していたニーズが現れ、結果的に財源不足となり、財源確保のために、障害福祉と介護保険制度との統合論が浮上し、財政削減とニーズの制限が可能とすることを目的として自立支援法は成立したものである。しかし、言い換えれば、自立支援法は財政が生存権を決めることにつながっており、自立支援法の理念そのものに多くの問題があることが明らかになってきた。東日本大震災の災害復興には、その弱い点が一挙に出てくるものと思われる。

問題点の1つ目は契約制度である。障害福祉は支援費制度から措置から契約に代わり、事業者と利用者との契約により、福祉支援を受けることとなった。これにより、国、地方公共団体の公的責任の後退が進んだ。措置制度の弊害を除くために契約制度が必要であるとすれば、利用者は契約を事業者と行うのではなく、都道府県、市町村と契約することにより、公的責任を明確にすることが必要である。

2つ目は利用者負担(食事等実費負担)である。排せつ等の支援への応益負担は法律上、一部改正でも廃止されず、低所得者への軽減措置により、負担の軽減を図っているに過ぎなく、食事等実費負担(食材費、食事を作る人件費、光熱水費)は依然として改善されていない。障害をもつため所得が得られない負担能力の弱い障害者に負担させるのではなく、障害をもつが故に発生する費用は社会が負担しなければならない。

3つ目は自立支援法の元凶といっても過言でない障害程度区分である。障害者は知的、精神、身体それぞれ障害特性があるにもかかわらず、障害者を一つの物差しで十把一絡(ひとから)げに非該当から程度区分6までに区分することは障害者の人権を無視した非人間的な論理である。一人ひとりが必要とする支援をいつでも受けられなければ、ノーマライゼーションの基本である自己選択、自己決定の理念が実現できない。

4つ目は事業体系である。新しい事業体系における支援は人間の生活を日中(日中活動の場)と夜間(暮らしの場)に分離し、さらに、日中活動として介護事業と訓練事業に区分し、夜間は施設入所支援かグループホーム、ケアホームとなっている。人間の暮らしは仕事と住まいの場だけの単純なものではないはずである。遊びもあれば、学習、教育、訓練など多種多様なものを必要とする人もいれば、24時間連続した支援が必要な人もいる。障害をもつ故になぜ単純なものとならなければならないのか。

特に障害程度区分と事業体系が密接に関連し、障害の程度によって利用制限が起こっている。また、報酬単価、職員の配置基準にも関連する。

障害者が今回のような大震災から復興するには、今まで述べたように必要な支援を受けられない問題点の多い自立支援法を廃止するか、総合福祉法ができるまでの間、一時凍結する必要がある。

3 障害福祉制度の再構築

私たちは、利用者本人と家族が望む入所施設像(在り方)を追求している。現在の入所施設は、制度的には障害者とその家族にとって満足できるものではない。人間らしい暮らしができるような処遇の改善とターミナルケアまでを視野に入れ、入所施設が一つの家族として人間の絆が保たれ、仲間と職員に囲まれ楽しい人生が送れる入所施設を望んでいる。

今日、人間関係が希薄になり、無縁社会が進行し、孤独死が3万人を超えていると言われているが、このような社会がなぜ生まれているのか、多くの理由があろう。人と人との縁は人間が生きて行く上で最も重要なことである。だれしも一人で生きることは不可能である故に、人と人との連帯が必要と思われる。

私たちが自由と豊かさを求めすぎた結果、連帯や絆が壊されつつある社会においては、障害者にとって、大震災の復興の妨げになっている自立支援法そのものを廃止、もしくは凍結しなければならない。その上で、障害の特性やニーズに応えられ、安全で安心して暮らせる法の整備が急がれる。

障害者権利条約が批准できるよう、障害者基本法を障害者が権利の主体者として位置づけ、障害者がどのような時も安全で安心して豊かに暮らせるよう総合福祉法の制定が急がれる。新事業体系の経過措置は2012年3月で終了するが、新たな法律、制度ができ、被災地が復興するまでの間、自立支援法の一時凍結が望まれる。少なくとも、新事業体系への移行は新法が成立するまで延期することを強く訴えたい。

4 むすび

大地震、大津波の天災により被害を受けた施設の復旧に要する財政支援は、被災施設に対して直ちに行うことが必要である。また、人災とも言える原発事故により故郷から遠く離れ避難している被災者に手を差しのべ、一日も早く復興し、日常生活を取り戻すためにも、損壊した施設・事業所の早期復旧が望まれる。

また、東日本以外にも東南海、南海地震がいつ起こってもおかしくない状況のなか、今回の災害を教訓として、障害者の命と生活を守れる制度とするために法律、制度を抜本的に見直すことが急務である。

この提言をまとめるにあたり、神戸で阪神・淡路大震災を経験し、また障害をもつ子の親として、被災地の市民が早く復興できるよう具体的な提言をと思いつつ、平常時ですら障害者が生きにくい法律や制度の下、ましてや、今回のような大震災が起きた非常時、二次災害のことを考えると、行政の公的責任の後退と障害者が権利の主体者となっていない自立支援法が復興の妨げになるのではないかと再三頭をよぎり、不本意なものとなってしまった感は否めない。

(ゆきとおる 全国知的障害者施設家族会連合会会長)