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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年10月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

「全国柔道事故被害者の会」を立ち上げて

小林恵子

私共は柔道事故で命を落としたり、重度障害児となった子どもたちを抱えた家族が集まり、柔道事故撲滅と被害者家族支援のために、昨年3月「全国柔道事故被害者の会」を立ち上げました。子どもたちが命を奪われないための活動、子どもたちを障害者にさせないための活動も、実は福祉の大切な原点の一つではないかとの思いを込めて、私共の活動をご報告させていただきます。

家族会の立ち上げ

私の息子は中学3年生だった2004年12月、柔道部顧問との乱取り中に急性硬膜下血腫と脳挫傷を発症し、GCS(意識レベル)が6点という非常に厳しい状況に陥りましたが、奇跡的に一命を取り留めました。しかし瀰漫(びまん)性軸索損傷を発症しており、高次脳機能障害者として厳しい毎日を過ごしております。車にぶつかったわけでもなく、バットで殴られたわけでもなく、素手の力だけでこれほどの障害者になったことに、強い疑問を抱きました。しかし、柔道関係者ばかりでなく教育委員会までもが「柔道は武道だから危険はつきもの」という説明のみで、きちんとした調査を行ってはくれません。

そんな中、名古屋大学内田良准教授が集計した柔道死亡事故分析データを見つけました(注1)。28年間でなんと子どもたちが114人も亡くなっています。しかし、これは日本スポーツ振興センターの資料を基にした学校内だけの人数で、一般道場の事故数は含まれていません。何らかの障害を残した子どもたちは学校内だけで275人に上り、他の部活と比べ飛び抜けて高い死亡確率(グラフ1、2)にもかかわらず、文科省も全柔連も正確な死亡者数すら把握していません。

グラフ1 中学校での死亡確率
棒グラフ 中学校での死亡確率拡大図・テキスト

グラフ2 高校での死亡確率
棒グラフ 高校での死亡確率拡大図・テキスト

柔道はその運動の特性から、脳損傷と頸髄損傷など重篤な事故が多く、死亡事故はもちろんのこと、命が助かっても遷延性意識障害になるなど障害が深刻で、各地で多くの被害者が泣いていました。新しい被害者を生まない活動に取り組むことが、わが子たちの犠牲を生かすことにもなると考え、事故防止と被害者の相互支援を目的に家族会を立ち上げました。

会員同士の相互支援

家族会の役員も障害児を抱えていて自由に身動きできず、会員も全国に散らばっているので、通信手段はeメールとし、役員の負担軽減を図りました。各自が蓄積していた医学的情報などは会員サイトで共有し、メーリングリストを活用することで、会員が気軽に意見を発信したり情報を共有したりできるようにしました。遷延性意識障害の子どもを抱えた家族同士が介護方法を教え合ったり、遷延性意識障害の家族会を紹介し合ったりすることから始めました。被害者の兄弟が柔道の授業を受けられなくなったことなど心のケアの悩みをだれかが書き込むと、皆がそれぞれの工夫や知恵を助言し合ったりしています。

ある時、わが子を亡くした静岡のお母さんが、夜中の3時に「息子の所に行きたい…」とつぶやきました。すると、同じ境遇の秋田のお母さんが「私も眠れないのよ」とすぐフォローに入り、朝になると、やはりわが子を亡くした千葉のお母さんが「私は病院で薬をもらっている」と加わってくれました。しばらくすると、静岡のお母さんが「私も病院に行きます」と落ち着いてくれました。eメールだからこそできた相互支援です。

欧米では死亡事故ゼロ

事故防止のための情報収集なども、自由に動けないためパソコンを駆使しました。日本より柔道の盛んな海外でも当然子どもたちが死亡していると思い、イギリス、ドイツ、カナダ、アメリカ、オーストラリアの各柔道連盟にメールで問い合わせました。しかし、各国から届いた回答は、「死亡事故ゼロ」「脳損傷事故ゼロ」という驚くべきものでした。人口が日本の2分の1でありながら柔道人口は日本の3倍を抱え、その85%が18歳以下で占められているフランスでも当然、死亡事故ゼロです。一方、日本では18歳以下の子どもたちが、去年と一昨年だけで12人も亡くなっています。

欧米では、競技者と指導者は全く異なるとの認識で、指導者になるためにはライセンス制度が設けられており、フランスでは2年をかけて医学知識まで習得し、国家試験を受けなければなりません。指導マニュアルも詳細に確立されています。イギリス柔道連盟が発行している子どもたちを守るためのガイドラインを読むと、「子どもを守る」ことに柔道連盟自身が強い意志を持って臨んでいることが分かります。

事故原因解明のためのシンポジウム開催

事故防止の第一歩は原因究明から始まると考え、昨年6月、東京でシンポジムを開催しました。内田良先生に社会学者の立場から事故分析をしていただき、脳神経外科医の野地雅人先生に、ボクシングコミッションドクターのご経験を通して医学的に事故原因を解明していただき、さらに乳幼児虐待のスペシャリストである内科医の山田不二子先生に、揺さぶられ症候群の脳損傷と柔道事故の脳損傷との類似点を問題提起していただきました。

このような事故分析がこれまで皆無だったこともあり、各方面に大きな反響を呼び、文科省はすぐに全国の教育委員会と全柔連に対し、柔道指導の安全を徹底するように通達を出しました。全柔連も安全指導プロジェクトを立ち上げ、各地で安全指導者講習会を開催し、海外と同じようにライセンス制度を設ける準備を始めました。

しかし、安全指導者講習会を傍聴すると、首や手足の骨折防止の指導法は具体的に述べられても、脳損傷に関しては注意喚起のみでした。ライセンス制度も、特例措置としてどういうわけか学校教師が取得対象から除外されていたりして、とても子どもたちの命が守れるレベルではありません。

再度、事故防止のためのシンポジウム開催へ

第1回のシンポジウム後、同じプログラムで松本、大阪と次々とシンポジウムを開催し、医学的事故究明と具体的な事故防止対策等を提言してきましたが、これではまだ子どもたちの命を守るには十分でないと考え、再度、11月27日(日)に東京でシンポジウムを開催することにしました。午前は、この1年間家族会が積み上げてきた総まとめをし、午後は、機械工学の専門家がシミュレーションを駆使して柔道での脳損傷発生機序を解明し、乳幼児虐待の専門家でもある法医学者が柔道事故の実態分析をします(注2)。

明日の子の命を守る

柔道はその昔、戦場で相手を殺す技でした。講道館創始者である嘉納治五郎師が、それを人の道に則った「精力善用」「自他共栄」の精神で整え、人を傷つけない柔道として確立させました。嘉納師の教えを守っている海外で、子どもたちの命が守られていることが何よりの証明です。

来年から全国の中学校で女子も全員武道が必修となります。70%以上の学校が柔道を選択するため、多くの心配の声が上がっています。しかし、柔道は包丁の取り扱いと同じで、ルールを守り、相手を思いやれば、死亡事故や重篤な脳損傷事故は起きるわけがないのです。死亡事故ゼロにできてこそ柔道なのです。柔道で手足の骨を折る子どもたちも多くその防止対策も大切ですが、脳損傷被害者はたとえ命が助かっても遷延性意識障害となったり、高次脳機能障害を抱えたりと、家族ともども非常に厳しい現実が待っています。頸髄損傷者も言語に絶する苦労の毎日を過ごしています。私共被害者家族が手をつなぎ声を上げることで、文科省や柔道関係者はようやく子どもたちの柔道事故防止に目を向け始めました。

福祉の世界からも、子どもたちの未来を柔道事故から守ることに目を向けていただければ幸いです。

(こばやしけいこ 脳外傷友の会ナナ会員)


注1 学校リスク研究所
http://www.dadala.net/

注2 全国柔道事故被害者の会サイト
http://judojiko.net/category/symposium