「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年1月号
ワールドナウ
「社会モデル」によるニーズアセスメントの意義と特徴
―NZのNa/scガイドラインから―
小野浩
26の国内法改正を経た権利条約の批准
ニュージーランド(以下、NZ)は、2008年に障害者権利条約を批准した。その契機は、「障害は私にあるのではなく、社会にある」を掲げて、2001年にNZ政府が策定したニュージーランド障害戦略(以下、NZDS)にある。
NZDSは、1999年の総選挙で政権に就いたクラーク労働党連立政権によって策定された。その背景には、NZ最大の障害関係団体であるDPA(Disabled Persons Assembly)の1999年政策「Our Vison」が、同政権の策定した「社会福祉から社会開発へ」と共通志向していたことが原動力になったといえる。
クラーク政権発足直後の2000年、障害問題担当大臣を新設し、NZDS策定のための当事者・専門家の諮問委員会を設立した。138人ものノミネートから選ばれた15人の諮問委員会は、ディスカッションペーパー「違いを認める世界をつくる」をまとめ、全国68か所で公聴会を開き、NZDSの策定に至った。NZDSによって、すべての法律・関係省庁の政策・制度に対する方針提起とチェック機関として、社会開発省に障害問題担当局を設置し、10の省庁がワークプランを策定した。またNZDSは、政府プランの実施期間と報告時期を定め、15の目標と113の行動プランを策定した。なお15人の諮問委員会から複数名の委員が、障害問題担当局等で要職に就いていることは、特筆すべきことである。
NZ政府は、2008年の権利条約批准までに26の国内法改正・制定を行った。手話法によって手話を公用語としたことをはじめ、人権法、地方政府法、海上輸送法、車両販売法など、すべての関係省庁にまたがる法律改正を行った。
障害程度区分とまったく異なるNa/sc
NZDSのもとで開発されたのが、障害のある人と家族の意向とニーズを把握し、支援プランを作成するニーズアセスメント/サービス調整(以下、Na/sc)ガイドラインである。
NZは保険制度がなく、社会保障・医療等は、法人税・所得税・消費税を財源に政府が実施している。保健省のもとにあるDHB(地域保健委員会)からの委託を受けた相談機関が、Na/scを実施するとともに、所得保障から福祉制度などの支援プランを策定し、プロバイダー(支援事業者)につなぐ役割を担っている。
ここでは比較表をもとに、Na/scについて、障害者自立支援法(以下、自立支援法)の障害程度区分と比較しながら、その特徴を紹介する。
(1)社会モデルと医学モデルの決定的な違い
第1には、社会モデルに徹している点である。障害程度区分は79項目の要介護認定をもとに構成されているため、マヒや関節可動制限の部位、座位・立位などの身体の機能障害程度や、記憶・理解・感情のコントロールなどの機能・能力障害の「程度の把握」が目的である。 それに対してNa/scは、日常・社会生活での必要な支援をはじめ、レクリエーションや友人関係、社会活動への参加の支援の「必要の把握」が目的である。
(2)本人同意の「評価報告書」と「点数化」による一方的な区分認定の違い
第2には、評価結果の違いである。Na/scは、把握した支援の必要度をもとに報告書を作成し、本人もしくは代理人に同意を求める。その上で、サービス調整(sc)に入り、資源の配分とオプションの選択を行い、支援プロバイダー(事業者)を紹介し、支援計画が作成される。
障害程度区分は、障害程度の把握を点数化し、コンピュータ判定によって区分が決められる。認定審査会である程度の変更が加えられるが、本人の意向が反映されるわけではない。また本人の同意もなく、一方的に「受給者証」が郵送される。
(3)本人主体の「人生設計」の観点
第3にNa/scは、障害程度区分判定や認定審査会では、全く問わない「本人の目標、夢、将来計画」の評価項目がある。アセスメントであるから当然の評価項目だが、「障害は私にあるのではなく、社会にある」とする「社会モデル」ならではともいえる。
障害程度区分の原型である要介護認定は、加齢によって生じる機能や能力の低下度を判定することを目的とする医学モデルの領域にとどまるため、「人生設計」という視点は全く欠落している。
全国共通基準のニーズ把握・評価のためのガイドライン
障害程度区分を擁護する立場からは、「コンピュータの判定だから、全国共通の客観的な認定ができる」という主張があるが、果たしてそうだろうか。
Na/scには、全国共通のガイドラインが示されており、それをもとにNZ政府と委託・契約した評価機関が、同一基準に基づいて評価を行っている。誌面の都合上、すべてを紹介できないが、特に注目すべき点を紹介する。
ガイドラインでは、ファシリテーターがアセスメントとプランニングを行う上での視点、原則、評価基準、境界線の維持などが示されている。
(1)アセスメントの原則・視点・留意事項等
まずアセスメントの視点としては、本人とその家族のニーズは信頼できるという信念に基づき、本人のニーズ・能力・目標・活用する資源を決定するためのプロセスであり、本人のもつ能力を最大限に生かし、本人の希望・目標を達成するためにどのような支援が必要かを明らかにすることであり、併せて日常的な支援を担っている家族のニーズも把握するプロセスである。その上で、アセスメントの原則として、本人の優先的なニーズの正確な記録、本人中心の手続き、不必要に繰り返し情報提供を求めないなどが示されている。
アセスメント実施の留意事項として、場所、実施者、同席者、時間帯、民族性、文化、特別な要件などに配慮しなければならない。なおアセスメントは、紹介または問い合わせから、2日以内に実施しなければならない。
(2)3段階の評価基準と「境界線の維持」
さらに、ADLやIADLの評価基準は、1.Ind.=自立、2.Sup.=見守り、3.Ass.=要支援の三段階である。1.自立は、他の人の援助を受けることなく、安全に活動を開始し終了できることであり、2.見守りは、安全に活動を開始し終了するために、他の人の見守りを必要とすることであり、3.要支援は、安全に活動を開始し終了するために、他の人(たち)による支援を必要とすると定義されている。
ちなみに、車いす利用者であっても、手すりにつかまって5メートル歩ければ、「移動できる」と判定されてしまう障害程度区分の基準とは、根本的に違う。
また、「障害のある人のニーズは、資源の利用可能性(制限)の考慮とは切り離して評価しなければならない」としている。つまり、ニーズアセスメントとサービス調整の「境界線の維持」を強調し、サービス調整をニーズの抑制の理由にしてはならないことを警告しているのである。
NZの変革の政策理念はインクルージョンから
NZは、80~90年代に大胆な行財政改革を行った。国営産業の民営化だけでなく、社会保障依存からの脱却のために、生活保障給付に就労義務や罰則まで実施したが、給付の増大に歯止めは効かなかった。
クラーク政権はこの反省から、人の自立は就労収入のみにあるのではなく、「排除されずに社会の一員として積極的に参加する」ことであり、就労も給付も自立を支える手段であるという視点から「社会開発アプローチ」を提起した。つまり「福祉か、雇用か」ではなく、また「福祉から雇用」でもない。「福祉も、雇用も」の政策理念といえる。NZDSはその政策理念に基づく障害戦略であり、Na/scはこの政策理念に貫かれている。
(おのひろし きょうされん常任理事)
*本稿は、2011年内閣府青年社会活動コアリーダー育成プログラム・ニュージーランド障害施策派遣研修の研修成果である。
日本の障害程度区分とニュージーランドのニーズアセスメントの比較
日本の106項目の障害程度区分認定調査
調査項目 | 回答 | |
---|---|---|
概況調査 | 障害の種類 | 機能障害別の選択回答 |
障害等級 | 障害者手帳の等級 | |
障害年金等の有無 | 障害基礎年金等の等級 | |
生活保護の受給 | 受給の有無 | |
外出の頻度と社会活動 | 外出の回数と活動参加の内容 | |
施設入所履歴 | 入所期間とその施設種別 | |
病院入院履歴 | 入院期間とその原因 | |
就労経験及び希望 | 就労の内容と期間、希望の有無 | |
日中活動 | 主に利用してい資源(施設・病院等) | |
介護者 | 介護者の有無と健康状態 | |
居住形態 | 居住している場所・資源等 | |
介護保険の要介護認定にもとづく調査項目 | 麻痺の有無と部位 | なし、左右上肢、左右下肢、その他 |
関節可動制限の部位 | なし、肩、肘、股、膝、足、その他 | |
寝返りと起き上がり | できる、つかまればできる、できない | |
座位 | できる、支えがあればできる、できない | |
両足立位、歩行、起立、片足立位 | できる、つかまればできる、できない | |
移乗、移動 | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
洗身 | できる、一部介助、全介助、行っていない | |
嚥下(えんげ) | できる、見守り、できない | |
食事摂取、排せつ | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
口腔洗浄、洗顔、整髪、つめ切り | できる、一部介助、全介助 | |
上下の更衣、服薬 | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
服薬、金銭管理 | できる、一部介助、全介助 | |
日常の意思決定、伝達 | できる、場合による、困難、できない | |
視力・聴力 | 普通、場合によっては困難、不可能 | |
意思の伝達 | 普通、場合によっては困難、不可能 | |
毎日の日課の理解 | できる、できない | |
生年月日や年齢の記憶 | できる、できない | |
直前の質問の記憶 | できる、できない | |
自分の名前記憶 | できる、できない | |
今の季節の理解 | できる、できない | |
自分がいる場所の理解 | できる、できない | |
被害妄想、作話を放言する | ない、時々ある、ある | |
泣き笑いなどの感情が不安定 | ない、時々ある、ある | |
夜間不眠や昼夜逆転 | ない、時々ある、ある | |
しつこく同じ話を繰り返す | ない、時々ある、ある | |
大声を出す | ない、時々ある、ある | |
助言・介護に抵抗 | ない、時々ある、ある | |
徘徊、いつも落ち着きがない | ない、時々ある、ある | |
外出すると一人で戻れない | ない、時々ある、ある | |
一人で外出したがり目が離せない | ない、時々ある、ある | |
いろいろな物を無断で集める | ない、時々ある、ある | |
物を壊したり、破いたりする | ない、時々ある、ある | |
ひどいもの忘れがある | ない、時々ある、ある | |
特定の物や人にこだわる | ない、時々ある、ある | |
話がまとまらず会話できない | ない、時々ある、ある | |
2週間以内の医科診療 | 処置内容と特別な対応の有無 | |
調理(献立を含む) | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
買い物 | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
その他の行動障害・IADL等の調査項目 | じょくそう(床ずれ)の有無 | ある、なし |
飲水 | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
電話の利用 | できる、一部介助、全介助 | |
本人独自の表現方法 | できる、時々できない、できない等 | |
介護者の指示への反応 | 通じる、時々通じる、通じない等 | |
言葉以外の伝達の理解 | できる、時々できない、理解できない等 | |
幻覚、幻聴 | ない、時々ある、ある | |
暴言・暴行行為 | ない、時々ある、ある | |
火の始末、火元の管理 | ない、時々ある、ある | |
排泄物等をもてあそぶ | ない、時々ある、ある | |
食べられないものを口にする | ない、時々ある、ある | |
多動、パニック等の行動 | ない、時々ある、頻回にある、毎日ある等 | |
自傷や他傷の行為 | ない、時々ある、頻回にある、毎日ある等 | |
他人に抱きついたり、物をとる | ない、時々ある、頻回にある、毎日ある等 | |
突発的に通常と異なる声を出す | ない、時々ある、頻回にある、毎日ある等 | |
突発的な行動がある | ない、時々ある、頻回にある、毎日ある等 | |
食事で過食、反すうがある | ない、時々ある、頻回にある、毎日ある等 | |
憂鬱で、思考力が低下する | ない、時々ある、ある | |
確認などで日常動作が遅い | ない、時々ある、ある | |
他者との交流が不安なため外出できない | ない、時々ある、ある | |
一日中、自室にこもり何もしない | ない、時々ある、ある | |
集中が続かず達成できない | ない、時々ある、ある | |
自己を過剰に評価する | ない、時々ある、ある | |
疑い深く他者を拒否する | ない、時々ある、ある | |
配下膳、掃除、洗濯、入浴準備 | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
交通手段の利用 | できる、見守り、一部介助、全介助 | |
文字の視覚的認識 | できる、一部介助、全介助 |
ニュージーランドのニーズアセスメント
質問項目 | 質問内容 |
---|---|
本人の情報 | 可能な場合は民族の確認 |
機能面からの障害の性質と診断者の確認 | |
健康にとって必要な情報 | |
情報提供の同意 | 本人もしくは代理人による確認 |
生活環境 | 同居者、適合性、期間、環境の把握 |
現在の支援状況 | 現在利用している支援やサービスの確認 |
コミュニケーション | ニーズを表現する能力・方法、利用機器の確認 |
他者の意見を理解することができるか | |
可動性 | 家の中で動く方法、利用器具、安全性 |
家の周辺の可動性 | |
地域での商店や公共施設へのアクセス方法 | |
移動・交通手段の確認 | |
転倒後に立ち上がる手段・方法の確認 | |
転倒の危険性の要素の確認 | |
レクレーション | 参加の機会はあるのか |
本人の希望と参加のための必要な支援 | |
所得状況 | 稼得収入と受給している給付・手当等の確認 |
家事援助 | 買い物の方法とアクセスの状況 |
どのように調理をしているか | |
家事ではどんな支援が必要か | |
洗濯の方法の確認 | |
支払いなどの手続きの確認 | |
火の管理の方法と本人の能力 | |
家の鍵閉めなどの安全対策 | |
身辺の支援 | ベッドでの体位変更や寝具の調整 |
入浴での安全性の確保と利用器具の確認 | |
整髪、髭剃り、化粧などの状況の確認 | |
歯みがきの方法と困難の確認 | |
爪切りのケアと安全性の考慮は | |
尿意・便意を訴えることができるか | |
排せつの困難と必要な支援は | |
生理の管理能力と必要な支援は | |
薬の入手方法と投薬の管理方法 | |
食事、嚥下の能力と安全性の考慮は | |
飲水の吸引や嚥下能力と容器の考慮は | |
自ら医師に不健康や痛みを訴える力はあるか | |
睡眠に必要な注意レベル | |
社会性 | 友人や仲間に溶け込めず、孤立しているか |
何らかのグループに所属しているか | |
性的志向 | |
記憶行動と認知 | 障害による家族への影響と対応能力 |
本人の身の回りの安全性は | |
問題行動の契機や背景となる理由は | |
誰がどのように支援するか | |
教育、職業、ボランティア | どこで、どのような教育を受けてきたか |
本人の教育ニーズは満たされているか | |
本人の就労ニーズと目標は | |
ボランティア活動に参加しているか | |
文化 | 本人にとっての重要な文化的視点は |
参加が困難な場合の要因は | |
精神 | 本人にとっての重要な精神的視点 |
参加が困難な場合の要因は | |
本人の目標 | 本人の目標、夢、将来の計画とは |
短期と長期の視点から | |
他の情報 | その他、本人が付け加えたい要望 |
介護人の情報 | 介護人の支援レベルとその利用レベルは |
ニーズアセスメントの結果と完成のための手続き
未解決の支援ニーズの特定 | 未解決ニーズと本人の目標を文書化する |
本人はニーズの優先順位を主張できる | |
アセスメント内容への本人の同意 | 本人がアセスメント内容を考える機会をつくる |
アセスメントの修正・訂正も可能 | |
最終的に本人の同意を得て完成する |
※障害程度区分については、回答項目が同一の調査項目は統合している。