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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年2月号

世界での障害とジェンダー

中西由起子

昨年発表されたWHO「世界障害報告」(World Report on Disability:2011年6月)によると、女性障害者は全世界に約5億いると推定される。
女性故に受ける差別に加えて、障害者としての差別が加わり女性障害者は二重の差別に直面している。その70%は各種サービスへのアクセスの悪い農村部に居住している。その中で生産手段を持たない女性であるがために、貧困も加わり、三重の差別を受けている。

女性障害者が直面する問題

女性障害者は以下のような問題を抱えて生きている。

1.生きていても厄介者であると見なされ、生まれてきても受け入れられない。

女性の地位が低い社会では、女の子が生まれただけで大問題になる。さらに障害をもって生まれた場合には、生存そのものが脅かされる。両親や家族が食べ物を与えず餓死させてしまうなどのケースもあるし、貧しい家庭では家族を支える男性や男子に食べ物がいき、障害をもつ女子にはほとんど回ってこない。

2.家の中に無能な存在として閉じ込められ、孤立している。

障害者は介助がなければ外出が難しい。家から一歩出ると途上国では道は石ころだらけであり、雨が降ればすぐぬかるみ、先進国では猛スピードで車やオートバイが走っている。外に出たくてもだれも助けてくれなかったり、外出自体を危険だ、近所に恥ずかしいとの理由で許されず、家に閉じ込められ、孤立している。

家の中に隠されるのは、障害は遺伝するとの無知や、障害を恥とする考えがあるからである。彼女たちが結婚できるのは、多額の財産があるがために親が花婿を見つけてこられた場合、もしくは多額の持参金が当てにされている場合のみである。しかし結婚できても、財産を取られて捨てられてしまう。

3.医療や教育、訓練を受ける機会がないので、自立への道を阻まれている。

保健や医療サービス担当者が自分の地区の女性障害者の存在を知らなかったり、家族がサービスがあることを知っていても彼女には無用だと考え、せっかく用意されているリハビリテーションをはじめとするサービスが利用できていない。また、医療や保健サービスを受ける機会があったとしても、医師などのスタッフが男性だと宗教上の制約から診療を受けられない。女性の医師や医療専門家の数は少ないので、サービスを受けるチャンスが限られ病気の予防や治療ができない。

医療や教育が受けられないということは栄養不良、貧困、無知につながり、健康状態も悪い。

女性障害者に対する教育の必要性が認識されていないので、識字率の低い障害者の中でも男性に比して識字率が低い。そのため、自分の権利についての認識も低い。たとえば、私たちだってきれいなんだからと、欧米の女性運動家が反対している「ミス・コンテスト」を企画しようとする女性障害者がいる。外見的な障害故に差別されてきた障害者にとって当然容認できないイベントのはずだが、今でも実施している障害者団体がある。

4.女性障害者は一生家族に依存して生きていかなければならない。

家族や社会は女性障害者に対して力も知恵もない厄介者という偏見をもっている。教育や訓練を受ける必要がないと考えられているので、家族、特に父親、夫、兄弟、おじたち男性に一生依存して生きていかざるをえない。

家の中では家事をこなせないので、結婚はおろか子育てもできないと見なされる。途上国での女性にとって結婚は生存を経済的に保障するほとんど唯一の手段であり、社会的地位を獲得する手段である。それがない女性障害者は、一生家族に依存して暮らすことを余儀無くされる。

5.結婚後に障害をもつと、妻や母親としての仕事を取り上げられる。

妻として障害者になると、大半の場合には子どもを取り上げられ離婚される。たとえ夫に離婚の意思がなくても、社会がそれを許さないこともある。

権利の推進に向けて

1995年には、ESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)が「アジア太平洋障害者の十年」の12の行動課題に女性障害者の視点を強調した勧告を出した。

(1)国内調整―国内で女性障害者の問題に関する政策や決定への女性障害者の関与

(2)法律―女性障害者の権利の保護と推進

(3)情報と(4)啓発―政策策定と活動の基盤づくりと国民の理解の推進を目的とする、女性障害者の状況に関する情報作り、収集、提供

(6)教育―すべての障害をもつ女子や女性が教育の機会を与えられることの保障

(7)訓練と雇用―障害をもつ女子や女性の職業訓練や雇用での平等な機会の提供

(9)リハビリテーション・サービス―障害をもつ女子や女性が保健やリハビリテーションのサービスを平等に利用できる保障

(10)福祉機器―障害をもつ女子や女性がもっと福祉機器を利用できるようにすること

(11)自助団体―自助団体の討議事項に女性障害者の問題を入れるよう彼女たちの能力の強化、ならびに団体での政策や決定に影響を与えるための平等な機会の提供

(12)地域協力と支援―障害をもつ女子や女性の地位の向上に関する情報や経験の推進と分かち合い、ならびに地域会議に必要な彼女たちの能力の強化

なお、(5)アクセスの度合いとコミュニケーションと(8)障害原因の予防は、一般の障害者に対する勧告と同じになっている。

第2次10年が終わろうとしているのに、これらの課題はほとんど達成されていない。女性障害者の問題は時折取り上げられ、その折々に活発な運動が繰り広げられ、次世代の女性リーダーが徐々にではあるが、育ってきている。しかし、女性障害者の運動が継続しない理由の一つには、女性障害者が個別のニーズを訴える前に、障害者全般が直面する問題の解決が優先事項、緊急事項となっているからである。

障害者の権利条約での女性障害者

女性障害者は、障害者の権利条約においても重視され、まず、前文においていくつかの現状認識がなされている。

(p)人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、民族的、先住的若しくは社会的出身、財産、出生、年齢又は他の地位に基づく複合的又は加重的な形態の差別を受けている障害のある人の置かれた困難な状況を憂慮し、

(q)障害のある女性及び少女が、家庭の内外で暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取を受ける一層大きな危険にしばしばさらされていることを認め、

(s)障害のある人による人権及び基本的自由の完全な享有を促進するためのあらゆる努力にジェンダーの視点を組み込む必要があることを強調し、

第6条は「女性障害者」に焦点を当てている。

1 締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとる。

2 締約国は、この条約に定める人権及び基本的自由の行使及び享有を女性に保障することを目的として、女性の完全な発展、地位の向上及びエンパワーメントを確保するためのすべての適切な措置をとる。川島聡=長瀬修 仮訳(2008年5月30日付)

終わりに

女性障害者は、障害、女性、貧困という三重の差別に直面しているがために、現状へのフラストレーションや劣等感が強く、自己の向上に結びついていたり、人間としての尊厳を認められるエンパワメントに必要な、機会がない。

障害者の自助グループの中での、ピア・サポートによって多くの女性障害者が自信と尊厳を取り戻している。男性以上に女性の活躍が目立つ自立生活センターはその一例である。

エンパワメントのもう一つの方法は、一般の女性団体との共闘である。実際特に周囲の差別的な態度から、社会的、経済的、物理的に極めて不利な状況に置かれている途上国の障害をもつ女性は、ニーズを共有する団体と共に運動を進めていくことが肝要である。

(なかにしゆきこ アジア・ディスアビリティ・インスティテート代表、本誌編集委員)


【参考文献】

1)中西由起子(2000)アジアの障害者2―障害をもつ女性たち、福祉労働88号、155―162頁

2)ESCAP(1995)Hidden Sisters : Women and Girls with Disabilities in the Asian and Pacific Region, New York, United Nations