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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年2月号

障害者基本法改正と女性障害者

勝又幸子

基本法改正における挫折から

私は障がい者制度改革推進会議(以下、推進会議)の構成員として、第31回会議(平成23年4月17日)で障害者基本法改正(案)に関する意見を提出した。そこでは、障害女性の問題を基本法で明記することを意図して2点の提案をした。ひとつは、総則(4)(差別の禁止)に「1.何人も、障害者に対して、障害を理由として、加えて性別により差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならないこと。」と傍線部分の追加である。もうひとつは、〈基本的施策〉の中に、障害のある女性への支援、を新設し、「国及び地方公共団体は、障害のある女性が、複合的な差別を受けていることを認識し、すべての施策において、合理的配慮をもって彼らの完全な参加を実現すべく必要な支援をしなければならないこと。」を追加することであった。残念ながら平成23年8月に公布された障害者基本法の改正には、いずれも反映されることはなかった。改正基本法には3か所「性別」が含まれたが、それをもって基本法上は障害のある女性についての包括的な言及になっているというのが内閣法制局の説明であった1)

2010年11月には、DPI女性障害者ネットワークが推進会議の構成員に対して、女性障害者について基本法改正で独立した規定を盛り込むように要望書を送り、その中で「障害のある女性についての事項は、障害者権利条約第6条にもある通り、「性別」という言葉に言及するだけではなく、複合差別の認識とともに独立した条文を設け、書きこむ必要のある課題です。」と訴えた。同ネットワークは、2011年3月には国会内においても、その重要性を訴える集会を開催した。

先に推進会議がまとめた「障害者制度改革の推進のための第二次意見」(第二次意見)の中では「障害のある女性」を明記することができたにもかかわらず、改正基本法に「障害のある女性」の追加が実現できなかったことはとても残念であると同時に、なぜそのようなことになったのかを反省を込めて考える必要があると思うのである。

第二次意見が基本法改正のプロセスで尊重されるものと楽観視していた認識の甘さが私自身にあった。推進会議は総理大臣を長とする「障がい者制度改革推進本部」の意見具申機関であり、直接に法律の改正文案を作る役割を担っていないことが改正文案に限定的な影響しか与えることができなかったひとつの要因だった。基本法という性格上さまざまな省庁にまたがってそれぞれの現行政策に影響を与えかねない内容を含んでいるため、法律の改正には、各省庁の理解が必要になる。そのため、省庁の所管する制度や政策に影響を与えるような表現については協議が行われたと聞いている。

しかし、障害女性のことを言及することで直接的に影響を受けると認識する省庁があったのだろうか?そのようなことは聞いていない。また逆に、「男女共同参画会議」や内閣府から間接的な支援があったという情報も入っていない。改正を検討する議論では、国の政策全体の基本理念を明示する基本法という性格上、あまり細かなところまで言及することは基本法にはなじまないという意見もあった。しかし、性差別の問題は、すべての政策に関わる問題であり、けして細かな議論ではないと思う。そのことがまさに理解されていなかったのかもしれない。言い換えれば、日本における性差別に対する認識の低さが基本法に「女性障害者」や「複合差別」を入れることができなかった原因だったのではないだろうか。

複合差別の理解

女性障害者のことを基本法に言及することを求めたのは、男性障害者より女性障害者の方が尊重されるべきというような「差別的」理由からではない。むしろさまざまな状況に置かれる障害者の中でもより状況が厳しい集団として、女性障害者の差別の解消に積極的配慮を求めたのである。

人類全体からみれば、女性はけして数の上ではマイノリティ(少数派)ではない。女性当事者の立場からしても、「女性は社会的弱者」と言われることには大いに抵抗があるが、現実に性差別が存在する社会に生きていると、差別の重層構造の中で、より厳しい状況に置かれている女性の状況が「社会的弱者」と表現されることを受け入れざるを得ないのである。

瀬山(2011)によると、国連の人権に関する議論の中で、複合差別の視点が取り入れられたのは、1995年の第4回世界女性会議で採択された「北京行動綱領」からだとされる。そこには、年齢、障害、社会経済的地位、特定の民族的・人種的集団への帰属等の要素が、女性に複合的な不利益をもたらすとの認識が記された2)。その後、人種差別撤廃委員会や、国連女性開発基金等による「ジェンダー差別と人種差別に関する専門家会議」などで、ジェンダーに関連した障壁の存在を明示した指示がされている。このような背景や国際人権機関による議論が土台となり、障害者権利条約第6条に「障害のある女性」の条文が設けられたのである。

国際条約としての障害者権利条約を批准する基盤として、国内の障害者基本法の改正が行われたのであるから、当然そこには国際的に認知された「複合差別」の解消が盛り込まれるべきだったのである。しかし、性差別を人権侵害とする人権意識が成熟していない日本社会の現状がそれを拒んだのである。

男女共同参画基本法との関係

1999年に制定された「男女共同参画基本法」は2000年に第1次基本計画を策定してから、2010年12月に第3次基本計画が採択されるまで、その中で障害女性をどのように扱ってきたのだろうか。前出の瀬山(2011)によると、「基本法には、北京行動綱領に見られた複合差別への取り組みといった課題は見当たらず、障害に限らず、性別に基づく差別とは異なる位相の差別状況に置かれる可能性のあるマイノリティ集団やそれら集団が受ける複合差別については言及していない。」3)。基本法を実際の政策に反映するために策定される基本計画においても、第2次までは、ほとんど言及がなかったといえるだろう。

第2次基本計画で女性に対するあらゆる暴力の根絶のなかで、被害者に対する職務関係者の配慮の徹底:配偶者暴力防止法が対象としている被害者には、日本在住の外国人(在留資格の有無を問わない)や障害のある人も当然含まれていることに十分留意しつつ…とはじめて「障害のある女性」の具体例が示された。2001年に「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV防止法)」が制定された影響を受けた、第2次基本計画の記述だったと瀬山(2011)は述べている。

さらに瀬山(2011)は、第3次基本計画について、障害女性についての言及が進んだと評価し、次のように述べている。「第3次基本計画については、障害の課題への言及が大幅に増え、複合的に困難な状況に置かれている集団の課題が明示的に示されたものになったということができる。背景には、2009年以降の貧困問題の社会化や、第3次基本計画策定前にまとめられた「新たな経済社会の潮流の中で生活困難を抱える男女に関する監視・影響調査報告書」(内閣府2009)での障害問題への言及などを上げることができる。」4)

前記内閣府の報告書については、第二次意見にも引用されているところであるが、DV被害者に障害のある女性が多く含まれていることなど、実態調査を基礎とした「複合差別」にさらされた障害のある女性を明らかにする記述がある5)。ようやく女性が置かれた「複合差別」の状況が、解消されるべき人権侵害の問題として認識されるようになってきた兆しといえよう6)

今後の施策の展望

障害者基本法の改正の中で、障害のある女性についての言及が十分になされていないことは、残念な状況であるが、これから新たに策定される障害者基本計画の中で障害のある女性の「複合差別」の解消を具体的な課題から訴えていくことは可能である。そのためには、まず「複合差別」の実態を明らかにしていく努力が必要である。

DPI女性障害者ネットワークによる独自アンケートの実施も大変貴重な活動だと思う。その中から解明されたこと、それを通じた障害のある女性のエンパワメントに大いに期待している。同時に、政策議論において、常に問題にしてきた「男女別の分析」を徹底させることはさらに重要である。障害者権利条約が批准されるまでに、改正障害者基本法に則り、国内的には障害者政策委員会の設置が予定されているが、この中で、監視影響調査が実施される時に、男女共同参画会議とも協力しながら、男女別の分析を必ず入れていくように働きかける必要がある。また、障害者政策委員会の構成員のうち3割を女性委員とすることはもちろんのこと、女性委員に障害当事者女性が参画していくことが重要である。

さらに、障害女性の問題を、複合差別、人権侵害の問題として、看過できない重大な問題として位置づけ、多くの研究者にその研究対象とすることを提案していくべきである。その場合、障害のある女性だけを研究対象にするのではなく、女性全体の中で、または男女を含む全人口の中で、障害のある女性の置かれた状況を際立たせるような研究を奨励することが重要である。福祉学や障害学のみならず、経済学・社会学・保健学などの学際的な視点から「障害のある女性」の実態を明らかにする研究を期待したい。

また、障害当事者団体には、女性当事者のエンパワメントに積極的に取り組む姿勢も期待したい。障害者問題に取り組む当事者団体やNPOに参加する女性は数としては少ないわけではない。たとえば障害児の社会参加に取り組む団体には、多くの障害児をもつ母親が積極的に参加している。しかし、当事者団体ならびに親の会をみても、代表者や指導的立場には必ずしも女性が多くないのが現実である7)。したがって、障害当事者団体にはポジティブアクションとして、女性代表者や幹部の確保を実施するように期待したい。

障害のある女性が、男女共同参画政策に積極的に発言していくようになることが重要である。そのためには、まず障害女性自身のエンパワメントと発言力を高めていくことが不可欠だろう。私たちは、障害者基本法の改正で経験した挫折を無駄にすることはできない。

(かつまたゆきこ 国立社会保障・人口問題研究所)


【参考文献】

1.厚生労働科学研究費補助金 障害者対策総合研究事業(身体・知的等障害分野)障害者の自立支援と「合理的配慮」に関する研究―諸外国の実態と制度に学ぶ障害者自立支援法の可能性―、平成22年度総括研究報告書(勝又幸子研究代表者)。以下の論文は前記総括研究報告書に収載されている。

・瀬山紀子(2011年3月)「女性政策は障害女性の課題をどのように位置付けてきたか―障害女性が受ける複合差別の課題化に向けて―」281―296頁

・伊藤智佳子&島野涼子(2011年3月)「障害のある女性に関するアンケート調査の実施とその分析」323―335頁

【脚注】

1)「性別」は第10条:施策の基本方針、第14条:医療、介護等、第26条:防災及び防犯、に「障害者の性別、年齢、障害の状態及び生活の実態に応じて」で入っている。

2)瀬山(2011年3月)(282頁)

3)瀬山(2011年3月)(282頁)

4)瀬山紀子(2011年3月)(285―286頁)

5)障害者制度改革の推進のための第二次意見(平成22年12月17日)15頁

障害のある女性は、性の違いに基づく差別と障害に基づく差別という二重の差別等社会的不利益を受ける立場にある。例えば、夫等の暴力や住宅事情、経済的理由等の生活上の困難さをかかえる母子が対象になる母子生活支援施設の入所者に占める障害のある母親は16.4%(4、092人の内671人、平成18年)となっている(*)2。これは、総人口に占める全国の障害者の割合(6%前後)と比較した場合、極めて高い数字となっている。

6)瀬山(2011年3月)表1 男女共同参画基本計画に見られる障害問題への言及と変遷、に第1次~3次までの基本計画がまとめられている。

7)伊藤智佳子&島野涼子(2011年)障害のある女性に関するアンケート調査の実施とその分析、で「団体の代表者の78.8%が男性」(328頁)という調査結果がある。