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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年2月号

ワールドナウ

アジア地域における義肢装具士養成事業
―学校のネットワーク化で自立的な義肢装具士養成の実現を目指す―

立石大二

事業立ち上げからカンボジアでの養成学校開校まで

日本財団は、英国NGOのカンボジアトラストと協働し1991年よりアジア地域における義肢装具士養成事業を実施している。カンボジアトラストは、オックスフォード大学教授であったピーター・ケアリー氏らにより1989年に設立された団体である。現在は、アジア太平洋地域の肢体障害者支援を幅広く手掛けているが、設立当時はプノンペン政権首相であったフン・セン氏の要請を受け、カンボジア国内の地雷被害者救援を行っていた。

日本財団は国内で障害者の地域生活支援を行うとともに、海外においては発展途上国の障害者の自立支援を重点項目の一つとしており、カンボジアの肢体障害者に義肢装具を届け、社会参加の機会を提供するというミッションを持つカンボジアトラストとは1991年以来、事業パートナーとしての関係を築いてきた。

1990年代初頭、カンボジア内戦は最終局面を迎えており、5万人から10万人と推定された内戦地雷被害者の救援はカンボジア再建に向けた重要な課題となっていた。肢体障害者に適正な義肢装具サービスを提供するためには、義肢装具の製造だけでなく調整技術や理学療法といった複数領域の専門知識・技術がワンセットとして利用できる環境が必要である。

この考えに基づき、日本財団とカンボジアトラストは、1994年までに3か所の義肢センターを同国内に設置し、義肢の製造・フィッティング・リハビリ等の総合的サービスを地雷被害者に提供するとともに、これらの技術の現地スタッフへの移転を行った。

事業開始当初、義肢提供サービスはフランスなど先進国から派遣された専門家集団により実施されていたが、カンボジアトラストではカンボジア人への技術指導を行い、将来的には現地人材による事業自主運営を実現させる構想を立てていた。この構想に必要な現地人材の育成機関として1994年に設立されたのがカンボジア義肢装具士養成学校であり、日本財団はカンボジアトラストへの支援を通じてこの学校の計画・設立に協力した。以降2002年にタイ、2003年にスリランカ、2009年にインドネシア、2011年にフィリピンに養成学校が開校した(なお、タイの養成学校は日本財団とタイ国立マヒドン大学医学部との協力により、他の学校はカンボジアトラストとの協力により設立された)。

事業の目標と支援内容

日本財団は義肢装具士養成以外にもさまざまな障害者支援事業を途上国で行っているが、いずれの事業でも教育や就労の場面で不利な環境に置かれることの多い障害者の自立と社会参加を支援し、障害者にも多様な選択肢が開かれ自己決定ができる社会の実現を目指している。義肢装具士養成事業は、質の高い義肢装具サービスを提供できる義肢装具士を養成し、肢体障害者の義肢装具に対するニーズを満たし彼らの自立・社会参加を促すことで、この大きな目標の実現を促進するものとして位置付けられている。

義肢装具関連事業における日本財団の支援内容は、養成学校の設立・運営支援だけにとどまらない。前述のカンボジアでの義肢提供のように、内戦で多くの肢体障害者が出たベトナムやスリランカでは、義肢装具の提供・調整・リハビリ・歩行訓練といったサービスを無料で提供し、現地人義肢装具士養成より即効性のある形で肢体障害者を直接支援している。

また育成された有能な人材を活用するため、2004年よりアジア各国の養成学校のネットワーク構築に注力している。カンボジア・タイ・スリランカ・インドネシア・フィリピンの5か国に日本財団の支援による養成学校が存在するが、教材内容や学校運営に関する経験、教員の指導技術といった無形資産の各校間での共有や、ベトナム・パキスタン・インドの養成学校を加えた8校間での学校スタッフ人事交流などを進めており、複数の学校運営を同時に支援することによる相乗効果を狙っている。また国際義肢装具協会(略称ISPO)、豪州のラトローブ大学、香港のポリテクニック大学、およびカナダのジョージブラウン大学が学校間年次会合への参加などの形でこのネットワークをサポートしている。

アジア地域での自立的義肢装具士養成の実現を目指す

養成学校ネットワークの構築においては、タイのマヒドン大学医学部シリントン義肢装具士養成学校が長期的事業戦略上の重要な役割を担っている。バンコクに位置するこの学校は、他のネットワーク内の養成学校と異なり他国から留学生を受け入れており(他に留学生を受け入れているのはカンボジアのみである)、さらに卒業生は学士号およびISPOの定義する国際義肢装具士資格一級(カテゴリ1資格)を得ることができる。

ISPOは義肢装具士資格を三つに分類しており(カテゴリ1・2・3)、カテゴリ1および2取得者は義肢装具作成および患者を相手にした医療行為を行うことができ、上位資格であるカテゴリ1取得者は養成学校で指導員となることができる。タイ以外のネットワーク内養成学校ではカテゴリ2資格の取得が可能だが、カテゴリ1資格を取得できるのはタイの養成学校だけであり、日本財団はシリントン義肢装具士養成学校をアジア義肢装具教育の中核的学校として位置付けている。

これまでに紹介した義肢装具士養成学校の教育においては、特に開校直後数年は人件費の高い外国人指導者に依存せざるを得ないが、ゆくゆくは現地人指導者を育成し、外国人指導者を代替していくことが学校経営の人材的・財政的自立に向けた重要なステップとなる。そのためには、アジア域内に「義肢装具士」だけでなく「義肢装具士の指導者」を育成できる機関が必要であり、アジア義肢装具士養成学校ネットワーク内でその役割を担うのがカテゴリ1資格を授与できるシリントン義肢装具士養成学校である。

人口規模の小さな国では、自国内でカテゴリ1資格を授与できる学校を持つことは合理的ではなく、医療技術の発達の遅い国では、義肢装具士指導員を育成するための高度な教育を行うことが難しい。そこで、ネットワーク化された学校群の中に医療先進国タイの養成学校を組み込むことで、タイが周辺国から留学生を受け入れ、アジア各国の出身者が義肢装具士指導員となり、彼らが卒業後自国に戻り、アジア人義肢装具士を育てるという自立的サイクルが成立するのである(タイでカテゴリ1資格授与が可能になる前は、アジアからオーストラリアやイギリス、タンザニアなどの国へ留学しなければならなかった)。アジア各国の養成学校をネットワーク化することで、日本財団はそれぞれの国の義肢装具士養成を支援するだけでなく、アジアという地域における自立的な義肢装具士養成の実現を目指している。

現状の課題と今後の展望

今後の日本財団の義肢装具士養成事業の運営においては、養成学校の外部支援に頼らない自立的で持続可能な発展を支援することが重要課題となる。カンボジア義肢装具士養成学校は、2011年より義肢装具作成技術の指導員だけでなく経営管理に関わる学校スタッフもカンボジア人だけで担うようになり、人材面での先進国への依存を脱し、学校経営の自立性を高めている。ちなみに、カンボジア義肢装具士養成学校ではおおむね生徒の半数以上を留学生が占めており、国内での自立を越えて近隣諸国の学生に義肢装具教育の機会を与えるまでに発展している。

自立的な学校経営に向けて必要となる取り組みは学校の成熟段階によって異なり、2003年開校と比較的長い歴史を持つスリランカ義肢装具士養成学校では、事業費負担を日本財団から現地政府へ徐々に引き継ぐことで財政的自立へ向けた歩みを進めている。事業の現地政府移管に向け、日本財団は学校スタッフと協力し、政府に事業の重要性を認識してもらうよう働きかけている。それぞれ2009年、2011年に開校したインドネシア、フィリピンの養成学校ではまだ第1期入学生が卒業しておらず、自立への取り組みはまさに今後の課題となっている。

(たていしだいじ 日本財団国際協力グループ)


【参考文献】

(1)国際義肢装具協会 “Category I Information Package” 国際義肢装具協会ホームページ(http://ispoint.org)(参照2012年1月9日)