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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年4月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

「幻聴妄想かるた」が商品化されて

新澤克憲

昨年の11月中旬、ハーモニーの「幻聴妄想かるた」が医学書院から発売されました。利用者の人たちの幻聴や妄想体験を言葉にし、みんなで絵札を書き、付属の冊子にはそれぞれの体験談や当事者研究が記されている正真正銘のオリジナル商品です。今回、出版社から発売されるにあたり、俳優の市原悦子さんが読み札を朗読した「読み札音声CD」と利用者さん自身が出演した「幻聴妄想かるたが生まれた場所」というDVDが付録となったのは大きな変化でした。2008年末から自前の印刷機と製本用のホッチキス、手動の裁断機でひとつひとつ手作りしてきたものだけに、出版社に取り上げられ世に出るのは、感慨深いものがあります。

「幻聴妄想かるた」を簡単に紹介するならば、

に…にわとりになった弟と親父
の…のうの中に機械がうめこまれ しっちゃかめっちゃかだ
ま…まい日金縛り状態
て…てレパシーがやってきて自分の望みがすべてかなった
ら…らジオから自分のことがいわれている

こんな感じの字札に利用者自身が描いた絵札が付いた「かるた」なのです。

「幻聴妄想かるた」を作りはじめたのは2008年の半ばでした。その年のハーモニーは、集団精神療法士の藤田貴士(註1)さんに活動に参加してもらい、認知行動療法に立脚したハーモニーの利用者(以下、メンバーという)のミーティングを週1回のペースで始めていました。

ミーティングのテーマは当初「メンバーひとりひとりの生活の苦労話」でしたが、就労や睡眠などの話題だけでなく、それぞれの幻聴や妄想の体験も多く取り上げられました。

言うまでもなく、幻聴や妄想は精神疾患において特別な症状ではありません。施設でもメンバーの口から語られるのは珍しくないのですが、語ることを歓迎しない雰囲気があることも事実です。対応してしまうとかえって症状をひどくしてしまうという支援者側の考え方もあれば、当事者の方も幻聴や妄想を語ることで傷ついてきた多くの体験から口を開くことを躊躇するようにもみえます。しかし、彼らにとっては幻聴や妄想は実際に起こっていることで、日常生活にも支障を来すほどの苦労となっているのも確かです。彼らが安心して日中に過ごせる場所は、そんな苦労を口にできる場所なのだろうと僕らは考え、メンバーたちの幻聴や妄想からくる生活の苦労話を聞き続けました。

これらをテーマの「かるた」にしてみたら、そして、それをハーモニーの「自主製品」にしたらどうだろうと提案したのは藤田さんでした。

当時、共同作業所だったハーモニーは障害者自立支援法の法内施設への移行を運営上の課題としていました。どうしたら工賃収入を多くできるかというテーマで、メンバーとスタッフの話し合いも頻繁に行われていました。どちらかといえば、内職仕事の苦手なメンバーが多いハーモニーでは、就労継続支援B型事業所への移行ができるほどの工賃額は稼ぎだせないというのが、当時の僕たちの分析でした。そんな時の藤田さんからの自主製品づくりの申し出でした。幻聴や妄想の話が商品になるの?と不思議そうにみていたメンバーたちも、鉛筆を持って絵札を書き始めたころにはすっかり乗り気になっていました。

完成した「幻聴妄想かるた」と付録の冊子「露地」を日頃からお世話になっている関係者に送り始めたのが、2008年の末でした。その後、ホームページやクチコミを通じて、多くの注文があり、翌年の12月までには、進呈を含め350セットほどが人手に渡りました。最初に注目してくださったのは、医大、看護大や専門学校等の医療や福祉の関係者で、多くの教育の場でかるたを使って授業を行っていただきました。「幻聴妄想かるた」や「露地」は、看護や福祉の仕事に就こうとする若い人たちと精神科ユーザーを少しだけでも、つなぐことができたのではないかと思っています。

世田谷区内では、精神福祉関係の施設ネットワークの新年会や地域活動支援センター、作業所で利用者を交えた、かるた会を開いてくれました。

スタッフの一人は、精神科ユーザーでも福祉関係者でもない人たちにかるたの世界を知ってもらおうとカフェやイベント会場でかるた会を開き、予想外の反応に驚いたと言います。「当事者の世界はとてもシュール」「面白い!」「今まで、こわい気がして遠ざかっていた精神病の人たちの心がこんなことになっていたのか」「精神障害の人なんて街にはいないのかと思っていた」「言葉が味わい深い。想像力が刺激されて、その背景を考えてしまう」といった新鮮な感想が得られました。その場に居合わせた精神科ユーザーから「自分たちは当たり前と思っていた幻聴や妄想だけれど、病気でない人がこんなことに驚くなんて。そのことが発見だった」との感想があったのも興味深いものでした。

2010年には、売り上げも500セットを超えました。NHK大阪の「きらっといきる」という番組にも取り上げられ、利用者自らがカメラの前で、かるたを読み上げるという予想もしなかった体験をすることになりました。赤いライティングや極端な俯瞰といったテレビ的な演出は私たちの意図とは相いれないものだったとしても、「幻聴妄想かるた」が福祉関係者を超えて、広く知られるキッカケとなりました。

驚いたのは、いつも幻聴や妄想に苦しんでいるもっとも「苦労」の多い人が「幻聴妄想かるた」を契機に、施設の看板商品の顔になったということでした。メンバーのなかでも内職作業を得意としていない人たちが今では、施設見学者の応対をし、スタッフや仲間たちとともに、専門職の集まりや町のカフェ、大学のPSW養成のクラスに出かけていき、自らの経験を語り「かるた」の宣伝をするセールスマンとして工賃を手にしています。それを見るにつけ、人それぞれの輝きは、能率や生産性、迅速さなどとは違ったところにあるのだなと感じさせられるのです。

そして昨年(2011年)、医学書院から出版(税込み2,415円)され、一般の書店やインターネット経由で多くの方の手にとっていただけることとなったのです。

現在、ハーモニーの心理グループは、次のかるたの自主制作に向けて動き出しています。題して「幻聴妄想かるた―生活・失踪編―」、これもメンバーたちの経験に基づいたもので、彼らのつながりや幻聴や妄想とともにある日常生活を題材にしています。

一例をあげると、ある朝、銀行に行くと言い残して、行方が分からなくなった仲間がいました。残されたメンバーたちは、自分たちの失踪経験を基に、彼がどこに行ってしまったのかに思いを馳せます。幻聴や妄想に導かれて富士の樹海を彷徨(さまよ)った体験を語る人、失踪から「幽体離脱」に一気に飛躍する人、「上手な失踪」についてウンチクを傾ける人…。彼らの言葉のひとつひとつに幻聴や妄想の苦労とともに生きてきた彼らの力強さと、失踪から帰ってきた友達を迎える仲間の温かさに満ちています。そんな逸話満載の「かるた」になる予定です。

と言っても、何事も時間のかかるハーモニーのこと、どんなものが出来上がってくるのかは私にもさっぱり見当がつきません。しかし、また新たな製作を通じて新しい出会いの輪が広がると信じて、楽しみに待っているところでもあります。

(しんざわかつのり 就労継続B型事業所ハーモニー施設長)


(註1)藤田貴士:集団精神療法士・ハーモニー心理教育グループ担当

【参考文献】

・新澤克憲・藤田貴士:『幻聴妄想かるた』の作り方、精神看護12巻3号(2009年5月)

・新澤克憲:暗闇の荒波にもまれる舟にとっての灯台のあかり、精神看護13巻3号(2010年5月)

・新澤克憲:「働く患者」と「幻聴妄想かるた」と逆転満塁ホームラン、精神看護14巻3号(2011年9月)