音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

障害者虐待防止法施行への期待

松井美弥子

念願の障害者虐待防止法が、2011年6月に成立しました。成立までは長い道のりでしたが、まずは関係者のご尽力に感謝申し上げます。

知的障害者への虐待事件が数多くマスコミ報道されるようになったのは1990年代でした。知的障害の子を持つ親は、皆、切なく悔しい思いをし、児童虐待防止法、高齢者虐待防止法が制定されているのに、障害者が置き去りにされることに焦りを感じてきました。

全日本手をつなぐ育成会では、国に対して、障害者虐待防止法の早期制定を強く要望し、厚生労働省の検討委員会へも参画し、国会議員への働きかけを各党に幅広く行いました。権利擁護セミナーでも、幅広い分野の方の協力を得て障害者虐待防止法の必要性を訴えてきました。通報義務についてのさまざまな議論もありましたが、今この時にも全国のどこかで、いわれのない虐待を受けている人を救うためには、1日でも早い障害者虐待防止法の制定を強く要望してきました。

1 障害者虐待防止法への期待

1.すべての国民に、虐待を受けたと思われる人を発見した場合は、速やかに市町村(使用者による場合、都道府県でも可)に通報しなければならないと、虐待の発見者に通報義務を課したこと。

2.通報を受けた市町村は速やかに「障害者の安全の確保」と「虐待の事実確認」を行い、必要に応じて生活の場への立入調査ができること。

3.市町村に障害者虐待防止センターの設置が義務付けられたこと。

4.学校・保育所・医療機関には、通報義務は課さなかったが、それぞれの長には、虐待が起こらないように対策を講じる義務を課したこと。

5.被虐待者の保護と自立への支援、虐待をした養護者への支援も市町村の義務としていること。

これらが確実に実行されることにより虐待が減少し、虐待防止の意識が高まることを期待したいと思います。

10月の施行に向けて、3月末には、厚生労働省より「市町村・都道府県における障害者虐待の防止と対応マニュアル」が届き、各県・各市町村でも、関係者の意見も聞き、より具体的なマニュアル作りが行われていますが、さらに関係者だけでなく、一般市民への広報啓発も行うことで、本法が活(い)きてくることを期待します。

2 障害者虐待防止法を活かすために

1.市町村に障害者虐待防止センターの設置が義務付けられましたが、現状では、障害者への福祉サービスの資源に市町村格差があります。このままだと、権利擁護支援にも地域格差が生じるのではないかと危惧します。

虐待防止と被虐待者の保護や、虐待をしてしまった養護者への支援等については、関係機関のネットワークをしっかり構築していただきたいと思います。知的関係のネットワークには、各市町の育成会にもしっかりと関わってほしいと思います。

2.福祉サービス事業所や施設等では、職員への虐待防止についての研修を実施していただけるものと思いますが、人としてのあるべき基本のところを、真摯に学んでいただきたいと思います。

過去の施設等での虐待事件(事例)の多くは、施設長や職員の方が、障害特性の不勉強(無理解)と支援スキルの不足から、知的障害のある人が自分たちと同じ高さの人間であることを失念してしまい、社会的な常識をも失った状況での虐待行為であったという認識でした。加えて、閉鎖的な環境も虐待行為への抑止力を失う大きな要因だと思います。

知的障害のある子の親としては声を大にして訴えます。「知的障害がある人たちは、訴える力は弱いですが、暴力への恐怖や痛みも悲しみも感じる同じ人間です。真に大切なことは、障害の有無に関係なく、支援者と利用者は上下の関係ではなく、同じ高さの人間であることを肝に銘じていただきたいと思います。」

3.障害者雇用事業所への広報、啓発は、行政はもとより、障害者就業・生活支援センターには頑張っていただきたいと思います。就労者は、育成会等へは未加入の方が多く、不幸にも事が起きた時に気づいてもらえる環境が少ないことを危惧します。

4.養護者への虐待防止の啓発は、障害者虐待防止法を活かすためにはとても重要だと思っています。

養護者の立場の家族等から、明らかに経済的な虐待と思われる扱いを受けている人も少なくありません。育成会では、数年前から、私たち親がどうあるべきかを検証すべく、次に述べるような取り組みを行ってきました。

3 虐待防止に向けた育成会の取り組み

1.虐待防止のハンドブック作成

2010年度全日本手をつなぐ育成会権利擁護委員会(2011年より権利擁護推進センター)では、これまで報道のあった多くの虐待事件は、施設職員や雇用者の虐待でしたが、「我々も親として養護者として、障害のあるわが子に対して、虐待に当たる行為は絶対にしていないと言えるだろうか」ということを、真剣に議論しました。

委員には、親だけでなく、社会福祉士、弁護士、研究者もおられますので、専門的な意見と助言をいただき、私たち親自身が足元を見つめ直すために、親向けの虐待防止のハンドブックとして、『あなたは大丈夫? 親が虐待に気づくためのハンドブック』を作成しました。全国の会員や関係者に好評をいただいて増刷販売をしています。

2011年度は、障害者虐待防止法制定を受けて、親や施設職員の方や関係者向けに、『みんなで知ろう・考えよう 障害者虐待防止法』を作成しました。育成会以外の関係者にも広く活用していただいています。

育成会としては、親として、わが子が一個の人格を有する、私たちと同じ高さの人間であることを認識してもらえるように、わが子の変化にも早く気づける親になれるように、前述の冊子を活用して、虐待防止についての意識が根付くことを期待しています。

2.親と子の人格が別であることを認識し、わが子とより良い関係を築くための取り組み

2008年度には、当会の理事でもある明星大学の吉川かおり教授を中心に「家族支援プロジェクト事業」を、2009年度には「障害認識プロジェクト事業」を実施しました。

家族支援プロジェクトでは、「家族にも支援が必要です」というワークショッププログラムを開発し、障害のある子の親であることで生き方を狭くし、生き難さを感じている親御さんたちに「障害の子がいても自分らしく生きても良いのですよ」ということを伝え、親と子の人格は別なのだという認識をしてもらえるワークショップを行いました。

障害認識プロジェクトでは、「障害のことを、もっと知ろう!我が子とより良い関係を作るために」というワークショッププログラムを開発しました。

各地の育成会では、2つのプロジェクト事業を上手に組み合わせて、ワークショップを開催しています。参加者が互いを認め合うことで、自分自身にも改めて気づきがあり、生き難さが少しでも解消していけたらというものです。参加した多くの方は、家族に対して優しい気持ちが持てるようになった、障害の子どものことがよく分かってきたと明るい顔になって帰られます。小さな単位での地道な取り組みですが、親御さんが少しでも心の余裕が持てることで家庭の雰囲気が変わると信じています。このワークプショップに障害者虐待防止法についても、加えていただけることを期待しています。

3.各市町村にも障害者権利擁護支援センター設置のための働きかけと活動を

育成会は、数年前より親亡き後の安心のために、各市町村に成年後見センターの必要性を発信してきました。

個人的には地元育成会の熱い思いと専門家の協力と育成会の寄付金でもって、NPO法人宝塚成年後見センターを平成21年4月に設立し、3年が経過しました。今年の4月からは「宝塚市高齢者・障害者権利擁護支援センター」として、 宝塚市社会福祉協議会と宝塚成年後見センターの共同運営の形で宝塚市の委託を受けて、新たなスタートをしました(職員4人配置、各職員2人ずつ配置)。障害者虐待防止センターとしての役割もあります。

近隣の市にも市の障害者・高齢者権利擁護支援センターがすでに開設されているところはありますが、まだ、全国的には、市町村独自の権利擁護支援センターの設置は少ないです。知的障害のある人の人権を守る市町村独自の権利擁護支援センターと、経済的虐待を受けている本人を守るためにも成年後見センターは絶対に必要です。各市町村行政と育成会の努力を期待します。

(まついみやこ 全日本手をつなぐ育成会権利擁護推進センター運営委員長)