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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

フォーラム2012

クィーンズランド脳損傷協会シナプスにみる地域支援の取り組み
―豪日交流基金助成による来日講演・当事者団体交流―

小川喜道

はじめに

オーストラリアのクィーンズランド脳損傷協会「シナプス」は、そのシナプスという名のごとく、それぞれの拠点をつなぐ大きなネットワークを形成し、活発な活動を行っている。最高経営責任者(CEO)であるジェニファー・カレン氏は、協会の名称をシナプスと変えるにあたって次のように述べている。「私たちが、歩くこと、話すこと、夢をもつこと、そして目標を達成すること、そうした活動を行う上で、ニューロンをつなぐシナプスの働きは大切なものです。そして、脳損傷のある人が、再び家族とのきずなを結び、地域とのつながりをもてるよう、協会シナプスはその役割を果していきます。」

わが国とシナプスとの関係は、2000年に納谷敦夫氏(なやクリニック院長)の視察、紹介に始まり、日本からスタディツアーが行われたり、前CEOジョン・ディキンソン氏の来日講演が行われるなど、深いつながりがある。今回、豪日交流基金の助成、クイーンズランド州政府駐日事務所などの後援をいただき、シナプスより3人が来日し、約2週間(本年3月7日~19日)の日本滞在で講演や交流が行われ、相互に刺激を受けるものとなった。

シナプスの諸活動

シナプスの活動の特徴は、高次脳機能障害者に対する個別支援と社会的認知の両面を積極的に進めていることにある。特に、私たちは「行動障害」と称して、障害を前面に出す表現をすることがしばしばであるが、シナプスは“私たちに理解を求めている”行動、そうした特性をもつ個人を支援するという考え方に立っている。ネガティブな行動の要因をしっかりと捉え、その行動の意味を理解し、ポジティブな行動の促進に向けた支援を実施している(大阪講演テーマ「脳損傷者の社会的行動に関する介入効果」)。

また、脳損傷による高次脳機能障害のある人が生活をうまく行うためには、生活の仕方を学ぶ機会や、生活を適切に支える場を必要としている。そのための行動に関する客観的な指標となるアセスメントの実施や、個別化された本人中心のプランニングに力を入れている。それらを合理的に支援するための移行型住宅を運営しているのもシナプスである。その住まいを機能させるためには、先に示したポジティブな行動を促進することに加えて、「ストレングス(強み・長所)を基盤としたアプローチ」が用意されている(横浜講演テーマ「高次脳機能障害者の支援プログラム開発に向けて」)。

一方、脳損傷に対する社会的認知を促進する活動は、非常に積極的に行われており、ウェブサイトを最大限に活用している。脳損傷に関する資料はPDFで提供され、出版物『脳損傷―知識』も第3版となっている。また、シナプス季刊誌「ブリッジ」は、毎回、今日的テーマを取り上げており、その取り組みの広さも伝わってくる。

また、「ビーニー(ニット帽)をかぶろう―脳損傷の啓発プロジェクト」という大々的なキャンペーンを行っている。確かに、わが国でも「高次脳機能障害」という言葉がメディアで取り上げられても、また、行政用語として使用しようとも、地域の市民レベルでの理解が得られているとは限らない。何よりも個人レベルで直接コミュニケーションを取りながら、障害や暮らしのことを話すのはとても大切なことであり、そうした草の根活動が求められる。シナプスは、ちょっと派手な青いビーニーをかぶることで「それは何?」と尋ねられたりするところから始める啓発プロジェクトに力を入れている。

日本滞在中の団体交流

1984年に、脳損傷者の数家族が集まりサポート・グループを形成した小さな団体が、これまで地道な活動と戦略的で力強い取り組みを行ってきたシナプスは、クイーンズランド州の州都ブリスベンを拠点に80人以上のスタッフを擁するまでに発展している。今回、日本の各地の自助組織との交流を通して、改めて原点に立ち返るべく刺激を受けたと思われる。

来日メンバーは、CEOのジェニファー・カレン氏の他、マーケティング&コミュニケーション部門マネジャーのグレン・ファーロー氏、そして、コミュニティー対応部門責任者のクレア・ハンフリーズ氏である。かれらは、訪問先では家族の話やスタッフの話を一言も逃すまいとiPadを使って熱心に記録し、利用者やスタッフに積極的に話しかけていた。

今回、公的専門機関である神奈川県総合リハビリテーションセンター、名古屋市総合リハビリテーションセンター、世田谷ケアセンターふらっとと共に、ほっぷの森(宮城・仙台)、脳外傷友の会ナナ(神奈川)、東京高次脳機能障害協議会(東京)、笑い太鼓(愛知・豊橋)、高次脳機能障害支援つくしの会(京都)、堺脳損傷協会、奈良脳外傷友の会あすかの方々のもてなしを受けた。

シナプスメンバーは、日本語の名刺を用意するとともに、日本語であいさつをし、作業場面では利用者に教わりながら参加し、日本語と英語を交えた会話を楽しんでいた。とりわけ、当事者団体の運営する活動プログラムはバラエティーに富んでおり、シナプスでの新たなプログラム展開に参考にしようと貪欲であった。

ところで、仙台・ほっぷの森のレストラン「びすた~り」(就労継続A型)には、東日本大震災より1年目となる3月11日に訪問した。その日はボランティアへの感謝イベントを行っており、地震発生の14時46分に黙祷(もくとう)、そして被災現場に立ち、CEOジェニファー氏らは涙していた。実は、クイーンズランドは昨年の冬に大洪水に遭い、シナプスの運営する宿泊施設も大きな被害に遭い、また、いくつかのプロジェクトの実施に影響を及ぼす多難な年であった。仙台の地で被災者の話をうかがう機会もあり、心を揺さぶられる思いを抱いたに違いない。

今回の来日を契機に、高次脳機能障害者の地域支援向上に向けた日豪の相互交流が一層深まるものと信じている。

(おがわよしみち シナプス講演実行委員長、 神奈川工科大学教授)


(注)

クィーンズランド脳損傷協会シナプスのHP:http://www.synapse.org.au/