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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年7月号

福祉的支援の現状と課題

水谷幸司

はじめに

障害者総合支援法は「骨格提言」や障害者権利条約、「基本合意」にてらして私たちが目指してきた「新法」とは言えず問題点は多々あるが、国の障害者施策の対象範囲に初めて「難病等」を加えるとしたことは、福祉的支援を待ち望む多くの難病患者に一縷(いちる)の希望を与えたことは間違いない。しかし一方でわが国の福祉サービスの現状をリアルに見るならば、現時点ではこの希望は「絵に描いた餅」になりかねないとの懸念があることも事実である。

この稿では、難病をもつ人たちの福祉的支援の現状を概観するとともに問題点と課題について考えてみたい。

1 難病と障害

疾患名としての「難病」は存在しない。難病とは、医学的には、現在の医学では原因がわからず根本的な治療法がないために将来的にも後遺症(障害)が残るおそれが少なくない疾患であり、社会的には、疾患の特性が慢性的な経過を辿(たど)ることから、経済的にも精神的にも生活面への長期にわたる支障を伴うという特性のある病気の総称であり、「難病」とは社会的通念上の言葉であるといえる。

わが国の難病対策は、この難病をもつ人を対象にして、1.調査研究の推進、2.医療施設の整備、3.医療費の自己負担の解消の3つの柱で始まった(昭和47年10月、厚生省「難病対策要綱」)。この後、対策の柱に、4.地域における保健医療福祉の充実・連携、5.QOLの向上を目指した福祉施策の推進が加わり、現在は5つの柱で施策が行われている。

一方で、障害(者)とは、昨年改正された障害者基本法によれば「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう」(障害者基本法第2条第1項)。ここでいう社会的障壁とは「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう」(同第2条第2項)と定義されている。「その他の心身の機能の障害」には難病を含むこと(衆議院内閣委員会での園田政務官、村木政府委員答弁)、また「継続的に」という言葉は「断続的なもの、周期的なものも含んで、幅広くとらえる」(同)ことが確認されている。

しかしながら、現行の障害者施策は、依然として事実上、障害を固定、永続的なものとしてとらえており、そうした現実を反映して、難病をもつ人の多くは「障害者」という意識は薄く、むしろ「治りたい」との思いから、障害が固定し一生治らないものとしての障害者像をイメージして、無意識に遠ざけている人も少なくないのが実情である。このことも一種の社会的障壁として、今後の福祉的施策を考えていく必要がある。

2 難病対策としての福祉施策の限界

現在、難病対策として行われている福祉施策には難病患者等居宅生活支援事業があり、1.ホームヘルプサービス事業、2.短期入所事業、3.日常生活用具給付事業の3事業がメニュー化されているが、実際の利用者はごくわずかである。先頃公表された厚生労働省の資料によると、施行実績は対象者約750万人(対象疾患130疾患+関節リウマチ)に対してホームヘルプサービス利用者はわずかに315人(146市町村)、短期入所事業利用者は10人(5市町村)、日常生活用具給付事業利用実績は729件(285市町村)にすぎない。国が2分の1を補助するこの3事業の国の実績総額は6,200万円である(平成22年度。2012年5月29日第2回難病在宅看護・介護WG参考資料より)。

また、支援を行う人材養成の現状は、平成22年度は難病患者等ホームヘルパー養成研修事業は訪問看護職員、介護福祉士等を対象に30県・市で行われ3,192人が参加したとされているが、この研修にかけた国の経費はわずかに400万円である(同)。

障害者総合支援法で難病等の人たちにも無条件で福祉サービスが受けられるかのような報道もあって、身体障害者手帳がもらえるものと勘違いをしている難病患者も相当数いるが、今回の障害者総合支援法における対象範囲の拡大は、あくまでも「身体障害者手帳のない」難病等の人たちを障害者総合支援法による福祉サービスの対象に加えるのであって、身体障害者手帳の取得範囲を拡大したり、手帳により受けられる福祉のすべてが受けられるものではない。対象になるものはごくわずかであり、それすら今後、ヘルパーの養成や実施する事業所が増えない限りは進まないのが現実である。

それでは、難病をもつ人たちに、どのような福祉ニーズがあるのかを次に見ておこう。

3 難病をもつ人の福祉ニーズ(日常生活と福祉ニーズに関するアンケート調査から)

私たちは、2010年度にアンケート調査を行い、2011年3月に報告書をまとめた(財団法人北海道難病連、厚生労働省平成22年度障害者総合福祉推進事業「難病患者等の日常生活と福祉ニーズに関するアンケート調査」報告書)。わが国では、難病患者全般に対する日常生活、福祉に関する実態調査はいまだに行われていない。国の補助金を使った調査としては、私たちのこの調査が恐らく唯一のものであるといえる。難病を障害者施策の対象に取り入れようとされている昨今、国の本格的な調査の実施が望まれる。この調査結果報告から、福祉ニーズと支援の現状を見てみたい。

(1)調査対象と方法

調査対象者へのアンケートは、患者(支援)団体(日本難病・疾病団体協議会(JPA)、難病のこども支援全国ネットワーク、日本リウマチ友の会)および2つの地域難病連(北海道、静岡)の協力により、それぞれの団体を通じてその構成員(無作為抽出)にアンケート用紙を郵送し回答を返送してもらう方式で行った(総数3000部、回収率46%)。

対象者の疾患は、難治性疾患克服研究事業130疾患が約6割、小児慢性特定疾患治療研究事業対象疾患(11疾患群514疾患)が約2割、その他の疾患が約2割であった。

自由記述欄への回答が多かったことも特徴であった。そのなかで記述の多かった順に項目をあげると、1.経済的支援、2.社会福祉サービス、3.専門医療、4.特定疾患(医療費助成)、5.病気の理解、6.情報、7.就労、8.身体障害者手帳、9.住まい、10.障害年金、11.患者会支援の順になった。

(2)報告書から見えた現状

1.身体障害者手帳所持者が6割

身体障害者手帳を所持している人が6割であった。重度化して障害が固定し、体幹障害や視覚障害として手帳を取得している人も少なくないと考えると、病気が進行して障害が固定化してしまう患者が多いともいえる。難病や長期慢性疾患患者の場合、重症化しないために投薬で進行を抑えている場合が多いが、現行法ではそうした状態では福祉施策の対象にはならない。

児童福祉法では児童の健全育成の観点から「放置すれば将来、障害が残ってしまうと考えられる場合」には障害者自立支援法における福祉サービスや自立支援医療(育成医療)が適用される。20歳以上の場合でも、薬や治療を行わない状態で判断し、予防的に治療を行った場合の自己負担を軽減したり、電動車いすなど必要な福祉用具の給付等を行えることが必要である。

2.福祉サービスの利用状況

全体として、福祉サービスを利用する必要がない、あるいは福祉サービスについて知らないと回答している人が回答者の半数もいるということは、難病や長期慢性疾患をもつ人にとって福祉がいかに遠い存在であるかということを示している。回答者のうち1割が、利用したいと思っても対象外になるか、制度の内容がよくわからないと回答していることも注目される。身体障害者手帳を所持していると回答した人が6割であることは先に述べたが、一方で福祉サービスを利用している、または今後利用する予定であると答えた人は全体の2割に過ぎず、身体障害者手帳を持っていても実際に福祉サービスを受けていない人が相当数いるということもこの調査で明らかになった。これは、現在の制度が難病をもつ人たちの実情に合っていないことを示すものである。

3.医療費の負担軽減への要望

関節リウマチやベーチェット、膠原病などの自己免疫疾患は、近年、病気の進行や骨の破壊を抑える新薬(生物学的製剤)の投与により劇的に症状が改善されるようになったが、一方でその薬代が高く、特定疾患以外の疾患の場合、保険が適用されても自己負担は月3~5万円はかかり、年間100万円以上の負担になったという回答もあった。薬代が高いために治療をあきらめているとの切実な声もあった。薬を飲み続けなければ症状は悪化して人工骨を入れるなどによって身体障害者手帳の対象にはなるが、そうならないよう投薬を続けている間は何ら支援策の対象にはならないのが現実である。医療保険の高額療養費制度を改善して、高額な医療費負担を強いられる人が安心して医療にかかれるよう、負担上限の引き下げを行うことや3割負担という高すぎる負担率の引き下げが基本だが、それができるまでの間は、公費負担医療制度の拡充が必要である。

4.使いづらい福祉サービス

難病や長期慢性疾患をもつ人は、状態が一定せず日によって変動する、また症状の進行により重度化するが、時期によっては安定して小康状態になるなどの特性がある。また痛みやしびれ、倦怠感などの自覚症状は数値で表すことができず個々の患者ごとにきめ細かな対応が必要である。

今回の調査でも、介護保険法や障害者自立支援法の対象に入っている人たちから、制限が多すぎて制度が使えない、使いにくいという意見が出されている。福祉用具に関しては、病状が進行するので買った時の用具が使えなくなる、自分に合った用具が少なく選べないとの意見があった。ホームヘルプサービスについては、体調の変化に波があるため、体調が悪くて必要な時に来てくれるヘルパーさんがほしいが、現状では状態の安定した障害者や高齢者を想定したサービスになっているので使いづらいとの声があった。

難病や長期慢性疾患をもつ人の福祉ニーズは人によって千差万別であり、制度に人を合わせるのではなく、一人ひとりの状態に合わせた柔軟なサービスがなければ、実際の利用は進まないことを示している。

5.就労支援

就労支援を望む声も今回の調査では多く見られた。発病後に離職せざるを得ず、その後は正規雇用への道がなく非正規雇用で収入が大幅に減ってしまうという例も多く見られた。若年での発病で身体障害者手帳を持っていない人の就職が非常に厳しいこともわかり、難病をもつ人にも障害者同様の就労支援が受けられることが望まれる。

4 福祉的支援に求められるもの

以上、私たちが行った調査から福祉ニーズを中心に特徴点を挙げたが、対象数も少ないため実態調査として十分とはいえず、今後、国による本格的で総合的な実態調査の実施が切望される。その上で、先の3事業だけでなく補装具や自立支援医療などの制度でも必要があれば受けられるようにしていくことが大切である。

難病や長期慢性疾患は、見た目には障害があることがわからない人も多く、また体調の変化がそのまま障害となってしまう。午前中は調子がよくても午後になると急に体調が悪くなる人もいて、同じ疾患名でもその状態は一人ひとり違う。こうした人たちを排除せず受け入れる社会をつくるには長い時間がかかるが、その方向に向かうためのステップとしての福祉的支援の拡充を望みたい。

(みずたにこうじ JPA事務局長)