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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年10月号

現在の計画の総括と新計画への期待

佐藤久夫

はじめに

現在の障害者基本計画を読み直し、障害者白書に報告されている各省庁の推進状況を眺めてみると、全体的にはいろいろな施策が進められてきていることがわかる。

しかし障害者(「児」を含む。以下同じ)の社会生活、社会参加がこの10年間でどう改善されたのかは不明である。インプット(施策の実施)はある程度わかるが、アウトプット(障害者の生活の変化)が不明であるために、編集部から与えられた課題にある「総括」が困難である。

おそらく街で障害者を見かけることが多くなったと感じられ、パラリンピックでの日本人選手の活躍などからも、障害者の社会参加が改善された分野も多いのであろう。しかし他方では、施設や病院からの地域移行が思うように進んでいない、諸外国より低い障害者雇用率がなかなか達成されない、多くの重度障害者が経済的にも介助の面でも依然として家族への依存を余儀なくされている、日額制や利用者負担のもとで障害児通園施設が利用しにくくなった、などの指摘もある。

このようにアウトプットがよくわからないまま、「施策はこれだけ進んだ。高く評価される」と言っている感がある。アウトプット不明では計画の評価ができず、次の計画でのより効果的なインプットを導くこともできない。

障害者基本計画は、1980年代の第1期以来、このようにアウトプットの評価ができない(しない)仕組みとして継続されてきた。2013年からの第4期はこの弱点を克服するものでなければならない。財政難の時代、効果を明確にして公表し、透明性のある障害者施策が求められる。効果的な施策、効果的だが量が不足している施策、あまり効果のない施策などに区分し、その反省・分析を踏まえて新しい基本計画を策定するシステムへの転換が求められる。以下、いくつかの分野について考えてみたい。

1 啓発・広報

この分野は、新しい計画では「障害者理解の推進」とし、各論の末尾に位置づけるべきである。「基本方針」には、「基本的人権を享有する平等な市民」「地域で安心して暮らし、生き生きと社会参加する」などの理念を追加したい。

さらに、この施策分野を考えるにあたって、二つのことが重要である。一つは、国民の障害者理解と政府の障害者理解の関係である。もう一つは、国民の障害者理解と障害者との実際のふれあいの関係である。

第1の点では、障害者理解の推進のためのもっとも効果的な方策は、政府自身の障害者理解を障害者権利条約や「骨格提言」の水準に改めることだとの認識を、政府がもつことである。国民は、政府がきれいな言葉を建前としていっているだけなのか、本気で平等な市民としての社会参加を実現しようとしているのか、見抜く力を持っている。地域サポートの不足による長期の施設入所や社会的入院が続いており、政府が本気でこの問題に取り組んでいるかどうかを見ている。成人の障害者の多くが経済的にも生活支援の面でも、依然として家族に依存せざるを得ない暮らしを余儀なくされていることを、国民は知っている。「障害者の自立と社会参加を」と政府が言っていることも知っており、そのための予算も徐々に増やしてきていることも知っているが、政府のスタンスが「本当は自己責任で解決してもらいたいが、そういうわけにもゆかないので、国民からも海外からもひんしゅくを買わない程度に支援をしよう」というものであることも見抜いている。

第2の点では、国民は地域、職場、学校などでの障害者の生きた姿を見て障害者像を形成したり、古いイメージを修正したりする。したがって「障害者理解が改善しなければ支援予算が確保できず、障害者の社会参加には限界がある」と、障害者理解の遅れを主因にする考えでは事態は解決しない。

このように、障害者理解の推進は大事で必要なことではあるが、いわば「後からついてくるもの」であることを、政府や自治体がきちんと理解する必要がある。そのことによって何をすべきかが一層明確になる。

2 生活支援

「基本方針」では、基本法の関連条文、障害者総合支援法の理念規定、骨格提言、権利条約などに基づく補強が必要とされる。

「……すべての障害者に対して豊かな地域生活の実現に向けた体制を確立する」とあるが、「すべての障害者」については、ようやく基本法の2011年改正で規定されたにすぎない。しかもこれは権利条約という国際的追い風と、政権交代による国内的追い風によってようやく実現した。1993年の改正でも実現せず、2004年の改正でも実現しなかった課題であった。しかし、実体法では障害者総合支援法で一部の難病を加えるにとどまり、障害者雇用面でも基本的に見直す必要はないとの委員会報告がでている。

「豊かな地域生活の実現に向けた体制」はどうであろうか。むしろ施設入所待機者が増えているとの報告がある。

小宮山厚生労働大臣は障害者総合支援法に関わる国会答弁で、「骨格提言は障害者の願いが詰まった重いものでぜひ実現したい。しかし予算の壁などがあるので段階的・計画的に。すぐできないものは検討項目に入れた。骨格提言に沿って、かつ障害者の意見を反映させて検討する」と繰り返し述べてきた。新たな基本計画は、この方向と整合するべきである。

現在の計画でもっとも期待された点の一つは、「利用者本位の生活支援体制の整備」の「ウ 障害者団体や本人活動の支援」で、とくに知的障害者本人や精神障害者本人の政策決定プロセスへの関与が強調されている。

確かに政府のいろいろな会議へのこれらの障害者の参加がなされるようになり、そのための配慮方法も改善されてきた。しかし肝心の地方ではどうか。

図1は、地方自治体の障害者施策分野の委員会への当事者参加の状況である。平均して一つの委員会には2人の障害当事者が参加しているが、そのほとんどは肢体不自由者を中心とした身体障害者であることがわかる。知的障害者、精神障害者はほとんどいない。

図1 自治体の委員会への当事者参加
・内閣府障害者施策HPより作図。2011年3月現在。
・47都道府県と19指定都市の全数、および1727市町村のうち障害者施策推進協議会や各種障害者関係計画の策定委員会を設けている769市町村の合計835自治体を集計。
・1委員会の委員の平均人数は15.9人で、そのうち障害当事者の合計は1.95人、知的障害者実数44人、精神障害者実数71人。
図1 自治体の委員会への当事者参加拡大図・テキスト

新たな計画に向けては、知的や精神の障害者がどのような背景・配慮で委員会に参加できるようになったのか教訓をまとめ、難病に伴う障害者も含めて、当事者参加を強めるべきである。5年ごとの重点施策では数値目標を掲げるべきであろう。

相談支援は遅ればせながら進みつつある。骨格提言に基づく方向への発展(市町村・事業者からの独立性、エンパワメント、情報・コミュニケーション保障等)が必要である。

3 雇用

障害者雇用については、精神障害者の雇用率へのカウント、納付金対象の企業規模の引き下げ、特例子会社の拡大などがなされてきたが、実雇用率の若干の伸びは見られるものの雇用される障害者の実数はほとんど伸びず、賃金などの条件も改善されない。20万人を超える「福祉的就労」が継続しており、就労移行支援事業や工賃倍増計画などでは解決できないことも明らかとなってきた。より抜本的な障害者雇用政策の見直しが求められている。

表1は、国際的にも有効性が確認されている3つのアプローチの性格を比較したもので、それぞれの限界を踏まえつつ長所を組み合わせることが望まれる。現行の雇用率アプローチに加えて、障害者差別禁止法によって差別禁止アプローチが採用される時代となるが、賃金補填(ほてん)を含めた社会雇用アプローチによって、より重度の障害者も含めて雇用が実現し、企業任せではなく国の責任も示せる。障害者は自分の労働と賃金補助の合計が障害年金より多くなり所得も生きがいも高まり、公的支出も減らせる。骨格提言が示す調査と試行事業を基本計画に盛り込むことが期待される。

表1 3つの障害者雇用のアプローチの特徴

アプローチ 目的 焦点 責任主体 労働能力
雇用率 結果平等 障害 事業主集団 高/中
差別禁止 機会平等 能力/障害 事業主
社会雇用 結果平等 能力/障害 低/中

(さとうひさお 日本社会事業大学教授)