音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年10月号

教育
「障害者権利条約」
根本精神の誠実な反映を期する

吉川一義

はじめに

障害者権利条約(2006)は、障害がある場合の人権保障に関する国際的議論の今日的到達点であるとともに、世界史的な人権保障の努力を障害のある人の視点からより強固にしようとするものとされる1)。その批准に向けた国内法見直しの一環として障害者基本法が改正され(2011)、これに基づく新計画(2013~2022)が策定される。新計画では、同条約の水準を満たしうる内容と実施が求められる。

現行計画の推進と教育の現状、課題

現行計画の基本方針は、障害のある子ども一人ひとりのニーズに応じたきめ細かな支援を、乳幼児期から学校卒業後まで一貫した計画的な教育や療育として行うとともに、「発達障害」など特別なニーズのある子どもに適切に対応することである。この方針の元、a.相談支援体制整備、b.専門機関の機能充実と多様化、c.指導力向上と研究推進、d.社会的および職業的自立促進、e.施設のバリアフリー化推進、を基本的方向に各事業が推進された。基本的方向は取組を具体化し、強調したものとしても、各事業の実施には、日々の教育・育成に、より直接的に反映される取組へと統合して遂行されなければならない。それには、まず教育と生活に直接に関わる指導力向上とこれに資する研究推進が中核となろう。その上で、教育・生活の日々の積み上げをもって社会的、職業的自立促進の取組があり、これらを支える相談支援体制の整備と専門機関連携が位置付く。そして、これに必要な人的・物的環境の整備が検討可能となろう。

言うまでもなく、すべての取組の要に、「障害のある子ども一人ひとりのニーズに応じる」ことが常に意識されなければならない。基本的方向を踏まえた各取組の成果が、障害のある子ども個人の教育と生活の独自性に対応し得る「個別の教育支援計画」に統合されて実施され、対象者のニーズと主観的満足を踏まえた観点をも含めて、現行計画の到達を総括・評価できよう。

ところで、個別の教育支援計画の策定はもともと、障害者基本計画「重点施策5か年計画」(内閣府、2002)で示された。そこでは、障害をもつ子どもの自己実現を図るという人生の目標に向けてすべてのライフステージでの支援の連続性が重視された。しかし、現状ではなお、その理念と目標が個別事例への最適化という具体的な形で教育と生活に結実しているとは言い難い。

指導力向上と研究推進に関わ中核的問題

現行計画・分野別施策の21年度進捗状況(2011、10月)によると、先進的指導法の開発・体制等に関する研究の一層の促進と、その成果等を教育現場に普及する情報提供促進が実施された。これらプロジェクト課題名には「特性に応じた指導パッケージの開発研究」「効果的な指導内容・指導方法」「教材開発・作成」のキーワードが並ぶ。このほか、特別支援教育関連の研究誌には「障害特性」や「指導法」研究が多数掲載されるが、「ニーズ把握」や「主観的満足」を探る研究はほとんど見当たらない。

他方、教育現場の深刻な問題には、指導における教育目標論の欠如と方法主義の先行が指摘され2) 3) 4)、子どものニーズや人格形成とは無関係に指導方法で子どもの生活と行動を支配してしまう恐れがあり、障害児教育が抱えてきた積弊でもある4)。今日「障害特性に応じた教育」が謳われ、一人ひとりのニーズに応じた丁寧な指導が目指される一方で、心理学的モデルによる支援技法の浸透により、能力や特性を心身機能ごとに捉える要素主義的理解が広がり、機能ごとに障害や困難を査定し、目に見える成果や結果、すなわち行動変容を短期間に求める傾向が強まっている。その内実において、総体としての人格の形成を目指す教育の視点が薄らいでいるという指摘2)には、学校現場のみならず研究領域、共に注意深くならなければならない。

現状問題と現行計画の進捗状況を早計に直結させた議論はできないが、過去から現行計画に底通する理念と現状との乖離(かいり)が指摘できる。これを埋めるべき取組が「ニーズに基づく自己実現」の過程を支える「指導力向上」や「研究推進」として進められることが中核的課題である。

おわりに

新計画には、障害者権利条約の水準を満たしうることを前提とし、計画と実施にはその精神に誠実であってほしい。障害のある子どもの生活と育ちは「障害特性」の言葉で括(くく)られるものでなく、現実生活で障害による制約を受けながら、人や物、ルール等と相互作用している総体であり、個別に独自である。その能力は固定・普遍的なものでなく、能力の発揮状態を環境要因との関係で捕捉可能な流動的なものである。この能力観に基づく教育観に立てば、表出行動とともにその内面を妥当に推定しつつ取組が進められる必要がある。まずは、個別のニーズに丁寧に応じる営みを通して、ニーズが持てる存在へと育てることが大事にされることを期待したい。

(よしかわかずよし 金沢大学人間社会研究域学校教育系教授)


【参考文献】

1)越野和之、インクルーシブ教育構想の具体化と広範な合意形成に向けて、障害者問題研究、39(1)、1、2011

2)木下孝司、障害児の指導を発達論から問い直す、障害者問題研究、39(2)、18-25、2011

3)赤木和重、自閉症における「障害特性に応じた教育」再考、障害者問題研究、36(3)、20-28、2008

4)吉川一義、河合隆平、ICFの現状と問題点:特別支援教育における意義と活用、総合リハビリテーション、37(3)、215-219、2009