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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年10月号

列島縦断ネットワーキング【大分】

いつまでもキレイに!
~ビューティフルライフ訪問理美容の取り組み~

田中晃一

1 はじめに

美容室で、スタイルを楽しんでいる桑原君。今日は、スタッフにケーキの差し入れを持参してくれました。美容室ではよくあるシーンですが、いつも桑原君は、障がい者用の車を運転し、隣の別府市からわざわざ来店してくれているのです。「理美容室Ayaは、一度専用車いすに乗れば、あとはカットもシャンプーもすべてしてもらうことができるので、体がとても楽だし、何よりもこのお店のスタッフが好きだから」と言ってくれました。

彼にとっては何気ない一言だったのかもしれませんが、こんな喜びの声を聞くたびに、多機能車いすや移動シャンプー台を開発して本当によかったと思うのです。

この機器の研究開発には、7年の歳月を要しました。何度も挫折し、倒産の憂き目にさらされた時期もありました。しかしそのたびに、社員の支えや周囲の皆様のご指導・ご協力をいただきながら試行錯誤した結果、製品化に至りました。

しかし、販売するにも小さな理美容室では資金もなく、商品を流通させた経験もなく、閉塞状況が続いていました。その時期に東日本大震災が起きたのです。何かできないのか?自問自答の末、開発製品を持参し被災者に役立てたいとの思いで被災地に向かい、シャンプーやカットを提供、製品は医療支援にも活用され、仮設診療所でお役に立つことができました。

その後、製品を使用した医師や歯科医師・理美容師の口コミにより、その有用性や実用性が全国に広がり、両製品は福祉仕様と理美容仕様の2タイプに分け、販売を開始するようになりました。

以下、これまでの経緯(きっかけ)を含めたビューティフルライフの取り組みをご紹介します。

2 ビューティフルライフの概要

弊社は平成12年に設立、移動理美容車等により、医療・介護・福祉施設や在宅の高齢者や障がい者・入院患者の方々への理美容の提供と、理美容車いす等を完備し、ワンストップサービスを提供する店舗による地域密着型の理美容サービスを提供しています。

訪問理美容においては、大分県下150か所の医療・介護・福祉施設を訪問させていただいております。

ビューティフルライフでは、『安全・安心・快適に』をモットーにより良い理美容サービスを受けていただくために、ヒヤリ・ハット報告やクレーム報告、お客様や施設担当者へのアンケート等に基づき、日々サービスの改善や向上に努めています。その経験と実績を集結した、「安全・安心・快適な訪問理美容の提供」を実施するための安全対策マニュアルや福祉機器の開発への取り組み等が評価され、平成20年にサービス産業生産性協議会より「ハイ・サービス日本300選」に選ばれました。

3 訪問理美容を始めた経緯(きっかけ)

私は、理容室の3代目として生まれました。もの心つく頃から、毎月老人ホームへボランティアカットに行く両親や祖母について行き、かわいがってもらった楽しい思い出が心に残っています。ある時期、祖母に連れられて、ひと山越えたお客様の自宅へ訪問理容に行っていました。自家用車などない時代ですので、毎回歩いて山越えしていました。

ある日、祖母に尋ねました。

「なんで、いつも○○のじいちゃんの所まで散髪に行くの?」

祖母は答えました。

「○○のじいちゃんは、ばあちゃんのお店に何十年もの間、この山を越えて散髪に来よったんや。足が悪くなって来れんなったら、行くのは当たり前やろ」

子ども心に納得しました。

「うん、当たり前のことや」

18歳になり、私は理容師を志し、大分市の理美容室に勤め始めました。両親や祖母の影響がよほど強かったのでしょうか。師匠に相談して、カットもできない時期から、先輩や友人を誘って障がい者施設にボランティアカットに行かせてもらっていました。しかし、続けるうちにすべての要望に答えられない、理美容師が集まらない等の限界を感じるようになっていきました。

平成11年、理美容室の経営に携わるなか、これからの理美容のあり方や、今後の高齢化社会等々が頭をかけ巡っていた時期でした。たとえ入院生活中であっても、自由に外出ができなくても、もっとおしゃれを楽しめる理美容サービスを提供できないだろうか?との思いは日に日に強くなっていきました。誰(だれ)もやらない収益性の低い事業をなぜ?との周囲の反対を押し切り、「安全・安心・快適な訪問理美容の提供」のために一念発起し、現在に至っております。

4 事業の内容

平成18年に、九州経済産業局より「新連携」の認定と支援を受け、『移動車・訪問・店舗による安全・安心・快適な理美容サービスの提供』をテーマに、機器と4つのマニュアルの開発がスタートしました。

多機能車いすは、佐賀大学医学部の松尾清美准教授との連携に発展し、共同研究によって進めました。リクライニング時に体の位置がずれにくい「新リンク機構」の考案と、昇降機能等の搭載により、安全で安心な施術を受けられる製品に仕上がりました。

移動シャンプー台は、特殊な形状のシャンプーボウルの設計によって、あらゆる方向からのシャンプーを可能にし、直圧式と移動式に対応することで使い勝手や汎用性を向上しました。

製品は、東日本大震災でも活躍しました。移動シャンプー台をライフラインの寸断した地域に持ち込んで、幾日もシャンプーできなかった被災者約700人の方々にシャンプー等を提供し、大変喜ばれました。多機能車いすは、避難所の仮設診療所で用いられ、十分な治療を行えたと、製品の機動性や有効性を高く評価していただきました。

安全対策マニュアルは、訪問理美容の標準化を目指すため、大分大学医学部感染制御部、佐賀大学医学部福祉健康科学部門、(株)インターリスク総研、感染予防対策研究会との連携により作成しました。その一つである『訪問理容師美容師のための危険予知訓練マニュアル』は、平成22年度に職業能力開発関係表彰において特別賞をいただきました。

5 現状と課題

現在、2タイプの多機能車いすと移動シャンプー台の全国販売を開始したばかりですが、早々に「車いすでの生活が楽になります」と、各方面からの喜びの声をいただき、大変感激しております。

今後の課題は、より多くの方に医療や介護・福祉・理美容の各現場でご使用いただき、ずれにくい着座による快適なサービスの享受と使用する方の業務の省力化や腰痛防止に役立てていただくため、全国の各分野へ製品の有用性や活用方法等を広報していくことと、より多くの方に購入していただけるように販売価格の低減に努めることです。

6 今後の展開

今後は、理美容師に対し、訪問理美容で起こりうるリスクを考慮した安全教育が重要となります。それには、職業訓練として知識と技能を修得し、伝承していくことが有効であると考えています。訪問理美容における4つの安全対策マニュアルでの教育と、職業訓練による技能の伝承を併用することにより、相乗効果が期待でき、かつ理美容サービスの質の向上につながり、利用者のQOL(生活の質の向上)に貢献できるものと確信しております。

利用者の方々が、全国どこの地域でも安心して「質の高い訪問理美容サービス」をご利用いただけるようになることが、私たちの願いです。今後も課題の解決に向けて、なお一層の精進を重ねたいと思います。

(たなかこういち 有限会社ビューティフルライフ取締役)