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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年1月号

1000字提言

事実は真実の敵なり

竹村利道

障害のある人の福祉に携わる仕事に就いてかれこれ25年。かつて社会に存在することすらままならなかった奇異な目線の時代を経て、共にあることが当たり前となりつつある今の街の気配に隔世の感を覚える。福祉も多様化し、支援体制も整備され、徐々に障害のある人の暮らしが改善されていることを実感する。移動困難な方のために始めた送迎サービスは広がり、リフト付き車両を見ない日はない。働きたいという思いに応えるため始まった作業所は全国に広がった。他にもさまざまに障害のある人の暮らしが変わる「事実」が生まれた。

だが、あえてその「事実」に疑いを向けることが必要だと思っている。送迎するのではなく公共交通機関を本当の公共にすべきではないのか?福祉施設での就労が社会に出ることを躊躇(ちゅうちょ)させてはいないか?等々。

できた「事実」は必要あっての成果だ。決して間違っていない。だからこそ、安住しやすい。しかし「真実」ではないことを忘れてはならない。たどり着いた事実に一息はついても滞留してはいけない。どこまでも到達しない真実への一過程に過ぎないことを心得ていなければ進化はそこで止まってしまう。

特別な車両を増やすことではなく普通の交通手段に使いやすさを加味すること、それがより真実に近いはずだ。目の前にある「送迎ありき」という事実がそれを阻害しているとするなら、いっそ送迎を止めることも必要だと思う。

「障害のある人は軽作業をして1万数千円の工賃を得る」は思い込みに過ぎなかったことをさまざまな実践が証明し始めた。一般社会で働くことが困難だった時代に必要とされた福祉的就労も、働くことを認め始めた社会においてこれまでと同じ取り組みでいいはずがない。事実化した福祉施設をあえて閉じていくことも必要かもしれない。

一旦始めたことを見直すこと、止めることは勇気がいることだ。何より間違いではなく成果も得られているとなるとなおさらだ。

『事実は真実の敵なり』はミュージカル「ラ・マンチャの男」で主人公が語る台詞だ。かつて目指したよりよい姿が事実となった時にこそ本当の価値が問われる。あるべき真実のためには積み上げた事実への否定すら辞さずどこまでも行動し続けることが何より必要だと思う。

ミュージカルの主人公はこう続けている。「一番憎むべき狂気は、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」と。

みらいへ行こう。

(たけむらとしみち 特定非営利活動法人ワークスみらい高知代表)