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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年1月号

1000字提言

聞こえない妻が働き、聞こえる夫が主夫をする

今村彩子

聞こえない女性と聞こえる男性が結婚し、1歳の息子を育てていると聞くと、聞こえない妻が主婦として育児をしているのだろうと想像する人がほとんどだと思う。私が取材をしている夫婦、真里(まり)さんと源(げん)さんは逆である。真里さんが働き、源さんが職場に育休を出して1年間主夫として、家事と育児を担当した。

私が真里さんと源さんに会ったのは、DVD「ユニバーシティライフ」制作で群馬大学を取材した時だ。同い年ということもあり、仲良くお付き合いをさせていただいている。2年前に源さんが育休をとったと聞いて、面白い!と思った私は2人に会いに群馬へ行った。見るものすべてが新鮮で夢中でカメラをまわした。

朝の6時に起床。真里さんはテレビの体操番組を見ながら、体操をする。台所に目をやると源さんが卵焼きを作っている。カメラを向けると「嫁さんの朝ご飯を作っている。その後は共蔵(ともぞう)くん(息子)の朝ご飯。終わったら、嫁さんのお弁当を作らないと」と答えた。お弁当を作り終えた源さんは「お弁当忘れないように」と真里さんに手話で言い、洗濯機をまわす。朝食を食べ終えた真里さんは共蔵くんをひざに乗せて手話で絵本を読む。共蔵くんはまだ手話は分からないが、真里さんの手話と絵本を交互に見る。源さんは「嫁さんのいる時間はすごく貴重。皿洗いや洗濯物干し、風呂洗いと専念できるから」と洗濯物を干す。

出勤の時間になり、ゴミ袋を抱えた真里さんが出てきた。源さんは洗濯物を干しながら、真里さんを見送った。初めて見る光景だった。妻が夫を見送るのは馴染んだ風景だが、こういう風景もたくさん見られるといいなあと思った。

源さんが育休を出して共蔵くんを育てると夫婦で決めた時、夫の職場や夫の両親は驚いたそうだ。育休をとることで職場の評価が下がるのではないかと心配したと源さんの母親が話してくれた。源さんは職場の上司から「育休をとるのはあなたの権利だからいい。でも、今までで初めてのことだ」と言われたそう。1年間の育休が終わる頃、源さんが話してくれた。「妻は障害者で自分は健常者。妻が働いて僕が主夫と聞くと世間は珍しいと思う。でも、こういう夫婦がいてもいいと思う。いろんな人がいていろんな生き方があるんだと認められる社会になれば、誰もがもっと住みやすい社会になると思う」。その言葉に深く共感した私はDVD「五目ごはん~私たちの生きる道~」で真里さんと源さんの育児の様子を紹介した。共蔵くんがどのように成長していくのか興味があり、現在もこの家族を取材している。

(いまむらあやこ 映像作家)