「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年2月号
「笑う力~ユーモアの大切さ」べてるの家の笑いと当事者研究
伊藤知之
1 べてるの家とは
私は、統合失調症をもつ当事者です。疲れていたり、急に予定が変更になると、あわててパニックを起こし、仕事や日常生活に支障が出ることがありますが、「自分の助け方」として「当事者研究」を活用することで、苦労を豊かな恵みに変えることができています。「当事者研究」では、自分の病気や苦労を他の人にも分かりやすく伝えるための、オリジナルの「自己病名」をつけます。私の自己病名は、「統合失調症全力疾走依存あわてるタイプ」です。
私が「浦河べてるの家」で活動を始めて、今年で13年になります。精神保健福祉士の資格を取り、病気を抱えながらスタッフとして働いています。べてるの家は、1984年に北海道浦河町内に設立された精神障害等を抱えた当事者の地域活動拠点です。10代から70代までの100人以上のメンバーが活動しており、地域で暮らす当事者たちにとって「生活の場」「仕事の場」「ケアの場」という3つの機能があります。1998年に「有限会社福祉ショップべてる」を設立、2003年に日高昆布の産地直送を仕事とする「社会福祉法人浦河べてるの家」を設立し、地域の中に10数箇所の住居を整備していきました。当事者が社長や理事長の職を担いながら事業を展開し、最近では当事者支援を目的とした「NPO法人セルフサポートセンター浦河」や、「一人一起業」の精神から生まれた当事者が立ち上げた起業グループ等が、活発な活動を展開しています。これらの活動が、総体として「べてる」と呼ばれています。この30年の活動の中から生まれたのが、「当事者研究」です。
2 当事者研究について
「当事者研究」とは、統合失調症などをもちながら地域で暮らす当事者の生きづらさに対して、当事者自身が「自らの研究者」となり、「自分を助け励ます方法」を具体的に検討し、見出すことを目的としたアプロ―チです。病気についてだけではなく、誰もが持っている苦労や生活の工夫を仲間と一緒に話し合うことで、「弱さ」を自分の中から取り出して、みんなでそれを眺めることができ、弱さと上手に付き合う新しい工夫が生まれます。メンバーたちは、自らの幻覚や妄想などの生活体験を素材に起き方のパターンや対処の仕方を「研究」し、必要によっては練習として「SST(social skills training)」を活用します(コミュニケーションなどの練習方法。生活の中で起きる苦労や、さらによくしたいことを具体的なテーマとしてあげて、場面を作って練習します。よかったことを褒め、行動を強化し、実際の生活で実践できるようにするものです)。
当事者研究には、いくつかの理念があります。一番重要な理念は「自分自身で、ともに」です。自分の苦労を他の誰かに丸投げせずに、自分らしい苦労を取り戻し、「苦労の主役」になることを重要視しています。仲間や家族、専門家ともつながりを持ち、自分らしい生き方や働き方・対処の仕方を追求する試み―それが当事者研究なのです。
3 りえさんの当事者研究
べてるの家で行われる当事者研究ミーティングでは、笑いが絶えません。先日行われたミーティングでは、りえさんがリアルな幻覚妄想体験を披露してくれました。りえさんは、両親と3人暮らし。思春期に統合失調症を発症し、40代になった今でも常に幻聴さんがいて苦労しています。最近は夜、布団に入っていると幻聴さんに足を引っ張られて、眠れません。眠れないので、自宅近くのコンビニに行って、コンビニのポットのお湯で、持参したコーヒーを飲んで過ごしています。夜中に急に出かけるりえさんに両親はとても心配し、また、コンビニの店員さんも、少し困っています。
りえさんによると、彼女の足を引っ張る幻聴さんは、どうやら「お化け」でした。しかも、「お化け」は彼女のお爺さんと同じ命日で、ぜんぜん怖くない。「まあ、私は足首はないんですけどね。悪さはしないです。うちの爺さんですから」とコメント。「お化け」のサイズは3尺6寸くらい。「お化け」への対処としては、お経をあげると効果があるようです。「主なる我らの…」でも「南無阿弥陀仏」でも、宗派を問わず何でも唱えると、帰っていきます。「お化け」よりも怖いのは、午前3時にコンビニにいる時に聞こえる「アル中幻聴さん」。頭に、よく日本の幽霊が巻いている三角の布をつけて、「おいで、おいで。働けばよかったでしょ」と言ってきたり、ものすごい声で叫ぶのです。そこで、みんなで「アル中幻聴さん」への対処法をりえさんと一緒に考えました。仲間から「『アル中幻聴さん、今は時間外ですから救急外来に行ってください』とお願いしてみては」というアイデアが出され、りえさんはその場でSSTで練習しました。するとすぐに「アル中幻聴さん」は「はい、分かりました。お酒やめます」と言ってくれたそうです。
りえさんは、当事者研究を始めてから仲間とのつながりが増えました。べてるに来る回数も増え、べてるのカフェで得意のピアノをひいたり、音楽会で素晴らしいパーカッションを披露してくれます。以前は、夜中に街を出歩くことに両親も不安を抱えていましたが、当事者研究を進める中で、りえさんにとって「コンビニのポットのお湯がとてもおいしいこと」「コーヒーやお茶を飲むのは自分の助け方であること」が分かってきました。そこで、自宅にもポットを用意し、お母さんがすてきなお茶コーナーを作ったところ、頻繁にコンビニに行かなくてもよくなりました。また、「お化け対策」として玄関にバナナなどのお供え物をしておくことも、効果があります。外出する時に、きっと彼女が「お化け」と一緒に食べているのではないでしょうか。
4 まとめ―「笑う力」
精神障害の幻覚妄想の体験は、時に深刻な話題になりがちです。しかし当事者研究という場には、いつもユーモアと笑いが絶えません。ユーモアの定義の一つに、「にもかかわらず笑うこと」があります。「ユーモア」は、究極の生きる勇気だとも言われています。
べてるでは、年に一度「幻覚&妄想大会」を開催しています。1年間で最もユニークで、豊かで、周囲に影響をもたらした「病気」を表彰するものです。過去の華々しいグランプリには、UFOに乗ろうとしたら2階の窓から落っこちて骨折した人、想像妊娠した“男性”などがいます。べてるのグループホーム“フラワーハイツ”は、住居ミーティングで「透明人間がいる」と満場一致で確認しあい、グランプリを受賞しました。今年度はりえさんも新人賞を受賞しました。「あなたは、新装した“カフェぶら”にピアノが置かれるようになって以来、飛び込みで演奏を行い、カフェにおいて、べてるらしいぱぴぷぺぽな世界を表現されました。さらには、カフェで行われる“生オケ大会”では、太鼓やおどりにも非凡な才能を発揮されました。よってここに、問題だらけのべてるの“戦場のピアニスト”として、新人賞を贈ります。記念品として、べてる特性“マラカス”を差し上げます。」後日談ですが、りえさんがこのマラカスを鳴らすと、「お化け」がいなくなる効果もあったと話していました。
このように、私たちの活動には笑いが絶えません。それは、当事者自身の体験を「情報公開」することによって「自分自身が苦労の主人公」になり、同じような経験を持つ仲間からの共感からくる自然な「笑い」です。仲間として共に活動をする中で起きてくるさまざまなエピソードへの共鳴と、自分の生活に生かす前向きな姿勢が、豊かな病気の恵み―笑いを生んでいるのです。
ちなみに、冒頭で紹介した私の「パニック」は、「伊藤ダンス」と名付けました。相変わらず苦労は全く減りませんが、仲間と笑いあいながら活動を続けています。
(いとうのりゆき 浦河べてるの家)