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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年2月号

1000字提言

言葉をつくる

熊谷晋一郎

これまでバリアフリーといえば、道具のデザイン、制度、規範などに関するものがほとんどだった。これらの多くは、健常者と呼ばれる人々の身体特性に合うように作られてきたため、障害者と呼ばれる人たちにとっては使い勝手の悪いものである。バリアフリーとは、こうしたデザインを一部改変する事によって、より多くの障害者にとって使い勝手のよいものに変えようと試みる実践と言える。

しかし、バリアフリーの対象になるのは、すでに述べたものだけにはとどまらない。これらのデザインを支えているものとして、「言葉」が存在する。そして道具や制度と同じく、われわれが日々使い続けているこの言葉も、健常者向けに作られていると言えるだろう。健常者特有のものの見方や感じ方、行動のパターンを言い表し、それらを他者と共有するために、言葉は生み出され、使い続けられる。

他方、健常者とはものの見方や感じ方、行動のパターンが異なる人々にとって、自分の体験を言い当てる言葉が存在せず、ゆえに、体験を他者に伝え共有してもらうことが難しくなる。そういう状況に生まれた人々は、名状しがたい生きづらさを抱え込むことになるだろう。

以上の問題意識を踏まえれば、言葉のデザインや使い方を変えることで、より多くの人々にとって、使い勝手のいい言葉のバリアフリー化を目指す実践が試みられてもよいだろう。当事者研究と呼ばれる実践は、まさにそのようなものだと私は理解している。

当事者研究は、精神障害や依存症、発達障害など、障害の種類を越えて、広まりつつある。言葉を与えられてこなかった経験に言葉を生み出すためには、似たような、しかし、完全に同じではない経験の持ち主同士が集まって、探索的に表現を交換し合いながら、共有される言葉を見つけ出していく過程が必要になる。互いのものの見方や感じ方が異なりすぎると、いくら表現を交換し合っても、共有に達することは難しいだろう。逆にものの見方や感じ方があまりに重なり合うと、わざわざそれを言葉に表現する必要性は生じなくなるだろう。

多様な利害の持ち主同士の協議調整によって、あるべき社会を実現していくという方針に、異を唱える人々は少ないと思われる。しかし、言葉がものを言う協議調整のテーブルにおいて、もっとも弱者化されるのは言葉を持たぬ人々である。協議調整モデルを補完するものとしての当事者研究の重要性は、今後ますます高まっていくだろう。

(くまがやしんいちろう 小児科医、東京大学先端科学技術研究センター特任講師)