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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年2月号

フォーラム2013

総務省「デジタル放送時代の視聴覚障害者向け放送の充実に関する研究会」報告書

高岡正

1 研究会の開かれた背景

平成24年1月から平成24年4月まで総務省の「デジタル放送時代の視聴覚障害者向け放送の充実に関する研究会」(座長:高橋紘士・国際医療福祉大学大学院医療福祉学分野教授)が4回開催され、5月に報告書が発行された。その背景は、前回の研究会(平成18年度)以降5年が経過し、デジタル放送への完全移行、情報通信技術の急速な発達、障害者権利条約の批准を目指す障がい者制度改革推進本部の設置と改正障害者基本法の施行、3.11東日本大震災の経験がある。これが「視聴覚障害者向け放送普及行政の指針」の見直しに当たっての障害者と放送事業者、政府の共通認識とされた。

2 障害者権利条約の批准

前回の研究会は、平成18年(2006年)8月に障害者権利条約が採択された直後に開催された。研究会でもその内容が紹介され、政府や放送事業者に与えたショックも大きく、報告書にも記述されたが、政府の署名は翌年9月28日であり、放送行政の施策には反映されなかった。

それから6年が経過し、「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」が閣議決定され、障がい者制度改革推進会議の第二次意見を受けて障害者基本法が改正されるなど、国の施策は大きく進んだかに見えた。しかし、これまでの放送行政の施策は従来の域を出なかった。

障害者権利条約成立の検討の過程で、当事者組織が繰り返し掲げていたスローガンが二つある。一つは“Nothing about us without us”(私たち抜きには何も決めるな)。もう一つは「サービスの客体から権利の主体へ」という、どちらも当事者主権のアピールだ。

また、障害の定義が障害者権利条約では「障害は機能障害を持つものと社会の態度と社会的障壁との相互作用による」という、いわゆる社会モデルの考えが打ち出され、障害者基本法でも取り入れられることになったのは障害者法制上、画期的だった。

ユニバーサルデザインと合理的配慮の考えも、放送のアクセスを考える上で重要な概念だ。

3 東日本大震災の放送事業者の取り組み

NHK、民放とも、地震発生直後から懸命な報道体制の取り組みについては感謝、評価したい。25時間の連続字幕放送、首相官邸記者会見に手話通訳が付いたことも画期的なことだった。

しかし、同時に、障害者の死亡率が一般の人の2倍という数字にもあるように、緊急災害時の情報提供に多くの課題が残された。

4 今回の研究会報告書の評価

今回の研究会は、放送番組を視聴する障害当事者組織の委員が加わって、「あり方」について協議された。前回の報告書以降の到達点が報告され、当事者組織による放送の要望、質問に対して放送事業者側の回答があったことは評価される。

5 研究会における議論の問題

一番大きな問題となるのは、障害者側の意識と放送事業者、政府の意識の差が埋まらないことだ。障害者側は権利としての放送の視聴を考えるが、放送事業者側はマイノリティへのサービス、「障害を持つ人にやさしい放送」といった配慮の意識がある。

また、放送事業者側は、字幕放送や解説放送等の拡充、実施が困難な理由として、しばしば「放送品質」を持ち出すが、障害者の生活の質(QOL)は顧みられない。

二つ目に、国の視聴覚障害者向け放送の拡充施策の姿勢が弱いことだ。すべて放送事業者の取り組みに任せ、総務省としてその促進を図るための予算、たとえば地方局の字幕重畳装置の購入補助、融資制度の予算やオペレーターを養成する事業の予算がない。緊急災害時の情報提供について内閣府、経済産業省、厚生労働省などの「省庁間」、地上放送課、通信利用促進課、防災関係課など「省内」の連携が弱いことだ。

三つ目に、放送事業者側の当事者組織の問題の指摘、たとえば災害時の放送の24時間体制はコスト的に困難、ニュースの内容を手話通訳はできない、手話通訳者の確保ができないことに対して、当事者組織との協議もなく、一方的に「困難」と決めつけている。災害時の通訳体制も通訳派遣事業体と契約したり、時間を限定したりするなどの対応が考えられるはずだ。

四つ目の問題は、問題解決に向けた議論が深まらなかったことだ。ローカル放送局の字幕放送、クローズド手話放送、5.1サラウンド、ワンセグの解説放送などは問題点を障害者側が指摘してきたのであり、放送事業者側から提示されたものではなかった。これらの課題が現実の問題認識となっても、解決方策については意見交換に至らなかった。

障害者側の解決方策の提案として、たとえば生放送字幕の共同制作センター方式、CS障害者放送統一機構による手話放送等の補完放送などを挙げている。

6 今後の障害者施策の軸

障がい者制度改革推進会議第二次意見を受けた「改正障害者基本法」と障害者政策委員会が軸になって進められると思われる。特に障害者政策委員会は、同委員会が報告した第4次障害者基本計画には、字幕放送等の拡充も〈新基本計画に盛り込むべき事項〉として、「◎字幕放送、解説放送、手話放送の普及目標の達成に向けた取組を強化し、テレビCMへの字幕付与や、盲ろう者に字幕放送を点字で提供できる装置の開発を検討すること」と掲げられている。

障害者政策委員会は、障害者基本計画の実施状況について、内閣総理大臣および各大臣に報告を求め、意見や是正措置の勧告もできるモニタリング機関の役割が期待されている。

7 今後の障害者向け放送行政の課題

今後の視聴覚障害者向け放送の課題は、「視聴覚障害者向け放送充実に向けての提言」、「更なる視聴覚障害者向け放送の推進に向けて」とされている(同報告書、別掲参照)。

まず、放送アクセスの拡大にかかる具体的な問題解決を図る当事者参画の保障された場の設置が必要である。

二つ目に、視聴覚障害者以外の障害者のニーズを把握していないことが挙げられる。学習障害者を含む発達障害者や盲ろう者など、放送に強いニーズがある。合理的配慮を行わないことは差別に当たるので、どの障害者に対しても技術的にも政策的にも対応しなければならない以上、ニーズの把握等何らかの対応が必要となる。

三つ目に、情報と通信の融合に関する研究会、次世代デジタル放送に関する研究会等各種研究会、検討会に障害当事者の参画がないまま進められていることは、大きな問題である。政策なりサービスの決定なり、当初から障害当事者の参画があれば問題を早期に対応、解決することができる。現在問題になっているデジタル放送の規格も変わっていたと思われる。

聴覚障害者団体等は、情報・コミュニケーション法整備の署名116万筆を達成。総務省は電波免許再更新の審査基準に「視聴覚障害者、高齢者に十分配慮し、総務省が策定した『指針』を達成、特にできる限り全ての大規模災害等緊急時放送における字幕放送の実施及びCMへの字幕付与に留意すること」を記載した。民放連は字幕付きCMの取り組みを公表し、NHKは昨年のロンドン五輪では多くの競技に字幕放送が付いた。2013年はこの流れをいっそう加速させたい。

(たかおかただし 社団法人全日本難聴者中途失聴者団体連合会理事長)

「視聴覚障害者向け放送充実に向けての提言」

(緊急放送)

  • NHKにおいては、音声自動認識技術の試行結果も踏まえ、全ての定時ニュースへの字幕付与の早期実現に努力
  • 民放は課題を共有し、対応の推進に努めることを期待

(字幕放送)

  • ローカル局においては生放送を含めた自主制作番組へできる限り字幕付与することが望まれる
  • CM字幕放送について引き続きスポンサー企業との調整や放送事業者間の検討を進めることが望まれる

(解説放送等)

  • 解説放送を付すことができない放送番組の基準を指針に明記するべき
  • 図表等や外国語でのコメントについて視覚障害者への配慮

(手話放送)

  • 行政指針へ新たに手話放送普及目標設定を行うべき

(その他)

  • 高齢者に対する字幕、解説放送の周知活動を行う
  • 関係者による意見交換の場を引き続き確保する 等

「更なる視聴覚障害者向け放送の推進に向けて」

(今後への要望)

  • 字幕放送の義務化
  • 指針普及目標対象時間及び番組の枠を外すべき
  • 解説放送についてNHKや民放の区別がない目標設定
  • 手話CGの実用化に向けた開発の推進
  • 財政支援の充実、重点化に努力 等

※総務省HPよりご覧になれます(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu)