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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年5月号

制度の谷間を作ってはならない
~重症心身障害児者支援をめぐる現状と展望~

江川文誠

ノーマライゼーションを論ずる上で、最も多くの支援を必要とする対象者としての重症心身障害児者がどのような課題を抱えているのかを見てゆくことは、時の社会の成熟度を推し量る意味で重要である。本稿では元来あいまいとされている重症心身障害児者の定義、発足から50年経つ重症心身障害児施設の役割、特に在宅者への支援のあり方に焦点を当て課題を整理したい。

黎明期

昭和36年、日本で初めての重症心身障害児施設「島田療育園(現島田療育センター)」が日赤広尾病院の小林提樹氏らによって設立されたのに続き、家庭裁判所調停委員であった草野熊吉氏らにより「秋津療育園」が、滋賀県の行政職にあった糸賀一雄らにより「びわこ学園(現びわこ学園医療福祉センター草津)」が、立て続けに設立された。各々の背景、理由からその当時、どの福祉施設でも受け入れが難しかった子どもたちの生活の場を作り上げたというのが重症心身障害児施設の歴史の始まりである。

平成24年度から、法律の改正により重症心身障害児施設という言葉は法律用語から消えた。現在は医療法による病院であると同時に、18歳未満の利用者は児童福祉法による医療型障害児入所施設、18歳以上の利用者は障害者自立支援法による療養介護施設という事業に再編成された。本稿ではこれらを『旧重症心身障害児施設』として表記する。

1 どこまでが重症心身障害か

昭和38年、国の公式文書として厚生労働省通知で初めて「重症心身障害」が次のように規定された。

(1)高度の肢体不自由児で精神薄弱を伴うもの
(2)重度の精神薄弱で集団生活が困難なもの
(3)身体障害で家庭内や肢体不自由児施設で対応が困難なもの

このように、規定された定義ははじめから複数の概念の統合であった。その後いくつかの定義もあいまいさを残すものであった。また、旧重症心身障害児施設が福祉と医療を兼ね備えた最も充実した体制を持った施設であったため、前記の定義に当てはまらない障害児者も児童相談所等の裁量で認定を受けてしまう場合がある。

半世紀に及ぶ歴史の中で、(2)(3)については知的障害福祉、身体障害福祉関係の中で基本的に対応すべきものとされるようになってきた。それに代わって、医療を常時必要とする障害者が新たな対象として加わっている。そこで本稿では『重症心身障害状態』として、以下の二つの定義を用いて論を進めたい。

(1)高度の肢体不自由児・者で知的障害を伴うもの
(2)身体障害があり常時医療的ケアが必要なもの

読者の中にはこの定義をみて、知的障害があり常時医療的ケアが必要なものが含まれないのを不思議に思われる方も多いと思うが、残念ながら、現在の日本の福祉制度の中でそのような人に対するサービスを提供できる仕組みは皆無であり、したがって対象となる方のご家族は、基本的に在宅で居宅系のサービスを駆使して頑張るしかない状況にある。この点はこの場を借りて、日本の福祉制度の谷間であることを指摘しておきたい。

2 ポストNICU問題

2006年以降、新聞紙上で妊婦のたらい回し事件が数多く報道された。受け入れる側の病院が断る最大の理由が新生児を看るベッドが満床であるとのことであった。そして、その新生児室には数年に及ぶ長期の入院児がいることが指摘された。長期入院の理由は、本人の病状が重く、吸引や経管栄養、あるいは人工呼吸器を利用するといった濃厚な医療を必要とする状態が続き、家族が家庭への引き取りができないというものであった。

日本の救急医療では病状が安定した段階で、退院が望めない場合には慢性期の療養を担う後方病院に転院をすることが標準的な対応となっているが、NICUに限ると後方病院が慢性的に不足している。そこで注目されたのが、重症心身障害児施設であった。

確かに対象となる子どもは障害児であり、障害カテゴリーとしては重症心身障害ということになる。しかし、この旧重症心身障害児施設をNICU後方病院にしようという流れは、なかなか進んでいない状況にある。その第一の要因は看護体制の差である。

1人の看護師が同時に何人の患者のケアを行うかを見た時に、NICUは24時間均等に「3人」が基準となっているが、一般病棟である重症心身障害児施設では「7人~13人」となり、しかも日勤に厚く配置するために夜勤帯はさらに多い患者をケアしなくてはならないのが実情である。したがってごく一部の施設を除いて、NICUの後方病院機能を果たせていないのである。

このような状況の中で、現在は一般小児病棟など通常の急性期病院の中に、後方病院機能をもたせようとすることなどが試されている。いずれにせよ対象となる子どもは重症心身障害の定義に当てはまるのではあるが、福祉施策としての旧重症心身障害児施設が対応しきれていない領域といえる。

3 成人発症の重症心身障害状態

言わずもがな少子高齢化社会である日本において、重症心身障害状態にある人の人口比も高齢者に偏ってくる。65歳以上の人および、特定の疾病の場合のみ40歳以上の人については介護保険が利用できるが、それ以外の場合には利用できない。

一方旧重症心身障害児施設では、元来児童福祉法に規定された施設であったため、18歳未満で重症心身障害状態にあったもののみが対象となっている。これは平成24年4月1日より、成人利用者部分が療養介護という新しい名称に変わった後も利用条件として残っている。したがって、18歳以降発症により重症心身障害状態となった場合には、居宅系のサービスは他の障害者と同等に利用はできるものの、ショートステイや入所サービスで旧重症心身障害児施設を利用することができない。結局、そのような場合には医療機関に頼るしかない。

18歳以上40歳未満の重症心身障害状態、および介護保険適応疾患でない40歳以上65歳未満の重症心身障害状態の人は、福祉サービス上、入所およびショートステイ機能が取り外された極めて不十分な支援しか受けられておらず、在宅の場合には家族の負担が限りなく重くなる。

4 重症心身障害状態の人にとって脱施設は可能か

次に入所形態ではなく、在宅生活そのものを支える形での新しい重症心身障害児者福祉の試みを見てゆきたい。

平成21年から行われた「障がい者制度改革推進会議」の中で注目を浴びたテーマの一つに脱施設論があった。入所施設そのものの存在が論議され、「入所という支援形態は望ましくないとし、それを強制することは人権侵害にあたる」との主張が行われた。

その意見に対して、重症心身障害児施設の関係者および全国重症心身障害児者を守る会の代表者らは、「重症心身障害児者については、これら脱施設論にはなじまず、今後も施設入所という形態は必要でありかつそこでの生活は決して人権侵害にはあたらない」という主張を行なった。特にその中で主張されたのは医療の必要度であった。

その主張がある程度認められ、その後自立支援法の一部改正の中でも、旧重症心身障害児施設に限っては、施設での生活も選択肢の一つとしてありうるものとされた経緯がある。

このような論点をみてゆくと、今後の重症心身障害児施設の役割として、医療をより多く必要としている方を重点的に受け入れ、医療が24時間体制で支援する必要のない人については他の福祉系の入所施設やケアホームへ移動していただき、空いたベッドをNICUの後方ベッドとして活用してゆく、という道筋が見えてくる。

現に長期の入所者のうち一部を同一法人設立のケアホームへ移動し、少人数での福祉的な環境での生活を試みている先駆的な施設もでてきている。

一方、入所施設の少ない都市部を中心に在宅の重症心身障害状態の人に対して、日中活動、ショートステイ、ホームヘルパー、ガイドヘルパーなどを駆使して在宅生活を1日でも長持ちさせようという支援事業が展開されている地域もある。 さらに、そのような在宅に対する複合的な支援を展開している地域では、同一法人がケアホームをつくり在宅からケアホームへの移動を行なった上で、地域生活支援をフルに活用し、さらに訪問系の医療である訪問診療や訪問看護も活用し、体調を崩した時には地域の基幹病院と連携をして、脱施設を地でゆく取り組みを行なっている地域さえみられるようになってきた。

このような取り組みは、入所施設に対するアンチテーゼではあるのだが、それは対立して出現してきたというより、施設ベッド数対人口比が、最大10倍以上となる都道府県格差が生み出した一つの文化という側面が強いように思われる。入所施設が少ない地域は自ずから通所施設が充実し、そこに医療職も配置されるようになり、その延長線上にケアホームという考えが芽生えたのではないだろうか?

5 注目すべき支援事業

・旧重症心身障害児施設

なんといっても旧重症心身障害児施設には、特に医療職を中心に専門家が集中して配属されている。入所者だけにその社会資源を使うのではなく、広く在宅障害者のためにも門戸を開くことが望まれている。外来診療、外来リハビリ、訪問診療、訪問看護等の支援事業へ多くの施設が門戸を開くべきであろう。

・日中活動施設

新制度となり生活介護と統一された障害者日中活動施設は、重症心身障害状態の人を対象とする場合には看護師の配置が強く望まれる。平成24年4月1日より介護職員等による医療的ケアが一部行えるようになったことも活用しながら、在宅障害者が広く利用できる施設に脱皮してゆく必要があろう。児童発達支援施設や放課後等支援も然りであるが、NPO法人などが主体となっていて看護師の配置が難しい場合には、医療機関からの看護師配置を実施した場合に加算が得られる制度もあるので活用してはどうだろうか?

・重度訪問介護

通所施設と同じく、平成24年4月1日よりの介護職員等による医療的ケア実施制度は、重度訪問介護において行えるようになると、特に医療を常時必要としている在宅の重症心身障害状態の人には福音となる。在宅における家族負担の軽減への最大の支援となる。

・療養通所介護

介護保険上の制度ではあるが、訪問看護ステーションの事務所に隣接してデイサービス事業を展開し、普段訪問をしている対象者を日中受け入れるシステムである。いくつかの自治体では単独事業として障害者にも門戸を開いている。この制度が各地で、特に医療を必要としている障害者にも利用できるようになる日が来ることが望まれる。

・診療所を核としたレスパイト事業

全国的に診療所などの医療機関が直接レスパイト事業に乗り出したり、診療所に隣接する場所をNPO法人や社会福祉法人が借りて、同所でレスパイト事業を展開する試行が行われていてかなりの成果を上げている。合わせて訪問診療や訪問看護を行なっているところもある。地元の自治体との連携により福祉予算の活用も行われている。在宅において医療と福祉のコラボレーションが実現しているのである。

重症心身障害状態の人が今後増えてゆく状況のなか課題は尽きない。しかし黎明期の先駆者がそうであったように、新しい時代の支援策を作ってゆくのは今、最前線で支援の仕方を模索している人でなければならない。いつの時代も制度の谷間を作ってはならないのである。

(えがわぶんせい 重症児・者福祉医療施設 ソレイユ川崎施設長)