音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年5月号

地域移行の現状
~親元から通所、ケアホーム等への移行~

田崎憲一

朋の誕生

社会福祉法人訪問の家「朋」は昭和61年、心身ともに重い障害がある人たちの通所施設としてスタートしました。メンバー一人ひとりが、他者と互いの存在を感じ合うことのできる時間を大切にし、地域社会をステージに、「本人にスポットがあたり、いきいきと暮らすことのできる生活」の実現に向かっていくことを基本方針としていろいろな活動にチャレンジし世界観、人生観を広げています。

しかし、朋は通所施設なので在宅生活が可能でなければなりません。親が高齢で介助が厳しくなると今まで築きあげてきた暮らし、活動がなくなり入所施設での暮らしになってしまいます。メンバーと親は、1日でも現状の暮らしを続けたいとがんばっています。朋は、特に母と車の両輪となり、メンバーの暮らしを支援しています。

訪問の家ケアホーム第1号「きゃんばす」の誕生

朋の活動がスタートして4年、メンバーの中から数人で朋と同じ区内にプレハブを借りて、らんぷ作業所を立ち上げました。パンを作り、販売を通して、地域で暮らすことを目指しました。そのらんぷ作業所のメンバーから「お父さん、お母さんの腰が悪い。私の介助ができない。私は施設に行きたくない!」「パンを作りたい!」「グループホームで暮らしてみたい!」と緊張で体を突っ張りながら一生懸命に言っているメンバーや、不随意運動でなかなか思うように指せないながらも文字版で訴えているメンバーがいました。しかし、メンバーは親と一緒の暮らしが長く、また日中の対応しか知らない職員にとっても親元から離れた暮らしやグループホームの暮らしのイメージはなかなか描くことができませんでした。

まずは、朋の近くに「レスパイトケア」の場として借りていた家で宿泊体験をすることにしました。夜間の暮らし方や必要な介助の検討を始めました。また、既存のグループホームにも出向いて宿泊体験を行い、少しずつイメージを描いていきました。そして平成6年3月、ケアホームきゃんばすが誕生しました。

念願の暮らしが始まって(医療とチームを組んで暮らしの支援)

うれしさの反面、それまでいつも側には母、父がいて自分の言いたいこと、ほしいものは察してくれ、対応してくれました。さらに、自分のペースで暮らしていた親元の暮らしとの違いに直面することになります。ケアホームでは4人の暮らしで、介助体制もローテーションのため、いろいろな介助者(ヘルパー、アルバイト)に介助を委ね、時には介助者に気を使ったり、上手く伝わらないこともあり「我慢」をすることがでてきました。また、他の入居者のことが気になり、自分のペースで暮らすことができなくなってしまうこともあり、その結果バランスが崩れ、体調が悪くなってしまうこともありました。

体調面、精神面のサポートとしてケアホームの対応では限界を感じ、朋診療所、日中活動のらんぷ作業所のスタッフとの情報の共有に努め、新しい生活への移行に向け、負担のない支援を考え提供していきました。メンバーは少しずつ自分の暮らしを築きあげていきました。医療とチームを組んでメンバーの暮らしを支えた成果でした。

コミュニケーションの難しい人たちの暮らしの支援は関わる人たちでの連携が必要

きゃんばすの暮らしが落ち着く姿をみて、さらにコミュニケーションの難しい人たちの暮らしを考えるきっかけとなりました。コミュニケーションの難しい人たちが多く利用する朋は、母が中心となりメンバーの健康管理をしています。そしてメンバーの意志や想いは、暮らしの中で培った独自の表情や表現方法、「あ、うん」の呼吸等で読み取っています。それに朋の支援スタッフ、医療スタッフが連携してメンバーの暮らしを支えています。

メンバーにとって大きなキーパーソンとなっているのは母の存在です。母はメンバーの生活観、生活常識、生活ペースを守っています。親元からケアホームに生活移行する際、このメンバーの「人となり」をどのように申し受けるかが重要であると考えています。きゃんばすの振り返りから、コミュニケーションが難しい人たちの暮らしを支えるには、関わる人たちがさらにメンバーのことをしっかりと捉え、さまざまな情報を共有する必要があると思いました。日頃から朋のスタッフと母とが今後の暮らしに向けて話し合いを重ね、宿泊体験等を通し、過ごし方や介助面の整理、コミュニケーション方法や体調管理の方法等について情報収集しながら、共に整理をしていくことが重要なことだと考えています。

ケアホームに住むHさんは音楽が好きで、いつも童謡を聴いていました。同じく一緒に住むTさんはジャニーズ系が好きで、団欒(だんらん)ではいつも話題になっていました。ある時、ジャニーズ系の番組をみんなで観ていて「嵐」の話題になりました。するとHさんは「ニッ」と口元を広げて反応を示しました。もしかして…。その後、「嵐」の話題が多くなり、介助者間で確認することが多くなりました。やはり表情が違う!さらに「大野君」にも反応を示し始めました。

介助者間で大きな話題になりHさんに「嵐」、「大野君」をキーワードに声掛けが多くなりました。Hさんも反応がはっきりしてきて、嵐のコンサートに行ってみよう! とスタッフが中心となり、みんなでチケット購入に向け動き出しました。何とチケットを入手することができ、夢のコンサートに行きました。Hさんは大興奮で満足そうな表情でした。その後、介助者から「Hさんが24時間テレビの募金をして、嵐が司会をしている武道館に行きたい」に反応しているので考えたい、との提案がありました。Hさんが自ら介助者に伝えた大きな出来事でした。

以前のHさんは、意志表示はあるが曖昧(あいまい)な面があり受け身的な暮らしでした。しかし、介助者間の「嵐」、「大野君」をキーワードにした関わりの中で、意志表示がはっきりして自分の暮らしをつくっています。朋のスタッフと母から整理された情報を基にメンバーの新しい暮らしに向け、関わる人たちで情報を共有しサポートしていくことが大切であると思いました。そして、安心して健康で暮らすためにも医療のサポートが必要です。ケアホームに暮らすメンバーの体調の維持、管理は朋診療所、朋の看護師、スタッフとで連携して行なっています。

暮らしの支援(チームワークで支援の提供)

【体調・健康管理】

(a)朋のスタッフ、朋診療所、朋の看護師とで日頃の体調を把握し、休日、夜間の緊急時の対応を行なっています。体調不良や事故やトラブルがあった場合の緊急連絡窓口として365日24時間、朋、朋診療所看護師が対応しています(ナース電話)。

また日頃、各メンバーが利用している訪問看護の24時間連絡体制も利用しています。相談を受けた看護師は必要に応じて出向くこともあります。そして、状況に応じて主治医に指示を仰ぎ、地域の総合病院に出向く場合もあります。

(b)加齢等に伴い機能低下しても安心して暮らせるために、朋の専門職(医師、看護師、歯科医師、歯科衛生士、PT等)とチームを組み、体調に合わせた介助内容の見直しおよび検討を行なっています。

以前、ケアホームに住むメンバーで嚥下機能の低下や骨粗しょう症に伴い食事形態や対応の見直し、運動のメニューの検討が必要となった場合があり、支援の提供がありました。

【緊急時の応援体制】

メンバーが体調不良になり医療的ケアが必要になり、ケアホームスタッフでの対応が厳しい状況になった場合、朋のスタッフや看護師で対応しています。また、介助者が体調不良や家事都合等で急に勤務できなくなり体制調整が困難になった場合、朋のスタッフが対応しています。

【介助者(ヘルパー)の人材派遣(ヘルパー派遣事業所「さくら草」との連携)】

各メンバーが重度訪問介護の支給決定を1人約300時間受けています。そのほとんどを同法人のヘルパー派遣事業所「さくら草」と契約しています。現在、8ホームに対して、約70人のヘルパーが派遣されています。1日の基本介助体制は、入居メンバー4人に対し、夕方から就寝まで3人。夜間2人、朝2人です。各ホームとも常勤職員1人、生活支援員1人の体制のため、介助体制のほとんどをさくら草のヘルパーが担っています。日常や緊急時の体制調整は、さくら草と連携して行なっています。

【介助者(ヘルパー)への申し送り】

多くの介助者が関わっているのでメンバーの介助内容、方法、体調面、コミュニケーション、想い、生活観等のパーソナリティーをどのように伝えるかが重要なことだと考えています。日々の申し送りで、介助者にメンバーの様子や健康状態、気をつけなければいけない事項を伝えています。申し送りは、メンバーが帰宅する前と出勤後の2回で、職員や生活支援員からの電話で主に確認し合っています。また各ホームで月1回、開催される介助者ミーティングでメンバーの介助、支援内容の確認をしています。

医療的ケアの必要な人たちのサポート

現在、医療的ケアが必要な人たち5人がケアホームで暮らしています(カニューレのない気管切開2人/鼻腔からの吸引が必要な人2人/胃ろうの対応が必要な人2人(うち1人はカニューレのない気管切開の方と重複))。医療的ケアが必要な人たちでも安心して暮らせるために朋、朋診療所のバックアップの下、人材育成やヘルパーが安心して医療的ケアができるようなサポートを考え提供しています。

医療的ケアの人材育成としては、平成24年4月から、一定の研修を受けた非医療職によるたんの吸引等の行為が認められたことにより、朋、朋診療所看護師がケアホームスタッフのほか、さくら草のヘルパーへ座学、実習の指導を行い育成しています。

今後の課題

コミュニケーションが難しい人たちの暮らしの提供に向け、ケアホームスタッフの役割の見直しと整理が必要であると思われます。安心した暮らしの支援には、メンバーに関わる関係機関との連携と暮らしの内容をコーディネートする必要があると考えます。以下に課題をあげてみます。

1.ケアホームのコーディネート業務の必要性とそれを担う人員配置の運営費の見直し
2.コーディネート業務を担う人材育成
3.バックアップ機関の機能の検討・安心して医療的ケアができる環境づくり
 (a)オンコール、24時間体制の充実(相談および対応)
 (b)訪問看護の利用拡大 等

(たざきけんいち 社会福祉法人訪問の家 法人ケアホーム統括長)