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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年6月号

列島縦断ネットワーキング【富山】

あやしいものじゃありません。
チンドン屋でございます。

清水利恵

「さてはお立ち会い!心の病になったって、人を元気にすることはできるはず!」

定番の口上とともに現れたのは、金髪に真っ白なドラーン顔、ウエディング姿のおかしげな花嫁さん。これがわが夫、清水崇宏です。

肩から大太鼓を下げたその後を、私のチンドン太鼓、リコーダー…の仲間が続くと、自然とあちこちから歓声、拍手とともに大きな笑いが起こります。おかしなチンドン屋「立山WAいいちゃ一座」の登場です。

障がいに苦しんだ日々

私が知り合った学生のころの彼は、エンジニアを目指し、テニスを楽しむスポーツマンでした。卒業後は静岡の機械部品メーカーに就職、私も静岡で仕事を見つけました。平凡ながらも穏やかで幸せな日々が続くと信じ、いつかは結婚を、と考えていました。

けれども、働きだして1年が過ぎたころ、夜勤などの無理な勤務で生活のリズムが狂い、精神のバランスが崩れ始めました。「自分は1億円の借金を背負っている」「警察が僕を追いかけている」等々の妄想の症状が出始め、自殺未遂の末、精神科病院に入院、統合失調症と診断されました。3か月ほどで退院したものの、その後は人とうまく関わることができず、病気を隠して就職するも長くは続かず、結局、10回以上の転職や引っ越しを繰り返しました。

周囲の冷ややかな視線や、将来の不安に押しつぶされそうな毎日でしたが、「何とか生きていてほしい」と願うばかりでした。

デイサービスを始めちゃった!?

富山に居を移し、老人保健施設で働くうちに、お年寄りも障がい者も分け隔てなく受け入れる富山型デイサービスの存在を知りました。こういう場所なら主人も周囲の人々に受け入れられながら働くことができるのではないか、と考えるようになりました。

今思えば無謀な決断でしたが、後押ししてくれる仲間とともに、2004年NPO法人「立山WAいいちゃ」を設立、2005年には富山型デイサービス「いい茶家(いいちゃ)」を立ち上げました。“いいちゃ”は富山弁で“いいよ”という意味です。“どんな人でもいいよ、一緒にお茶を飲みながら話をしようよ”という思いから名づけました。

障がい者スタッフも受け入れ、障がいを理解してくれているスタッフと一緒に対等な立場で助け合って働いています。

2006年には、念願だった精神障がい者の当事者が、同じ障がいをもった人をサポートするピアヘルパー、ピアカウンセリング、ヘルプセラピーなどの活動も始めました。グループピアカウンセリングは月に2回、定期的に開催しています。

なんで夫婦チンドン?

今以上に偏見が強かった当時、「統合失調症」は「精神分裂症」と呼ばれ、家族や友人にも病気のことは話せずにいました。「笑われている」「けなされている」と思い込み、人とつながれないでいる主人。先の見えない辛い日々の中で、チンドンをやろうと思ったのは、どん底からの逆転の発想でした。どうせ変な人と思われているのだったら、一層のこと、正々堂々とみんなに笑ってもらえばいい。面白い人が面白い格好で面白いことを言う「チンドン屋」になればいい、と考えました。

「富山の春はにぎやかなチンドンの音色と共にやって来る」と言われています。桜の咲くころに、全国チンドンコンクールが開催されます。早速、気乗りのしない主人を無理やり誘い、紹介された富山市の「チンドン講座」を受講することにしました。

2005年4月、一般の受講生と一緒に「全国素人チンドンコンクール」に初めて出場しました。出番はわずか3分。この3分のためにたくさん練習し、体調を崩し寝込んでしまうこともありました。

そして当日は足が震え、何度もトイレへ通い、アブラ汗が流れる…、ものすごい緊張のままステージへ。すると、お客さんがワーッと目を輝かして拍手してくれたのです。たくさんの人から声が掛かる、お客さんみんな心の底からの笑顔でした。

この時、主人の心の扉が少し開いたのだと思います。「あんたらのおかげで元気になったよ」と言ってもらった時は「こんな自分でも人の役に立てるんだ」と少し自信を取り戻すことができたのです。

その後は、当事者などで結成されているバンドと一緒に精神保健福祉全国大会のアトラクションへ出演したり、ボランティア祭や授産施設のオープニングイベントなどにも参加し、チンドンを披露してきました。

口上はもちろん「心の病になったって、人を元気にすることはできるはず!」

夫婦チンドンから立山WAいいちゃ一座へ

夫婦チンドンは、2010年2月放送のNHK教育テレビ「きらっといきる」や地元の北日本新聞、ケーブルテレビなどに取り上げていただきました。

今では同じように障がいをもった人たちも仲間に加わり、「立山WAいいちゃ一座」として活動しています。地域の公民館のイベントや敬老会にも声をかけていただけるようになり、どんどん人とのつながりが広がってきています。このような活動が認められ、第9回精神障害者自立支援活動賞(リリー賞)をいただくことができました。

戦争の傷跡から、早く立ち直ってほしいと戦後の富山を明るくしたチンドン屋、そして私たちは、ストレス社会となった平成を生きる人々の心を元気づけたいとチンドンの活動を続けていきたいと思っています。

障がいがあったって、障がいがあるからこそ、できることがきっとあるはず。

これからもチンドンを通して、多くの障がいをもちつつ生き続けてくれている人たちの応援隊でありたいと考えています。

いつかは、あなたの街に現れるかも…。

(しみずりえ NPO法人立山WAいいちゃ代表)


http://www.iicha2005.com/

○Eメール:tateyamawaiicha@giga.ocn.ne.jp