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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年7月号

視覚障害者と選挙
~知る権利・投票する権利等の保障に向けて~

渡辺昭一

日本は、世界で初めて点字投票が実施された国である。1925年、衆議院選挙法改正により、点字が文字として認められ、同年、府県制ならびに市町村制施行規則改正により、地方選挙においても点字投票が認められた。そして、1928年衆議院選挙において、実際に5,428票の点字投票があった(偶然にも、この衆院選において、最高点で当選した高木(たかぎ)正年(まさとし)氏は視覚障害者であった)。

しかし、投票行為の前提となる選挙公報そのものの点字版はいまだに発行されていない。

公的な情報保障という観点から、視覚障害者団体は「全文点訳の選挙公報」を求めて運動を続けているが、国は受け入れていない。その理由としては、以下の事項が考えられる。

1.公職選挙法や地方自治法に点字選挙公報発行の規定がない。

2.公報は、候補者が届け出た活字原稿をそのまま印刷して配布することから、これを仮名点字にすると字数がオーバーする(活字と点字を機械的に同じと判断している)。

3.漢字仮名交じりの公報を点訳する際、意味の取れない言葉や別の意味にも取れる言葉があり、候補者の意志が正しく伝えられなくなり、点訳次第では不公平となり、選挙違反の恐れもある。

4.点字公報を作っても、配布対象が把握しにくく、配布漏れがあれば点字使用者に不平等になる。

このほか、国ならびに自治体に予算がない、投票日までの時間が少ない、手がける点字出版施設が少ない、選挙管理委員会の消極的な姿勢などが挙げられている。

それでも、視覚障害者施設・団体は、視覚障害有権者が、その障害ゆえに被る政党や候補者の政見に関する情報格差を埋め、投票の有力な判断材料を提供すべく、長年活動を継続してきたのである。

具体的には、1953年に京都府盲人協会(現・京都府視覚障害者協会)が衆参両院議員選挙に際し、候補者名簿を発行し、1963年の衆院選挙から「点字毎日」が「選挙のお知らせ」(選挙公報の簡略版)を発行した。この「選挙のお知らせ」は、1968年以降、東京ヘレン・ケラー協会に引き継がれ、その後、このスタイルが普及するとともに、地方によっては、選挙公報を全文点訳したものを「選挙のお知らせ」として配布するところが現れてきた。

この「選挙のお知らせ」は、民間の点字出版施設が自ら出版している雑誌の号外として発行し、それを選管が買い上げて配布するもので、責任は、すべて発行した点字出版施設が負うことになる。選挙啓発のための情報資料としての位置づけであり、福祉的立場での対応ということである。本来、参政権保障、知る権利の保障という人権尊重という観点から言えば、制度として法律に位置づけるべきという声が高まるのは当然のことである。

そして、新たな動きが出てきたのは2000年であった。日本盲人社会福祉施設協議会(以下、日盲社協)の点字出版部会は、現状打開に向けて、2000年4月に全国の748選挙管理委員会を対象に、アンケート調査を実施した。69%の回答から明らかになった主なものは、1.技術的に無理、2.公平性に難がある、3.利用者の希望がない、4.広報のテープ版に載せた、5.配布方法が困難、というものであった。

この結果を受けて、2002年6月に、部会は視覚障害者向け選挙公報の発行実現に向けて本格的に取り組むため、部会内に選挙情報ワーキンググループを設け、翌年5月に視覚障害者情報提供施設を対象にアンケート調査を実施した。88点字図書館(うち、回収率73%)と、29点字出版所(うち、回収率69%)の回答から明らかになったことは、国政選挙の公報点訳を手がけている施設は16図書館、8出版所であり、このような状況では、国政選挙での全文点訳発行などは到底おぼつかないということであった。しかし、今後については、点字版製作に積極的に関わりたい(図書館20施設、出版所19施設)、録音製作に積極的に関わりたい(14.2)、やれそうなものから取り組みたい(17.6)、単独では無理だが共同製作なら参加する(5.5)、必要性は理解できるが製作体制がない(18.2)と、かなりの施設が意欲を示した。また、投票所などに掲示される候補者の「氏名一覧」は、かなりの施設が手がけていることも分かってきた。アンケートの中で驚くべき回答として、選管が録音テープの公報製作を地域のボランティアに委託している例があるとのことであった(アンケート結果の詳細は、同部会発行『視覚障害者選挙情報支援の研究報告書―知らされる権利の実現をめざして』[2003年]参照)。

そして、同部会は、1.短期間で大量の公報を発行することは、単独では不可能であり、複数の施設のプロジェクトチームで共同製作体制を作り、2.このプロジェクトは出版部会だけでなく、日本盲人会連合(以下、日盲連)・日盲社協・全国盲学校長会で構成する日本盲人福祉委員会で取り組み、2004年3月、日盲社協点字出版部会18と日盲連点字出版所による19施設(その後25施設に増加)で、視覚障害者選挙情報支援プロジェクトを発足させるとともに、3.点字版の発行が公職選挙法の第148条に基づき報道・評論の一環として認められているので、週刊誌か雑誌の名前を借りて、その号外という体裁を取ることが必要であることから、毎日新聞社の了解のもとで、発行誌名は『点字毎日号外 選挙のお知らせ』とすることとなった。また、地方選挙についても、引き続き努力することとした。

他方、録音版・拡大文字版についても、2007年の参院選から取り組まれているが、点字版・録音・拡大文字の合計数を多く見積もったとしても8万部程度であり、日本における視覚障害者数31万5千人には遠く及ばない発行数にとどまっているのが現状である。点字版でいうと、5万部程度の発行数であり、視覚障害有権者の16%にしか届けられていないことになる。この背景には、点字有権者名簿が整えられていない問題がある。

先に述べたように、今の「選挙のお知らせ」は民間が作成するものを、選管が啓発資料として買い上げて配布する方式をとっている。本来は、活字版と同様、法的に位置づけて国の義務として行われるのが望ましい姿である。このことは、今さかんに議論されている障害者の権利条約第29条「政治的及び公的活動への参加」にも明記されているのである。

このことについては、総務省内部に「法改正をしなくても局長通知でも実現できるのでは」という意見があるようだ。もし、これが実現すると、プロジェクトに点字版製作が求められることになるだろう。その際、現在参加していないところにも呼びかけて、万全の製作体制を整えて、受託できるようにすることが求められることになる。

ここまでは、選挙情報の保障という側面で現状と課題について述べてきたが、視覚障害者の参政権行使のためには、その他にも多くの課題がある。

1つめは、移動の保障である。一人暮らしや家族が介助できない状況にある人で、単独歩行が困難な視覚障害者等が投票所に出向く際の介助者の制度化が整備されていない(同行支援や移動支援事業においては、利用時間の制限を設けているところがあるので、投票について、独自の介助制度を求める声がある)。

2つめは、投票そのものの保障である。投票所のバリアフリー化の促進、点字器や弱視者用の照明器具や机などの設備、また、代筆などの人的体制の整備等が不十分なところがある。

3つめは、外出できない重度の在宅視覚障害者の投票の保障である。現在、点字による在宅投票は認められていないし、墨字を自書できない人の投票権は保障されていない。

最後に、投票の秘密の確保について一言述べたい。以前、ある町議会議員選挙で点字投票した視覚障害者が、当選した候補者から感謝されたという話を聞いたことがある。その選挙では点字投票は1票だったそうだ。これは深刻な問題をはらんでいる。開票作業は公開で行われており、もし、点字が1票しかなく、それに注目していれば、点字で誰の名前が書かれていたのかは容易に分かる。あとは、それを書いた人が分かれば記名投票と同じことになる。そういうことがいやで、点字投票しない人もいると聞く。即効性のある手だては見つからないが、改善が必要なことは明らかである。

私としては、視覚障害者が十分に参政権を行使できるように、今後は諸外国の例なども参考にしながら、制度の充実等を図っていただくことを強く希望したい。

(わたなべしょういち 日本盲人福祉委員会視覚障害者選挙情報支援プロジェクト点字表記委員会委員長・京都ライトハウス情報製作センター所長)