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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年7月号

精神科病院に入院している人の課題

加藤真規子

1 選挙権の意義

ノーマライゼーションの理念とは、障害のある人々が、障害のない人々と同じように一般社会で生活できるようにすることだ。

代表民主制を採用するわが国において、選挙は、国民が政治に参加することができる唯一の機会であるといえよう。つまり、わが国で国民主権の原則が採用されているといっても、実際に、国民の多くが政治に参加するのは選挙の時のみである。日常的に政治に参加しているわけではない。だから選挙から除外されてしまうことは、政治参加の機会を大きく制限され、政治に参加することが困難になることだ。それは精神障害がある人々や知的障害がある人々にとって、社会から排除され、差別されるということともいえる。

2006年12月13日に国連総会で採択された障害者権利条約の一般原則には(c)「社会に完全かつ効果的に参加し、及び社会に受け入れられること。」とある。そして第29条「政治的及び公的活動への参加」には「締約国は、障害者に対して政治的権利を保障し、及び他の者との平等にこの権利を享受する機会を保障するものとし、(a)「障害者が、直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、他の者と平等に政治的及び公的活動に効果的かつ完全に参加することができること(障害者が投票し、及び選挙される権利及び機会を含む。)を確保すること。」としている。

わが国も障害者権利条約の批准に向けて、「障がい者制度改革推進本部」の下に「障がい者制度改革推進会議」が設けられた。2011年7月29日に障害者基本法の一部を改正する法律が成立した。改正された障害者基本法には「選挙等における配慮」に関する条文(第28条)が新設され、「国及び地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより行われる選挙、国民審査又は投票において、障害者が円滑に投票できるようにするため、投票所の施設又は設備の整備その他必要な施策を講じなければならない。」とした。選挙権、被選挙権が認められている障害者の円滑な投票に関して定めたものである。

2 精神科医療と社会的排除

第一の問題として、精神科病院における人権侵害がある。1984年に明らかになった宇都宮病院事件は、1987年に精神障害がある人々の社会復帰促進とともに人権の保護を掲げた『精神保健法』が成立する契機となった。けれども『精神保健法』、1995年に制定された『精神保健福祉法』が、精神障害がある人々の人権擁護を掲げているにもかかわらず、精神科病院における人権侵害はなくならない。また「措置入院」も「医療保護入院」も、当事者にとっては強制入院にほかならない。患者が主体的に病院を選択するという権利の保障がない。それゆえに医療従事者が患者の上に立つ従属的支配関係が成立しやすい。

第二の問題は、入院に偏った精神科医療のあり方である。日本の精神科病床数は現在33万床といわれる。入院に偏ったわが国の精神科医療のあり方を象徴するのが、社会的入院者の問題である。社会的入院とは、医学的治療の観点からすでに入院の必要がなく、在宅での療養が可能となっているにもかかわらず、偏見・差別や地域社会での受け入れ先がないなど、社会的な理由で退院できずに入院生活が余儀なくされている状態をいう。

わが国の精神科医療施策の根本的誤りは、精神病者監護法から始まっているといえよう。精神障害者は社会の厄介者、あるいは社会にとって、危険な存在という位置付けで社会から隔離する方向、すなわち隔離収容主義を打ち出したことだ。そして、家族に精神障害者の監督を全面的に負わせた。その隔離収容主義が安上がりの精神科医療施策に直結した。1958年に、他科に比べ医師・看護師スタッフが少なくてよいとする医療法特例が出され、現在も存続している。

3 A病院での不在者投票

不在者投票とは、何らかの事情で自分の家から離れた場所にいる人が、近くの投票所で事前に投票を済ますことをいう。

A病院は、病床数370床。急性期・高齢者・リハビリテーションなど8つの機能別病床があり、作業療法やデイケアなども行なっている。この10年間で約90床の病床削減をした。A病院では、東京都議会議員選挙(2013年6月23日投票日)の不在者投票を6月18日の午前中に行なった。「選挙権は人権である」と当時のソーシャルワーカーが主張して、A病院では1986年頃から不在者投票を実施してきた。反対する者はいなかった。

A病院では、不在者投票の準備は新人ワーカーの業務だ。350人の入院者のうち38人の入院者が不在者投票をした。広報は、各病棟でのモーニングミーティングやグループ活動の際に伝えた。また、病院内の掲示板にポスターを掲示した。350人の入院者の中には自分で新聞をとっている人が数人いる。家族が迎えに来て、23日の投票日に選挙に行った人々もいるかもしれないが特別に把握はしていない。「手間暇はかかるが、患者の選挙権の行使に役立つのだからいい」

隔離室にいる患者には、隔離室で投票してもらう。せっかく投票用紙を取り寄せたのだから、有効投票してほしいと思うが、以前、当時の院長の名前を書いた人もあった。もちろん、その人の投票用紙も選挙管理委員会に送った。一人につき727円が東京都から入る。郵送料に使っているそうだ。一般科の病院では不在者投票はしない。「入院を長期化させてしまった責任の多くは精神科病院にあるのだから、権利を保障しなくてはならないと思っている」

4人のスタッフが不在者投票に立ち会う。「選挙をするのは当たり前のことだから、こういう権利を入院しているからできないというのはよくない。少しお手伝いすることで、その患者さんの権利が生きるのだから、大変さは感じていない。意外な人が選挙に関心を持っていることが分かったし、患者さんと選挙について話をすることができた。車いすに乗っている人々は看護師と一緒に投票所にやってきた。期日前投票もあるが、そこまで支援することはできていない」

こらーるたいとうが訪問活動をしているB病院にも問い合わせた。不在者投票は総務部の業務として実施しているとのことだった。また40年間、精神障害がある兄弟を面倒みてきたご家族にも聞いてみると、「都内のC病院にお世話になりましたが、40年前から不在者投票を実施していた」とのことだ。厚生労働省にも問い合わせた。「精神科病院での不在者投票については全く把握していない。一つひとつの病院に問い合わせてみるしかないですよ」という返事であった。

結び―自分で投票に行こう

2013年6月24日月曜日の朝だ。何度か精神科病院に入院し、現在は、アパートに単身自立しているIさんから明るい声で報告の電話をもらった。「初めて選挙に行った。大家さんが投票所に連れていってくれた。受付で『私、選挙初めてなんです』と正直にいうと、丁寧に説明してくれた。大家さんがC党みたいな党が嫌いなので、私、D党の人を入れたのだけれど、名前を間違えて書いてしまった。選挙って難しくないんだってことが分かったし、行ってよかった」

Iさんの声は達成感に溢れていた。選挙のやり方や投票所への行き方など分からなかったが、それを誰に聞いてよいのかも分からなかった。Iさんはおどおどしていて不安感でいつもいっぱいだ。しかし、お習字の手本のような美しい文字を書く。「どこにでも住むことができる人には引っ越してもらい、精神障害がある人々やホームレスであった人々にこのアパートを利用してもらおう」と腹を決めている大家さんは明るい。そばにいるIさんも明るむようだ。

精神障害がある人々や知的障害がある人々が選挙権を行使するためには、知らないことを「知らないから教えてくれる?」と気軽に聞くことができる他者の存在が何よりも重要であるに違いない。

(かとうまきこ 特定非営利活動法人こらーるたいとう)


【参考文献】

・飯田泰士「成年被後見人の選挙権・被選挙権の制限と権利擁護」明石書店、2012年

障害者権利条約政府仮訳による。