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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年8月号

活字を読めない私が図書館を作った訳

堀内佳美

郡全体の人口5万人。主な産業は竜眼と呼ばれる甘い果物の栽培。周りを緑濃い山に囲まれ、市場にはタイ人とカラフルな民族衣装をまとった山岳民族の人たちが行き交う。そんなプラオというタイ北部の片田舎にある小さい小さい図書館、ランマイ図書館が私の現在の職場だ。全盲で高知県出身の私が、なぜこんな所で墨字の本に囲まれて仕事をするに至ったか、紙面をお借りして書かせていただきたいと思う。

幼い頃から負けず嫌いだった私は、努力さえすればなんでもできるはずだ、と思っていた。でも、そんな私がどうしてもできないことが一つだけあった。「お手伝い」である。ほかの子どもたちにもできるのだから、当然私もできるはず、と思ったのに、わざわざ自分から「お手伝いする!」と言っても、「あんたはお手伝いしないのがお手伝い」と言われて大ショック。その時から、大げさにいえば自分の存在意義について考えるようになった。いつも手伝ってもらうだけになりがちな私にも、何か「お手伝い」的なことができるのではないか…。そんな思いが、実は今の国際協力、開発の仕事に結びついているのではないかと感じている。

高校生の時に1年間アメリカに留学し、タイからの留学生と親しくなった。タイ語の歌うような発音の美しさに引かれ、帰国後すぐにタイ語を習いはじめ、大学1年生の春休みに、大学の主催するワークキャンプのメンバーとして初めてタイを訪れた。ある日の夕方の集まりで、村に住んでいる全盲のご夫婦が、ギターと歌のパフォーマンスを披露してくれた。直接言葉を交わすことはできなかったが、「もし私がここに生まれてきていたらどうなっていただろう」とふっと思い、それから国際協力という言葉がぐっと身近に感じられるようになった。数年間の模索を経て行き着いたのが、タイでの読書推進だった。私は物心つくかつかないかの頃からお話が大好きで、家族や近所の親戚にせがんでは本を読んでもらっていた。盲学校小学部に入学すると、点字を教わり、私も自分で本を読めるようになったので、周りの大人たちはさぞほっとしたことだろうと思う。

私にとって読書とは、食事や睡眠と同じぐらい生活の一部になってしまっていて、本を読まない日を数えたほうがよっぽど早いのだが、大学生活のうち1年間をタイで留学生として生活してみて、タイ、特に農村部に住む人たちにとって、読書がいかに遠い存在であるかということに気づいたのである。本がほかのものに比べて高価なこと、図書館や書店が大きい街にしかないこと、そして、タイ人のほとんどが、「読書=勉強」という思い込みにとらわれていることなどがその原因だ。私の大好きな本たちの魅力を、もっと多くの大人や子どもに伝え、読書のすばらしさを実感してもらうこと。これなら私にでもできるのではないかと思い、2010年の早春、タイでアークどこでも本読み隊(アーク)を立ち上げた。

冒頭にも書いたように、アークの事務所を兼ねた図書館は、タイ北部、チェンマイ県プラオ郡の中心部にある。ここでは、現在200人ほどの地域の人たちに、無料で本の貸し出しを行なったり、子どもたちを対象にした読み聞かせや工作などの活動を展開している。しかし、私がさらに重視しているのは、図書館に来られない高齢者や障害者、出産後間もないお母さん、ここからさらに遠く離れた僻地の学校に通う子どもたちなどに本を届ける移動図書館サービスだ。本を架け橋として、なかなか社会に参加できずにいる人たちがコミュニティーとつながるきっかけになれば、と常に願って活動している。また、タイ人とは全く異なる言語や文化を持つ山岳民族の村で育った子どもたちが、小学校に入学した時に落ちこぼれてしまわないように、村の中で、現地の字の読める人を先生として起用した幼児教育センターを2か所運営している。

私の主な仕事は、新たな企画を立てたり、いろいろな団体と関係を形成したり、運営資金を工面したり、といったところか。もともとフィールドが好きで、体を動かしていろいろな所を飛び回るのが好きでこの仕事を選んだため、自分で直接読み聞かせをしたり、一人でも村にニーズ調査に回ったりできたらどんなにいいかと思うことも少なくない。しかし、人の助けなしには字が読めないからこそ、当たり前に読書をすることができない人の立場に立って考えることができる時もある。そして、山の中や村の道を歩き回り、働く盲人など一人も見たことがない村の人たちと触れ合う中で、障害、貧困、人種の違いという一見バリアに見えるものでも、もしかしたらチャンスに変えることができるかもしれないということを、言葉に出さずに伝えていければこんなに嬉(うれ)しいことはない。

アークの活動はとても小規模なものだが、一人でも多くの人たちが、本という物言わぬ物体を通して、世界とつながり、自分で作ったバリアを崩し、周りと積極的に関わっていけるような活動を、これからも地道に続けていこうと思う。


プロフィール(ほりうちよしみ)

1983年高知県吾川郡春野町(現高知市)出身。高知県立盲学校小・中学部を経て、筑波大学附属盲学校高等部に入学するため上京。国際基督教大学在学中に1年間、タイ王国タマサート大学へ交換留学。2009年に、インド最南端のケララ州の国際社会企業家機関(現カンターリ・インターナショナル)で1年間研修を受け、2010年に渡タイし、アークどこでも本読み隊(Always Reading Caravan)を設立。