音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年8月号

1000字提言

医療者のサービス精神(マインド)

川田明広

最近、田舎で暮らす81歳の母親が、地方の病院で手術をすることになり、唯一の血縁者である私は、帰省して手術に立ち会うことになった。手術室に隣接する患者控え室で待つ私のもとに、若い看護師さんが訪ねてきて、「今から手術に入るところです。担当者は○と○です。手術中に何か問い合わせたいことなどあったら、この電話でこの番号に遠慮なく電話してください」と伝えてくれた。また手術終了間際には、同じ看護師さんが控え室を訪れ、「手術は無事終了し、現在皮膚を縫っているところです。あと15分程度で手術室から出て来られる予定です」と教えてくれた。患者家族への接遇の一環として行われているのであるが、看護師さんの笑顔とやさしい声かけに、安心するとともに、いたく感動した次第である。

当院の初代院長であった故椿忠雄先生は、著書『神経学とともにあゆんだ道』のなかで看護師さんへの講話として、「多忙な職務の間に、患者をなぐさめるのに多くの時間をとれないかもしれません。しかし、私のいいたいのは、ただ心からの愛の精神を示していただきたいのです。それは、『やさしさ』と、いうことです。」と述べておられる。また、「一番大切なのは、患者と家族が希望をもたれること、われわれはそれに対し、出来るだけの手助けをすることです。これは患者と家族両方でないとだめです。」とも述べておられる。

医療者には、専門的な知識と技術を提供する専門職という立場から、「サービス」という言葉に抵抗感を示し、自らは常に冷静で客観的な姿勢を維持し、患者家族に対し中立的立場を貫く人もいる。しかしそれだけでは、弱い立場に置かれて不安な日々を送っている患者さんには、突き放すような冷たい態度ととられてしまうことにもなりかねない。

本来ならば、入院生活など望まない患者さんが、限られた期間の入院生活の中で、少しでも希望を見いだして前向きな気持ちになり、入院した甲斐があったと思ってもらうのが、医療者のサービス精神であろう。それには、冒頭に紹介した私の経験や椿先生の講話にあるように、患者さんの話しに出来るだけ耳を傾け、笑顔と優しい言葉で対応するといった一見簡単なことがいかに大切かと思う。

帰省中の経験から、高度の医療技術の提供だけではなく、患者家族が医療者との交流の中で認知する無形の医療サービスが、患者・家族の精神面での安定にいかに大きな意味をもつかを再認識した次第である。

(かわたあきひろ 都立神経病院医師)