音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年10月号

フォーラム2013

クィーンズランド脳損傷協会シナプス再来日、各地での交流再び

小川喜道

1 シナプス・メンバーからの示唆

「オーストラリアは、すでに障害者権利条約を批准しているが、現実にはその理念に至っていない。そこに示された権利を脳損傷のある人々も享受し、人権擁護に努める必要がある」。これは、クィーンズランド脳損傷協会シナプス・メンバーが再来日し、そのセミナー冒頭でCEOジェニファー・カレン氏が語った一節である。

日本の5倍もある広大な州内を駆け巡って脳損傷の患者を診ているポール・ホワイト医師は、脳損傷者の人権が損なわれている事例に遭遇し、「私が長年この仕事を続けているのは、その怒りが原点にあるからだ」と語っている。長期収容施設に入れられていたり、地域に居るとは言え、全く孤立した生活を余儀なくされている脳損傷者、その状況こそ権利侵害となっていることを訴える。

ポール氏は、過去4年間で600人の地域に住む脳損傷の患者を診てきたが、そのうち、3分の2が診断は下りていないが、精神疾患をもっていると報告している。この分野で、精神保健領域がしっかりと関わり、プラスの結果を出していかなければならないと述べている。翻って、わが国の脳損傷者と精神科医との関係もいっそう強めていく必要があるだろう。

ジョアン・プリストリー氏は、シナプスの住宅提供サービスのマネジャーとして、現在、6件の住宅(シナプス所有2件、行政所有4件)を運営している。それぞれ、3~4人の脳損傷者や関連する障害のある人たちが住んでいる。約70人のスタッフ、3人のスーパーバイザーが、その生活を支えている。地域に移行後も、継続的なフォローをし、また、地域の人との仲介役をして、住民の理解を促進している。さらには、趣味をもつための支援、家族との関係も支援している。いわば生活スキル、人間関係などを学ぶ中間移行プログラムとも言え、移行後の地域定着まで支援しているところに特徴がある。

今回のセミナーでは、脳損傷者の生活支援における、これからの視点も示された。シナプス研究開発部門マネジャーのクレア・タウンゼント氏は、「とかく利用者数やサービスの量で業務評価がなされることが多いが、本来、サービス利用者の“生活の質”をエビデンス(客観的根拠)に基づいて、すなわち、しっかりとした支援結果の評価指標をもって生活の向上を示す必要がある」と語る。

さらに、クレア氏は次のように述べている。「特に意思決定では、周りの人の感覚的なもので決められてしまうことがある。より客観的なエビデンスをもとに、意思決定の支援をすることが大切である。問題行動の数を数えるにとどまるのではなく、サービスを通して生活の質を向上させている部分をみるための客観的測定により、家族にとって理解しやすく、利用者のフィードバックの場ともなり、そこでは、自分たちの主張もでき、エンパワメントにつながる」と。

2 日本各地での交流

脳損傷に関する海外の団体と長期的な人的交流が続いていることはまれであり、わが国の当事者団体としてとても貴重な経験につながっている。実のところ、この企画はシナプスからの申し出であった。アジア・太平洋発達障害会議(東京)出席のため来日、そのままプライベートで日本に滞在し、脳損傷の人たちと交流し、セミナーを行いたいと連絡があった。昨年3月には、仙台から大阪まで多くの団体との交流を行なったが(その概要は、本誌2012年5月号に紹介)、今回は、NPO法人日本脳外傷友の会をはじめ、NPO法人TKK東京高次脳機能障害協議会、NPO法人えんしゅう生活支援net、脳外傷友の会しずおか、NPO法人高次脳機能障害サポートネットひろしま、の協力を得て、実施することができた。

シナプスの前身も、1984年に脳損傷者の数家族が集まった小さな組織からスタートしている。そして、これまで地道な活動と戦略的で力強い取り組みを行なってきた結果、ブリスベンを拠点に州およびオーストラリア全土に影響を及ぼすまでに発展している。

シナプスとは長い縁が続いているTKK東京高次脳機能障害協議会は、その加盟25団体の多くから参加をいただき、親しく懇談する機会を作っていただいた。また、えんしゅう生活支援netの建木良子所長は、浜松でのセミナーにて、地域で暮らすための支援手法を報告、シナプスとの意見交換に参加してくださった。その時の印象を次のように話されている。「シナプスは、生活の質を保つ方策を貪欲に実施していて、リサーチ、データ分析し、その結果を徹底して導き出す手法、個別性の高い支援の実施など、どの話も大変興味深かったです。ジェニファー氏はやさしさや気遣いがいっぱい感じられ、本当に魅力あるお人柄だなと感じ、また、シナプス活動の大きな波をつくり、確実に実績を収められている、その誠実さや熱い思いが、キラキラした眼の輝きから感じられました」と。実に、ジェニファーの輝きある表情は、各地でパワーを伝えてくれた。

カレン氏は、障害者・高齢者の福祉サービスに20年以上の経験を持つ地域サービスの専門職であり、個人的な経験として、兄弟が交通事故で脳損傷を負い、1か月のICU、そして6か月のリハビリを受け、その間、妻は3人の子どもをみることができず、彼女が子どもたちをみており、その時に、脳損傷の影響を受けるのは、本人ばかりではなく、兄弟はじめ親族であることを認識し、そこで家族支援の必要性も強調している。

3 「生活の質」向上に向けた脳損傷支援

広島での当事者、家族、スタッフとの意見交換の場では、当事者である参加者が、脳損傷者の生活の質というものの大切さを語り、それまで健常者の世界と障害者の世界とが分かれていると感じさせられてきたが、海外でのある体験を通してそれは違うのではないか、と気づいたということを話された。そして、シナプス・メンバーとのディスカッションを通して、自己決定・自己選択が「生活の質」の高さを示す一つの指標であることを確認した。脳損傷のある人にとって最も難しいのが、この自己決定・自己選択であるが、身体的健康・社会参加・経済的安定・円滑な人間関係など、本来充足されるべき条件をしっかりと満たす支援を創り出していくこと、そして、自己決定・自己選択の前提条件を作り出すことこそ必要な支援と言えるのではないだろうか。

ところで、オーストラリアでは、2013年7月より、大規模な改革に基づく新たな障害者福祉制度DisabilityCare Australiaが全州にわたって施行される。クィーンズランド州での実施は少し先になる予定とのことであるが、今後は本人にケアの経費が渡されるようになり、より“利用者中心”に移行することになる。脳損傷のある人たちの適切なケアに反映されるためには、障害が的確にアセスメントされる必要があり、それに向けた働きが必要であると、シナプスは強調している。

(おがわよしみち 神奈川工科大学教授)


(追記)

今回のシナプス再来日におけるセミナーの配布資料、およびシナプス2011年度年次報告書(日本語版)の残部がありますので、ご希望の方は次のメールアドレスにご連絡ください。ogawa@rm.kanagawa-it.ac.jp