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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年10月号

列島縦断ネットワーキング【宮城】

「六丁目農園」は雇用創出とおいしい食を提供します。

渡部哲也

義弟の事故がきっかけ

約20年前、義弟が交通事故に遭い3か月間集中治療室に入院しましたが、奇跡的に助かりました。でも、退院しても感情のコントロールができなくなり、ささいなことにも我慢ができず、家族に暴言を吐いたり暴れることが多くなりました。高次脳機能障害でした。その窮状は言葉には表せないほどでした。この病気がまだ知られていない時代です。私は義弟を見ていて、彼のために、障害のある人のために何ができるだろうかと模索していました。地域でボランティアをしたり、働いたり自営を始めたりしているうちに、人を育てることが好きになっていきました。義弟のような思いどおり働けない人のための職場環境を作ろうとインスピレーションが走り、本気で目指そうと思いました。これが障害者雇用に参入することになったきっかけです。

4年前、障害者を一定期間預かる「職親制度」を使った「たい焼き屋」で、6人の障害のある人の職業訓練を始めました。その後、牛タン店、石釜パン店、移動販売、農園管理などで障害者雇用をすすめていきました。たい焼き屋で働いていた堀籠達さんは、38歳の発達障害者です。働く前は、うまく環境に順応できず、「親のせいで自分はこうなった」と家庭内では暴れる日常でした。働き始めた当初も、無断欠勤、さぼる、暴れる、集中できないなど、近所でも有名でした。その彼が、たい焼き屋で忙しく働くこと、仕事を任せられることで見違えるようになっていきました。今は家を出てひとり暮らしをしています。

その後、多くの福祉施設を見学して驚きました。「みんなが生き生きと働いているようには見えない」と感じ、たい焼き屋での経験から、障害者がやりがいを持って生き生き働ける場を作りたいと思いました。私は福祉の勉強をしてきたわけではありませんが、障害者雇用を始めて、「適材適所で働きがいを感じると、ちゃんと能力を発揮できる」と確信しました。

障害のある子の親も一緒に働く

2010年に株式会社アップルファームを設立。それまでの障害者雇用の実績が評価され、宮城県の障害福祉サービス事業所として認可されました。仙台東インターチェンジ近く、バイキングスタイルの自然派ビュッフェレストラン「六丁目農園」がその名前です。ガラス張りの明るい店内には、手作りにこだわった体にやさしい60種類もの料理が並びます。中央にはガラス張りの水耕栽培のプランターが置かれ、ハーブ類が栽培されています。味はもちろんですが、料理を作っているのも、並べているのも障害のある人たちです。

オープンは2010年11月。ランチタイムだけの営業ですが、その話題性とおいしさが評判になり、連日予約でいっぱいです。「六丁目農園」は、就労移行支援と就労継続支援A型、B型事業所です。A型で30人、就労移行で10人、障害のない社員が25人働いています。A型では全員、最低賃金以上で雇用しています。ここでは障害のある社員を「クルー」、障害のない社員を「メイト」と呼んでいます。メイトさんの多くは、障害のある子どものお母さんや家族なので、障害のことをよく理解をしている人が多いです。

雇用効率が良いビュッフェ

「六丁目農園」では、お客様は食べたい料理を好きなだけ食べ、帰りたい時に帰っていくので、自分たちのペースで料理作りに専念できます。障害のある人たちの能力を最大限に発揮させて効率よく雇用することを考えて、バイキングスタイルのビュッフェレストランにたどり着きました。

また、扱う野菜にもポイントを置きました。自社の畑もありますが、提携農家から味と質はいいのに売れない、形の悪い野菜を仕入れます。それは農家の収入アップと安定にもつながります。野菜を刻むスライサーなどは使いません。障害のある社員が包丁で丁寧に刻みます。「器具で、そろった細さに刻まれたものよりはるかにおいしい」と料理長の桜井英輝は自信を持っています。

この穏やかな桜井料理長はアスペルガー症候群です。彼は料理センスが抜群に良いのですが周りの人にペースを合わせられず、ストレスで6か月以上勤めることができませんでしたが、当社では4年目になる大黒柱です。たい焼き屋で働いていた堀籠さんは、今は「六丁目農園」の石窯でおいしいピザを焼いています。お客様は、この2人が障害のある人だとは本人に言われて分かったぐらいで、障害を感じさせません。最初はおどおどしていますが、仕事を覚え自信が持てるようになると表情も豊かになり、一端の職人のような振る舞いになるから不思議ですね。

ホールでデザートを並べている今泉朝会さんは、軽い知的障害のある笑顔の素敵な女性です。障害者雇用で定評のある衣料品店で働いていましたが、体調を悪くして退職しました。それから数年引きこもりになってしまいましたが、縁あって入社しました。当初はフラッシュバックが頻繁におきて何度となく出社できない時がありましたが、今では休むこともなく一生働きたいと言ってくれる大切なスタッフに成長しました。

このように、クルーの多くは我々と出会う前は、能力があっても就労環境が合わないばかりに人としての最大の喜び「仕事を通して社会から必要とされている実感」を得ることができなかっただけなのです。

「六丁目農園」には69の客席があります。ランチ料金は、中学生以上1650円、65歳以上のシニア1450円、小学生1050円、幼児515円、3歳以下は無料というシステムです。

6次産業化で雇用創出を

東日本大震災の時のことは今でも鮮明に覚えています。店内のあらゆるものが壊れました。レストランは海から3.5キロですが、幸い海側に高速道路の土手があり、津波が1メートル手前で止まってくれました。オープンして4か月で、これからさらなる展開を模索していた時の大震災でした。レストランが入るビルには自家発電の設備があり、周辺住民の緊急避難場所となりました。店内の食糧を利用して障害者を含めたスタッフ全員で炊き出しを行いました。ぽつんと灯る「六丁目農園」の明かりを目指して真っ暗ななか周辺の皆さんは来られたのでしょう。

「六丁目農園」は、大震災の1か月後の4月9日に営業を再開しました。しかし、余震のなかでの営業で、震災前には1日に110人以上あったお客が激減しました。徐々にお客が戻り始め、今では震災前以上の利用客になりました。

今回の大震災で6次産業の強みが分かりました。「6次産業化(1次×2次×3次)のベースは労働力。そこを高齢者、障害者、そして震災で職を失った人を中心に100人の雇用創出の場にしたい」と、ロクファームアタラタという商業施設を建設して、9月29日オープンを迎えました。ここでは、そば居酒屋、ビュッフェレストラン、ベーカリー、キッチンスタジオでの就労を行います。

最後に

今後は直営施設だけではなく、一般企業の障害者雇用率アップのため、福祉施設のやりがいと工賃アップのためのコンサルティングも行なっていきます。そこで得たお金は、NPO法人などへの無償のコンサルティングの活動費にしようと考えています。

これからの福祉業界は淘汰の時代に入ってくると私は考えています。障害のある方にやりがいと生きがいの提供ができている事業所なのかどうかという部分で淘汰されていくはずです。福祉業界の経営者層では、障がいのある方が主役だという認識をしていないと思うことがよくあります。企業経営というのは、まずどんな事業をすれば世の中のためになるかがあり、その活動から利益が生まれます。そこから人件費や事業にかかる経費等を引き、最後に残った分が社長や役員の給与になるのが常識です。赤字もあります。福祉業界はこれが逆のような気がします。経営の緊張感が全然無く感じます。障害者は働けない者として支援しているようにさえ感じることさえあります。働く人がいて、その成果を喜んでくれる人がいる。この2つの満足がないと継続的利益は生まれません。福祉だからといって、商品とサービスに妥協しては主役である当事者たちの本当の喜びは得られないと私は強く思います。

(わたなべてつや 株式会社アップルファーム代表取締役)