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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年12月号

サイドイベントの報告

地域と権利に根ざした障害インクルーシブな開発

森壮也

このほど、2013年9月23日の月曜、国連NY本部にて、『障害と開発に関する国連総会政府間ハイレベル会合』が開催された。

本稿では、日本の障害当事者の皆さんもよくご存じの国連障害者の権利条約の国際的な意義を理解するためにも、この会合の意義を改めて説明したい。

国連は、ご存じのように世界で2013年現在193か国が加盟しているが、その多くは開発途上国である。常任理事国などの要職は、先進国が占めているが、現在、総会での投票権は基本的に各国に平等に1票ずつが割り当てられていることを考えると、開発途上国の動向を無視して国連を語ることはできないと言って良い。障害者の権利条約も同じである。提案したのは開発途上国であるメキシコであり、障害という言葉は、「貧困と社会的排除」の文脈の中で登場したのである(長瀬、2008)。

ここで忘れてはならないのは、2000年に採択されたミレニアム開発目標(MDGs)である。これは2015年までに世界の貧困を半分にすることなど、8つの目標を掲げていた。ところが、この目標には、実は障害者への言及がなかったのである。このため、障害者が最後の貧困者となってしまうことのないよう、国連は翌年からすぐに動き始め、2008年には総会で、MDGsを実効あるものにするためには障害者も包摂して考えるという決議をするに至っている。この少し前、2006年に採択されたのが、障害者の権利条約である。すなわち、障害者の権利条約の主旨は、国連の中では、まず開発途上国の貧困削減において、障害者の問題も一緒に考えるというところにあった。

こういった文脈の中で、2015年のMDGsの最終年を迎える前に障害者のMDGsへの包摂をどのような形で進めていくのか、それが今回のハイレベル会合の最大の議題であったと言って良い。今回のハイレベル会合(HLM)では、米国もケリー国務長官、日本も岸田外務大臣を送り込み、各国それぞれ「障害と開発」に関する取り組みと、国連での今後の取り組みについて報告を行なった。開会の時には、スティービー・ワンダーも登場している。

このHLMでは、午前と午後の時間の合間に多くの各国政府主催のサイドイベントが開催された。そのうち、日本政府がタイ政府および国連経済社会局と共催したのが、「コミュニティに根ざした権利ベースによる障害包摂的な開発」と題された企画である。

同企画では、タイのホンサクン社会開発・人間安全保障相の開会の挨拶を皮切りに、国連障害特別報告者シュワイブ・チャルクレン氏(南ア)、上院議員・APCD顧問のモンティアン・ブンタン氏(タイ)、WHOのアラナ・マーガレット・オフィサー氏、国連経済社会局伊東亜紀子担当官、そして日本からは筆者(JETROアジア経済研究所)が、それぞれ報告と議論を、ブンナー元タイ外相の司会のもと、行なった。

それぞれの報告の骨子を簡単に紹介すると、以下のとおりである。シュワイブ氏は、障害包摂的な開発を進めるため、人権ベースの障害と開発へのアプローチをアフリカで適用するにあたっての課題について述べた。各国ごとの実施能力、アフリカ連合(AU)を中心とした実施母体の制度的な能力、リソースの不足、障害当事者団体の参加が少ない状況、政府の取り組みが消極的な状況、権利条約をはじめとした国際的な状況や新政策についての啓蒙が不足している状況が、アフリカで見られることが指摘された。

次のモンティアン氏の報告は、どのようにしてボトムアップで権利条約を有効なものにしていくかについてのものだった。タイにおいては、権利条約に従った国内法(2007/2013年障害者エンパワメント法、2008/2013年障害者教育法等)が整備され、行政制度も整い、障害エンパワメント計画も包括的な形で国レベル、地域レベル、地方レベルで整ってきている。政府も積極的で、経済的/技術的/人的資源の投入が見られること、あらゆる側面での障害者の参加が進んできていること、障害当事者団体も強力になってきているといった条件が整いつつあることが紹介された。また、APCDのように日本とタイの政府間協力が実ってきていることも紹介され、草の根レベルから始め、良例を作り上げるような実践が今こそ、タイから発信されるべきであると強調した。

WHOのオフィサー氏は、障害者にも開発のイニシアチブが届くべきであるとして、コミュニティに根ざしたリハビリテーション(CBR)をメインにすることこそが、人権と開発とを同時に達成可能なツールであるとした。現在、CBRは世界90か国以上で行われ、地域的なネットワークを活用した形では82か国で実践があるという。残る課題として、CBRのモニタリングと評価があり、そのためには、CBRマトリックスが有効であるという主張を行なった。

次に、国連本部の権利条約事務局を代表して伊東氏が、CBRはフレームワークとメカニズムの双方の側面を持つ開発全般を障害包摂的なものにするための戦略であると述べた。また、多くの国にその国民の権利を保障する憲法があるにもかかわらず障害者がそれを享受できないでいるのは、アクセシビリティに問題があるとし、権利条約においてはアクセシビリティが鍵となることを改めて強調した。アクセシビリティは、まず第一にそれ自体が目的であること、第二にアクセシブルな環境の整備こそが諸サービスへのアクセスを保障すること、第三にアクセシビリティは、人権にアクセスするためのツールであるとした。こうしたアクセシビリティ保障のためにはCBRが有効であり、CBRなくして権利条約の有効な実施はないとして、それへの加盟国への支援を同氏は訴えた。

最後に筆者が、障害統計の重要性について論じた。各国での障害統計の多くはいまだ、障害者比率にとどまっているが、貧困削減のためには、生計調査のような障害者の貧困データを統計学的にも信頼できる形で集める必要があること、それは、公共政策を策定する側にとっても大きな助けとなることを強調した。フィリピンでの実際の障害者生計調査の経験と結果から、障害者の貧困率が一般の貧困率をはるかに上回る状況であることを示し、MDGs、またポストMDGsのためにも障害統計が大事であることを示した。また障害者生計調査のような調査では、政府、障害当事者団体、開発専門家などが障害コミュニティと協力してデータを作成することが重要であることも指摘した。

以上が各報告の骨子であるが、同企画には、欧州議会のろう議員アダム・コーサ氏、国連ESCAPの秋山愛子氏、日本の国際協力機関JICAの久野研二障害専門家も参加するなど、サイドイベントとしては80人を超す参加者があったことは異例であった。地域もアジアからアフリカ、欧州など多地域からの参加があり、骨子を紹介した4人の報告後も、秋山氏の障害統計の重要性を支持する発言など活発な質疑・応答が繰り広げられた。最後に、日本の新美国連大使(総合政策局参事官)が閉会の挨拶をされた。

現在、日本の障害者権利条約批准のための提案も国会に提出され、実際の批准が視野に入ってきている。MDGsの最終目標年の2015年を2年後に控え、ポストMDGsについての議論が盛んになってきた現在、改めて世界の貧困削減のために障害者の権利条約を有効なツールとしていくための方法、また、ポストMDGsには障害を忘れずに盛り込んでいくための方法やツールについての議論が、ますます必須のものとなってきている。依然として、貧困の問題が大きいアフリカやアジアの一部の国々などで、障害者を最後の貧困者にしないための努力が今こそ必要であることを改めて感じさせられたサイドイベントであった。

(もりそうや JETROアジア経済研究所開発研究センター主任調査研究員)


【参考文献】

・長瀬修(2008)「障害者の権利条約における障害と開発・国際協力」森壮也編『障害と開発―途上国の障害当事者と社会』アジ研研究双書No567、アジア経済研究所