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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年12月号

報告

第36回総合リハビリテーション研究大会

河合隆平

2013年10月12~13日、石川県金沢市の石川県文教会館において第36回総合リハビリテーション研究大会が開催され、約180人が参加した。本研究大会は第33回(2010年)から第35回(2012年)にかけて、総合リハビリテーションの「新生」をテーマに議論を重ねてきた。

今大会は「新生総合リハビリテーションの深化」をテーマに掲げ、「総合リハビリテーション」のいう「総合」に込められた理念の具現化を目指して、「当事者の主体性と専門家の専門性」をサブテーマに据えた。すなわち、「当事者の自己決定を活かして、当事者には主体性を求め、これを支えるための専門知識と技術の活かし方を掘り下げることで、専門家には、これまで細分化されて蓄積された知識と技術の体系を、当事者の自己実現に向けてさらに有効なものへとなるように再構築する」(開催趣旨)ことが今大会の目指すところであった。開催地実行委員の立場から、今大会を通じてこれらの趣旨がいかに議論され、どこまで共有されたのかを報告させていただく。

1日目は「障害者をめぐる動向」と題する特別報告から始まった。障害者権利条約の批准を目前に、障害者施策に関する国内法整備が活発化している日本の現状を踏まえて、松井亮輔氏からはWHO、ESCAPなどの国連専門機関を中心とした国際動向、とりわけアジア太平洋地域の取り組みについて、藤井克徳氏からは障がい者制度改革推進会議から障害者政策委員会に至る国内の制度改革の動向と条約批准に向けた課題がそれぞれ報告された。見通しよく整理された特別報告は、障害者権利条約として結実する障害のある場合の権利保障の歴史と現在を通して、総合リハの根本理念を再確認するものであり、大会の議論の前提として位置づくものであった。

これを受けて講演1では、井上英夫氏が「権利の保障と擁護の仕組みを地域でつくる」をテーマに話された。井上氏は、震災・原発事故、貧困、戦争と幅広い視野から、人間の尊厳や権利が侵害される状況と「固有のニーズ」を持つ人びとへの人権保障の努力を紹介しつつ、「人権の担い手」としての専門職の責務について問題提起された。自由権と社会権のトレードオフや序列化という危険性にも目配りしながら、当事者の主体性や自己決定をいかに支えるのかは大きな問題である。専門職が「本人中心」の理念を実践化していくための具体的な方策と課題を整理するうえで有意義な講演であった。

午後は、上田敏氏と吉川一義氏による基調対談というユニークな試みを通じて、「総合リハビリテーションの深化」という大会テーマの意味と方向性が確認された。上田氏は半世紀にわたるリハビリテーションの歴史における「サービス中心」から「当事者中心」への変遷について話された。これを受けて吉川氏は、学習理論の動向などを踏まえて、教育領域における当事者重視というパラダイムシフトと実践現場でのその具現化の困難さについて話された。両氏の提議とやりとりを通じて、本人の自己決定を支える総合リハの実践の蓄積と専門性の再構築という今大会を通奏する課題が浮かび上がった。

講演2では、遅塚昭彦氏が「障害者政策の動向:自立支援法から総合支援法へ」と題して、「計画相談支援」にまつわる全国的な現状と課題を話された。相談支援事業は障害者サービスの中核に位置づくものであり、本人の願いや主体性を日常生活として具体化させていくために当事者性が最大限に尊重されるべきものといえる。講演に対して相談支援事業に携わる参加者からも、本人の意思決定や意志表出に対する支援を具体的にどう進めるかを中心に多くの質問が寄せられた。

1日目は、総じて「本人中心」という理念を思想・歴史、制度の水準において再確認するプログラムとなった。これを受けて2日目は分科会形式ではなく、全体シンポジウムにより総合リハの具現化に向けた課題の整理と共有が図られた。

午前中のシンポジウム第1部「「自己実現」を支える総合リハビリテーション」(座長:松矢勝宏氏、阿部一彦氏)では、現在、大学3年生の永野椎奈さん(金沢大学3年生、中学1年時に脊椎損傷となる)と彼女を支援した特別支援学校教員(杉江哲治氏、橋美由紀氏)をパネリストに迎えて、受傷から現在までのライフヒストリーを軸に、本人の自己決定や進路選択がどのようになされてきたのか、その過程で専門家がいかに支援してきたのかを話していただき、矢本聡氏(仙台市泉区保健福祉センター)、木村伸也氏(愛知医科大学)より福祉と医療の立場から指定討論をお願いした。

ここで本人の了解を得て、シンポジウムを終えた永野さんの声を一部紹介させていただきたい。

話をするに当たって、自分の今まで生きてきた人生を振り返る作業から始まりました。今回のテーマである「主体性」と「専門性」に焦点を当てて振り返るなか、当時は何となく行なっていた専門家と言われる方々とのやり取りでしたが、今思えば「もっと説明がほしかった」「私の話をもっと聞いてほしかった」と感じていたと気付きました。これまでたくさんの方々に支えてきていただいて、とても感謝しています。ただ、これまではほとんど受け身だったので、ちゃんと納得したことはなかったと思います。私の気持ちをきちんと聞いてもらえないままいろいろなことが進んでいったので、本当の信頼関係を築くのが難しかったのかもしれません。

筆者もシンポジストとして参加させていただいたが、永野さんのこれまでの経験と現在を通じて確認されたことは、本人が主体性を発揮するためにも、専門家には本人の生活世界における経験を共有しながら、その時々の本人の内面の変化を本人と共に捉えることが求められるということである。

今回、シンポジウムそのものが永野さんにとって自己省察という教育的意味をもったことは言うまでもないが、こうして本人の状況と内面を共有する機会を設定し、そこでの事例を検討・蓄積していくことが、総合リハの具体化に不可欠であるということを参加者が実感できたのではないだろうか。「当事者の主体性と専門家の専門性」のありようを問う場合、当事者を抜きには語れない。今後、議論への当事者の参加がいっそう進むことが期待される。

午後のシンポジウム第2部「よりよい総合リハビリテーションの到達点を求めて」(座長:大川弥生氏、伊藤利之氏)では、職業(沖山稚子氏)、医療(高岡徹氏)、看護(泉キヨ子氏)、介護(舟田伸司氏)、工学(山内繁氏)、教育(吉川一義氏)の各領域からの話題提供をもとに、今大会の総括的な議論がなされた。時間の都合上、十分な議論が展開されず残念であったが、関連領域が一堂に会し領域を超えて討議することで、各領域の共通性と固有性を踏まえた「総合リハビリテーション」としての専門性の鍛え上げが進んでいくのではないかと思われた。各領域で求められる知識や技術が高度に細分化されていくが故に、「当事者中心」という理念に立ち返って、専門領域を超えた討議と恊働がいっそう重要になってくる。本研究大会の意義は、そうした場と機会を用意することにあるということを再認識させられた。

総合リハの「深化」というテーマは、次年の仙台大会にも引き継がれると聞いている。

耐えざる理念の確認と事例・実践の蓄積という作業に、各専門領域が継続的に参加していくことを通じて「本人中心」であることの具体像への接近が進むものと思われる。このことを踏まえて開催地の私たちにも、大会運営を通じて形成されたネットワークを拡充していくことが求められている。

(かわいりゅうへい 金沢大学人間社会研究域学校教育系)