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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

高齢障害者と介護保険

島村八重子

1 はじめに

私は、全国マイケアプラン・ネットワークという市民団体を主宰している。

全国マイケアプラン・ネットワークは、介護保険を利用する際に作成するケアプランをケアマネジャーに依頼せず、自分あるいは家族で立てている利用者(自己作成者)たちのネットワークとして、2001年(平成13年)9月に発足した市民団体である。

介護保険発足当初から、要介護認定を受けると「次はケアマネジャーを選んでください」という行政からの誘導に従って、ほとんどの利用者はケアマネジャーにケアプラン作成を依頼している。しかし、介護保険発足当時、たまたま自己作成という道があることを知っていて、自己作成を選んだ利用者もいた。私もそのうちの一人である。

義母が要介護1となり、それまでの義母の暮らしや価値観、これからの望みを具現化するケアプランを立てたいと思ったこと、義母もそれを望んだという経緯があって自己作成を選んだ。

しかし自己作成を選んだものの、自己作成について自治体の準備は皆無と言ってもいいほどであった。

そこで、今、道がないのであれば自分たちで道を創ろう、そうした思いで立ち上がったのが、「全国マイケアプラン・ネットワーク」である。

ただ活動の過程で、自己作成にこだわらずケアマネジャーに依頼したとしても、これまでの生き方や、これからどんな暮らしを望むのかを考えて、主体的にケアプランを立てることが大切だという考え方に軸足を移している。

会員には、障害者の制度を使ってきて、介護保険制度を申請し介護保険のケアプランを考えている人もいる。

私は、障害者の制度については詳しくないが、こうした人たちのさまざまな事例を見聞きしてきた。そこで感じていることについて述べてみたいと思う。

2 障害者制度と介護保険制度の位置づけ

障害者の制度を利用しながら暮らしてきた人が介護保険の対象者となった場合、原則として介護保険制度のサービス利用への移行が促される。

障害者が介護保険の対象となる場合として二つのパターンがある。

一つは、65歳になり、介護保険の第一号被保険者になった場合。もう一つは、障害のもととなる疾病が、介護保険法に定められた第二号被保険者(40歳~64歳)が介護保険を利用する条件となっている、老化に起因した16の特定疾病に該当する場合である。

16の特定疾病とは、以下のとおりである。

  1. 末期がん(医師が、一般に認められている医学的知見に基づき、回復の見込みがない状態に至ったと判断したもの)
  2. 筋萎縮性側索硬化症
  3. 後縦靭帯骨化症
  4. 骨折を伴う骨粗しょう症
  5. 多系統萎縮症
  6. 初老期における認知症
  7. 脊髄小脳変性症
  8. 脊柱管狭窄症
  9. 早老症
  10. 糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症および糖尿病性網膜症
  11. 脳血管疾患(外傷性を除く)
  12. 進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症およびパーキンソン病
  13. 閉塞性動脈硬化症
  14. 関節リウマチ
  15. 慢性閉塞性肺疾患
  16. 両側の膝関節または股関節に著しい変形を伴う変形性関節症

ただし、介護保険制度の認定を受けると障害者サービスは使えないかというとそうではない。介護保険サービスが優先であるが、

1.介護保険制度の支給限度額を超えてしまう場合

2.介護保険制度には位置づけられていないサービスを利用する場合

は、障害者制度も利用できることになっている。

それなら問題はないだろう、と思うのは早計である。

3 「自立」のとらえ方について

介護保険制度も、障害者制度も、利用者の自立を支援する制度である。しかし、「自立」のとらえ方が一致していない。というより、介護保険制度において「自立」についての議論が浅いと感じる。

障害者の分野では、国連の障害者権利条約に沿った形で合理的配慮によって、その人のニーズに沿って一律でない支援を提供する方向に向かっているという。

その人がどうしたいかを実現させるために支援するのが障害者分野の自立支援。身体機能の自立というより、日常生活を送るうえでの自立であり、究極の自立は助けを借りながら社会参加する姿である。

一方で、高齢者の分野では、「自立」についてさまざまな考えが混在している。そうしたなかで介護保険制度における「自立」とは、他者の手を借りないことというイメージだ。究極の自立は、一人で誰の助けも借りずに自己完結する姿である。

たとえば、ボタンを自力ではめることが難しくなっている人が、散歩に行く前に服を着替えるとする。その人が自分でボタンをかけられるようにする、というのが介護保険でいう自立支援のイメージだ。ボタンかけを自分でやると長い時間がかかって、結果として散歩の時間がほんの少しになったとしても、自分でボタンをはめることができることを自立ととらえるからである。

その人が、「ボタンをかける」ことよりも、「散歩に行く」ことを望むならば、ボタンをかけるところはヘルパーが代行して散歩を楽しむ方が、むしろ「その人にとっての自立」に資すると思うのは私だけだろうか…。

障害者がこれまでと同じつもりで介護保険制度を利用し始めたら、異なった観点での支援になる…。これは絶望的なカルチャーショックであり、大きなストレスとなるだろう。

私は、これがいちばんの問題だと感じている。

4 介護保険サービスの実態

「自立」の議論が十分でないことの顕(あらわ)れは訪問介護サービスの生活援助に見ることができる。援助の先にある「その人にとっての自立」を考えないため、援助の行為そのものに一律に「できること」と「できないこと」が規定されているのである。

介護保険サービスのヘルパー(生活援助)で、ヘルパーができることとできないことを表にした。こんなに細かく指示されては、現場の頭で考えることができなくなる。職務として提供できないことを、「できない」と断るヘルパーもあればボランティア精神で提供するヘルパーもある。その裏事情が利用者には理解できていない場合も多く、むしろ混乱のもととなっている。

できること できないこと
  • 一般的な調理
  • 配膳や下膳
  • 後片付け
  • 食品の管理
  • おかゆや刻み食の管理
  • 時間のかかる調理
  • 特別なごちそう(おせち料理など)
  • 治療食の調理
  • 利用者以外の人の調理
  • 日常的な洗濯、取り込みなど
  • 小物のアイロンかけ
  • 簡単な衣服の補修
  • 家庭用の洗濯機で洗えないようなものやドライクリーニングが必要な洗濯
  • 利用者以外の家族の衣料の洗濯
  • 日常生活に使用している場所の清掃
  • 日常生活用品の整理整頓
  • 寝具やシーツなどの交換
  • 布団干し
  • ゴミ捨て
  • 家族との共有スペースや家族の部屋
  • 普段使わない部屋の掃除
  • 大掃除
  • 大きな家具の移動
  • 修理、大工仕事
  • 庭掃除、草むしり、植木の手入れ、洗車
  • 生活必需品の買い物代行
  • コンビニや銀行での振込用紙を使っての振込代行
  • 商品名が確認できる市販薬の買い物代行
  • 利用者以外の人が使うものの購入
  • 贈答品の買い物
  • 商品名がはっきりしない市販薬の買い物代行
  • 遠距離やデパートへの買い物
  • 薬の受け取り
  • ペットの世話
  • 金銭や貴重品の管理
  • 預貯金の引きおろし代行
  • 来客の代行
  • ヘルパーが自分の車を運転しての送迎
  • 救急車への同乗
  • 人工透析中の付き添い介助、受診中の付き添い
  • 入院中から転院のための付き添い介助

「訪問介護サービス」というひとくくりで考えると、障害者の制度での訪問介護は併用できないことになる。しかし、援助内容をこうして細かく見ると、介護保険の訪問介護サービスは障害者の重度訪問介護と同じとは言えないだろう。介護保険にはないサービスとして、障害者の訪問介護を利用する、という考え方が妥当ではないだろうか。

現に、自己作成でケアプランをつくりながら介護保険と障害者のサービスを両方使っている会員は、自分のニーズを明らかにして交渉し、介護保険のヘルパーではやってもらえないことを障害者サービスのヘルパーにやってもらっている。

「自立」のとらえ方については、障害者分野での「自立」をそのまま介護保険制度にも当てはめるべきだし、その方が利用者のエンパワメントにつながるはずだ。

5 迷走する介護保険

とりあえずやってみて、走りながら考えると言われながら介護保険法が始まって約14年。具合の悪い個所を微調整しながら走った結果、現在の介護保険制度は複雑極まりない状態になっている。

介護保険制度だけを使う場合ですら細かい区分に当惑するのに、そこへ障害者制度を使うとなると、複雑さに拍車がかかる。

ケアマネジャーは、介護保険法の中に位置付けられており介護保険に関しての勉強はするが、障害者の制度に関しては詳しいケアマネジャーとそうでないケアマネジャーに大きな差が生まれる。詳しくないケアマネジャーに当たった場合は悲劇である。

障害者総合支援法ではケアプランを立てることになるようであるが、障害者こそ、ケアプランは自己作成でと思う。そうすれば、介護保険制度と障害者の制度の両方が見渡せるようになるし、高齢者になり介護保険の対象となった場合でも、継続性をもって移行できる。

そして、自らの本来の自立に向けたケアプランを立ててみせることで、混乱した介護保険制度の方向を正し、障害者のサービスを保持してもらいたいと思う。

6 一般的な高齢者の意識

現在の一般的な要介護高齢者は、中途障害者であると言える。障害者としては新参者である。加齢によって、できていたことがだんだんとできなくなってくるわけで、少なからぬ喪失感を持っている。

介護保険制度を利用している人の圧倒的な大多数がこうした高齢者であるとすると、制度に対してものを言う力を持っている人が少ないのもうなずける。

高齢になって障害をもち、介護保険制度を利用しながら障害者手帳を申請する高齢者はあるが、そもそもの入り口が介護保険制度なので、サービスに多くを望まない傾向がある。自己実現というより、一歩引いた意識を持っており、先に述べた生活援助の事例でも、これ以上のものを求めるという発想が障害者より薄いと思う。

「年寄りに自己実現はワガママ」という風潮が見え隠れする。

私が危惧するのは、圧倒的多数の「高齢になってからの障害者」の、こうした意識が、高齢になってからの障害者サービスを後退させてしまうのではないかということである。

7 これからの方向性

ただ、これからの高齢者は少なからず変わってくると思う。介護保険制度が発足してから14年が経過しているが、当初に比べて制度理解は深まっている。また、戦後生まれ、なかんずく自己を主張することが身に付いている団塊の世代が介護保険の利用者になれば、受け身ではなく自己がどうしたいかを表すことができる利用者となってくるだろう。いやむしろ、これからの高齢者は、新参者の障害者になっても人生の最期まで自己実現をしながら生きるということを考え、そのために、自分ができることやどんな支援が必要なのかを考えるようにならなければいけないと思う。

これは長期的な目で見れば逼迫した財政にとっても有効だと考える。どんなふうに支援をしてほしいかを伝えられることは、自分でどこまでできるかを考えることであり、介護保険で起こりがちの事業者都合の無意味なサービスを抑えることにつながるからだ。

「障害者が高齢になる」というより、「みんなが高齢になって障害をもつ」という視点で、今後の制度設計を考えることはできないだろうか。そして、最期まで、合理的配慮に基づいての一人ひとりの自立に向かっての支援を提供することが、これから進むべき方向だと思う。

(しまむらやえこ 全国マイケアプラン・ネットワーク代表)