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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

列島縦断ネットワーキング【静岡】

高次脳機能障害者支援
―就労から生活支援まで―

建木健

えんしゅう生活支援net設立経緯

私は大学教員として作業療法士を育てる仕事をしています。以前、総合病院で作業療法士として臨床を経験するなかで見えない障害といわれている高次脳機能障害の症状をもつことで、本人、家族が受傷後、いかに失望に耐え、不安や孤独を抱え生活をしていくことになるかを感じてきました。しかし将来、支援者になり得る学生たちにどう伝えていくか、伝えていくことの限界を感じていた時、直接当事者の声を聞けたなら、高次脳機能障害者や家族の抱える課題や苦悩を実感できるのではないか、そして、関わり方も模索できるのではないかと思っていました。

そんな時、タイミングよく脳外傷友の会しずおかの協力を得ることができ、授業の中で体験談をお話しいただくことになりました。語りに耳を傾けていくことを重ねるうちに、幾度となく当事者や家族の方が訴えていたことが脳裏から離れませんでした。それは「日常的に感じる社会での生きづらさ」と「日中の居場所がない」ということでした。周囲からは怠け者になった、わがままになったなど誤解を受け、働きたくても働けない状況であることは理解されず、当事者をサポートしている家族の苦悩も想像以上でした。

そこで、平成22年度の聖隷クリストファー大学の研究として「高次脳機能障害特化型デイケアの模索」と題し、日中の居場所づくりとして、デイケアを3か月の期間設定で実施しました。利用者は、脳外傷友の会メンバーを中心に10人ほどがすぐに集まりました。また、ボランティアスタッフとして教員と学生も加わり、ピアな関係や当事者支援者間の信頼関係ができてくる中で、個々が有意義な時間を共有できたことを思い出します。

研究という位置付けで期間的にはあっという間でしたが、体験後のアンケートやインタビューの結果、継続希望が多く聞かれました。医療や福祉など既存の公的サービスでは当事者家族の悩みを打開できず、また、一般社会への参加も手が届きそうで届かない、地域生活への適応に難渋しサービスのすき間に埋もれてしまっているケースを垣間見る経験でした。

参加者の希望に沿い、また可能性の模索に興味を持ちさらに3か月、トータル半年間の研究事業の経験を持ち効果を実感しました。しかし、継続希望があっても研究助成としての立場で、これ以上の継続的支援は困難でした。支援事業の必要性は立証できたため、社会的責任を持ち、継続的に支援するという意図を持って、平成23年4月に、特定非営利活動法人えんしゅう生活支援netの立ち上げを行いました。当事者の声に耳を傾けたこと、体験による各々の可能性を感じたことが後押しとなり「えんしゅう生活支援net」は産声を上げました。障害者自立支援法(現:障害者総合支援法)に基づく高次脳機能障害を専門とした支援体系にし、作業療法士を中心とする専門集団によるサポート体制ができました。

開設に当たり苦労した点

福祉施設の開設に当たり、いくつかの試練もありました。まずは、行政が高次脳機能障害についての認識が薄く、地域社会にどれだけの高次脳機能障害者がいるか分からないという理由で、「ニーズはないのではないか」「病院でリハビリを受けているから必要ないのではないか」などの意見があり、申請許可をいただくまでに大変苦労しました。開設手続きをとるためのデータ集めや研究事業で得た資料を加えて提示し、理解を得ました。当時は、全国的に高次脳機能障害者の実態調査は障害のとらえにくさから、福岡市と東京都のみの調査資料しかない現状でした。

目指していること・大切にしていること

このような社会背景のなか、社会的にはまだまだ認知されておらず、見えにくい障害といわれる高次脳機能障害に対しての支援機関としては、静岡県下では初となる「生活訓練・就労移行支援 ワークセンター大きな木」を平成23年7月に開所しました。コンセプトは「医療から福祉へのシームレスなサービスの提供」と「利用者自身の障がいへの気付きを促すこと」です。発病または受傷したことで生きづらさを感じ、長期にわたって引きこもりを余儀なくされている方々に時々遭遇しますが、回り道をせず、社会とのつながりを持ちながら新たな人生の再出発を送れるよう支援していくことは私たちの使命だと感じています。

また、病識希薄な面は大なり小なりありますが、己について知ることはその後の対処方法を学ぶきっかけになります。個人の責任ではなく、脳の器質的変化の中で起こってきた高次脳機能障害を受け止め、症状に対しては対策を立て、トラブルに発展しない工夫をすること、そして自身の強みを生かしていく力を身につけていくことをサポートすることは、支援の視点として忘れてはならない点だと感じています。

大切にしている取り組みとして、ネットワーク作りがあります。法人としても福祉事業所としても若い組織集団です。前述したように、シームレスなサービス提供を念頭に置いた場合、連携は不可欠です、しかし、現実には医療と福祉、福祉と企業との間には障がいの理解や合理的配慮などさまざまな部分において温度差があります、私たちは病院への受診同行や企業訪問、各種専門機関など関連機関との連携に力を入れています。

主な事業

家庭生活(金銭管理、生活リズム、調理など)から社会参加(公共交通機関の利用、余暇、就労)までの地域移行支援を行なっており、障害者総合支援法のもと「生活訓練」「就労移行支援」を行なっています。また、平成23年9月よりインフォーマルなサービスの就労定着支援として、高次脳機能障害がありながら働いている方々が夜に集まり、仕事の悩みや相談、愚痴の言える場、仲間作りの場として「ナイトサロン」を実施し継続しています。現在は、法人のある浜松市と静岡市の2か所で一般の飲食店をお借りしており、どちらの集いも和気あいあいとした雰囲気で活動しています。悩みを打ち明ける人、アドバイスする人、体験から工夫したことを話す人、その語りを聞くうちに疑似体験し、自身の行動変容の試みに至るなどさまざまです。

ナイトサロンでは、作業療法士がプロボノ(プロのボランティア)として関わっています。また、平成24年5月からは新たに「就労移行支援・就労継続B型 ワークセンターふたば」を開設しました。こちらはLaLa Cafeという喫茶営業をしています。農業の6次産業化の追い風を受け、ワークセンター大きな木の就労研修先などを含め、地元農家との連携により加工品や地元野菜などを使用した食事を提供しています。また、イベントへの移動販売車での営業活動も行なっています。この支援を通して、働くための方略をみつけていけるような支援体制を整えています。

現状と課題、今後の展開

法人設立から3年目となり就職、復職し社会復帰したケースも着実に増えてきました。また、引きこもりから離脱し交流技能が向上しているなど、少しずつですが、地域移行へと支援する役割を果たせていると感じています。しかし、社会における高次脳機能障害の認識はまだまだ乏しいと感じることは多々あります。当事業所は高次脳機能障害専門支援機関として、社会に向けた啓発事業への参加は必要であり今後も参与していく方針です。また、プロフェッショナル集団としてスタッフ個々のスキルアップの充実を図ることは忘れてはならないと感じています。

高次脳機能障害といっても、症状には個人差があり、テーラーメイドの支援プログラムが必要です。想いを受け止め、また将来の希望を具体化し、目標に向けたプログラムを実施していくこと、そして、支援を行うなかで本人や家族の気持ちの変化をとらえ微調整していくことが求められます。見極める目、情報をキャッチできる耳、感じる心を持つための取り組みやスタッフ間のコミュニケーションを日々大事にしたいと思っています。

今後の課題は、高次脳機能障害者とその家族のために、子どもの高次脳機能障害者への支援(教育場面)や、自動車運転再開への支援、高次脳機能障害サポーター養成事業、高次脳機能障害専門ジョブコーチ事業などの展開も検討していきたいと考えています。

(たちきけん NPO法人えんしゅう生活支援net理事長)