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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年3月号

災害時における障がい者支援についての共通の課題
~台風30号と東日本大震災からの学び~

五十嵐豪

フィリピン時間2013年11月8日4時40分頃にフィリピン・サマール島に上陸した台風30号(国際名「ハイヤン」、現地名「ヨランダ」)は、フィリピン中部ビサヤ地方を横断し、広範囲に大きな被害を及ぼした。レイテ島北東部のタクロバンやその周辺地域では、6メートル近くの高潮も発生し、多くの犠牲者が出た。台風による死者・行方不明者は約8千人、被災者総数は1,400万人にも上り、現在も400万人を超す被災者が避難生活を続けている1)

明らかな被災と埋もれる障がい者の存在

AAR Japan(難民を助ける会)は11月11日に緊急支援の出動を決定し、私は11月14日にフィリピンの首都マニラに入った。当初は被災地での略奪や暴動なども報告されており、被災地に安全に入るための準備を慎重に進める必要があった。

マニラでは、国連機関やフィリピン政府機関である全国障がい問題評議会、2009年の台風被災者支援で協力したマニラの障がい当事者団体などから、被災地の全般的状況や同地で活動する障がい当事者/支援団体についての情報を集めた。しかし、被災地の通信状況が著しく悪化していたこともあり、被災した障がい者についての情報はほとんど得ることができなかった。

11月17日に被災したセブ島北部および周辺島嶼(とうしょ)部、11月19日には最も被害が深刻だといわれるタクロバンおよび周辺地域を訪れ、支援に向けた調査を実施した。調査では、現地の障がい当事者/支援団体の協力も得て、被災した障がい者や地方行政機関から聞き取り調査を行うことができた。

実際に被災地に入ると、甚大な被害を受けた光景が広がっていた。緊急支援で私も参加したハイチ大地震や東日本大震災を思い起こすほどの、私たちの想像する台風被害を絶するほどの凄惨さであった。

AAR Japanの緊急支援では、障がい者をはじめとした、災害時に特に脆弱な立場にある人々に焦点を当てた活動をしている。東日本大震災や今回の台風30号など超大型災害の場合、膨大な量の人道支援が必要とされ、行政や多くの国際機関、市民団体などがこれに応じて支援活動を行う。しかし、こうした大量の支援がすべての被災者に公平に行き渡るとは限らない。

たとえば、物資配布が行われていても、配布場所まで行くことができない障がい者などはこれを受け取ることができない。また一般的に、支援物資は被災者の集まる避難所に届けられることが多いが、避難所がバリアフリー化されていない、多くの被災者が集まる特殊な環境に適応するのが難しいなどの理由から、やむを得ず壊れた自宅に留(とど)まる自宅避難者は、支援を受け取る機会も限定的になってしまう。

AAR Japanは、こうした支援から取り残されがちな被災者にも、支援がきちんと届くように努めている。

東日本大震災の時、私自身は被災後の2011年3月20日に盛岡に入り、県庁や社会福祉協議会を訪れ、被災した岩手県沿岸部の障がい者の情報を得ようと試みた。しかし、被災地の通信網が大きな被害を受けており、得られた情報は限定的であった。

今回のフィリピンの緊急支援でも最初に直面した課題は、情報の不足であった。中央政府機関の全国障がい問題評議会には、被災地の障がい者名簿が存在せず、各市町の社会福祉開発担当がそれぞれ管理するのみであった。しかし、一部の市町では、名簿はデータでなく書類でのみ保管しており、被災の際に紛失したケースもあった。また、名簿があっても障がい者登録そのものが、きちんと更新されていないケースもあった。障がい当事者が運営する各市町単位の障がい者連盟に名簿があるケースもあったが、必ずしもすべての障がい者が連盟に参加しているということではない。また、各連盟がきちんと機能しているかも市町によって差がある。加えて、平時からこれら行政機関や障がい者連盟、障がい者支援団体間の有機的連携が活発に行われていないこともあり、通信手段が限られた非常時において、被災した障がい者の包括的な情報を得ることが非常に困難になっている。

個々の被災した障がい者が自宅に留まっているのか、避難所にいるのか、またはマニラなどへ親戚縁者を頼って避難していったのか、それとも不幸にも災害の犠牲となってしまったのか、こうした基本的な情報も限られていた。さらに、車いすや白杖など被災した障がい者が日常生活を取り戻すのに必要な補助具などの供与も皆無で、一体これらの「一般的支援物資」に含まれない支援が、どこで、どのくらいの数が必要とされているのかも分からない状態であった。甚大な被害を前に、ありとあらゆる支援が必要であることは明らかだったが、被災した障がい者がどこにいて、何を必要としているかということが分からなかった。大災害の前に、個々の障がい者の存在が埋もれてしまっていた。

「支援を受ける権利」を守るための活動

現在AAR Japanは、食料配布や壊れた家屋の修繕などの緊急性の高い支援を実施する一方で、障がい者を一人ひとり訪問するマッピング調査を実施している。2014年1月末までに、支援の届きにくい被災した障がい者のいる世帯を中心とした約2,900世帯(約14,500人)に食料を届け、約100世帯(約500人)にトタン板などの家屋修繕セットを配布した。これら支援対象者の選定は、被災前より障がい者支援に取り組んでいた現地協力団体が持っていた情報に加えて、当会が実施した調査に基づいている。

マッピング調査では、個々の被災者がどこにいて、現在、どんな支援を必要としているのかを把握することを目的としている。障がいの有無にかかわらず、個々の被災者が支援へのアクセスを確保し、個々の被災者の「支援を受ける権利」を守るための活動である。

2014年1月末までに、AAR Japan独自でセブ島北部およびタクロバン周辺の3,200人以上の障がい者に対する調査を行なった。調査で集めた情報に基づき、補助具の供与や生計支援、心理的サポートなど個々の障がい者の多様な必要性に合致した今後の支援を検討する。すでに生計支援の一環として、タクロバンにある障がい者の共同作業所に台風で壊れてしまった資機材を供与した。調査で集めた情報はAAR Japanの支援活動に活用するだけでなく、行政や国際機関、他の援助団体などとも広く共有し、より多くの被災した障がい者に対する幅広い支援に繋(つな)げられるようにする予定である。

支援から取り残される被災者を減らすための取り組み

今回のような大災害に対する緊急支援では、「見えやすい支援」としての食料や物資の配布に活動が偏りがちである。しかし、支援へのアクセスが困難な障がい者の状況を把握し、被災者が平等に「支援を受ける権利」を守るための「見えにくい支援」も、同様に忘れてはならない大切な支援活動なのである。

また、大災害時には情報網が大きな被害を受け、状況の把握が困難になる可能性が高い。障がい者に関わる行政や団体、地域コミュニティは、平時より個々の障がい者についての情報を密に共有することにより、緊急時における支援のスピードと効率性を高め、障がい者が支援から取り残される可能性を抑えることができる。災害時に脆弱な立場にある障がい者の存在を埋もれさせないための取り組みが、緊急時においても平時においても大切であると改めて認識させられた。

(いがらしごう AARJapanプログラム・マネージャー)


1)国連人道問題調整事務所(UNOCHA)、2014年1月28日、Situation Report No. 34