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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

アシスティブ・テクノロジーとしてのスマートフォンの利点と弱点

韓星民

はじめに

情報通信技術の発展は、障害をもつ人々の情報行動に大きな変化をもたらした。遠距離にある情報にアクセスするため身体を動かし現場に出向く必要がなくなり、移動に不便を感じる多くの肢体不自由者・視覚障害者などが恩恵を受けた。

そして、多様な形態の情報が、通信手段で送受信できるようになり、視覚障害者は電話や音声図書配信などによる情報入手が可能になり、聴覚障害者はファクスや電子メールなどでコミュニケーションがとれるようになった。肢体不自由者をはじめ、筋ジス・ALS患者などにとっても意思伝達装置などのコミュニケーション手段は多様になった。

なかでも、2010年以降急速に普及しているスマートフォン(多機能携帯電話)は、これまでの情報通信に比べてもその可能性と期待感はさらに高くなっている。現在、多くの障害をもつ携帯ユーザーが、フィーチャーフォン(ガラケー)からスマートフォンへと移行しており、通信機器としてだけでなく、自分の障害を克服するために活用する事例が増えている。

本稿では、アシスティブ・テクノロジーとしてのスマートフォンの利点と弱点について概観する。

1 コミュニケーションエイド(Communication aid)

障害者のために開発された支援技術「アシスティブ・テクノロジー(Assistive Technology)」は、厚生労働省が定める補装具や日常生活用具など障害種別によってさまざまなものが開発されていて、障害者の生活・就学・就業・レクリエーションなど生活の質を高めるために必要不可欠なものである。

それに対して、コミュニケーションエイドは一般向け、または、誰もが使えるユニバーサルデザイン(Universal Design)によって作られた製品であって、視覚障害者や多くの障害をもつ人々が広く活用しているものを指す1)

コミュニケーションエイドにはいろいろな側面があるが、特に、次の4つの側面が重要と考えられる。

1.アシスティブ・テクノロジーとしての役割を果たす製品であること。

2.情報保障のために使用可能であること。

3.ユニバーサルデザイン設計に基づいており、障害者でも使えること。

4.誰もが使用でき、使用方法の伝授が容易であること。

これまでのアシスティブ・テクノロジーは、最初から障害者が使う前提で設計・開発されたものがほとんどであった。そのため価格が高く、一部の専門家や発売元、障害をもつ人でなければその使い方は分からないものであった。それに対し、アップル社のiPhone、iPad、NTTドコモ社のらくらくホンのようなコミュニケーションエイドは、障害者が使えるアクセシビリティ機能を最初から搭載しており、開発段階から障害をもつユーザーの声を積極的に採用している。

iPhoneなどは、そもそもアシスティブ・テクノロジーとして開発されたものではなく、最初から誰もが使える設計で作られている。そのため、携帯電話ショップを含め、周囲の人々から機器の使用方法を教わりやすくなった。従来のアシスティブ・テクノロジーの場合、使い方を教わるには、そのメーカーや販売店に問い合わせるか、障害をもつ周囲の知人などの助けが必要である。また日本は、アシスティブ・テクノロジーの専門家制度を持つ外国に比べ、専門家養成制度や専門機関を持たず、専門家と開発を結びつける機関なども存在しない。

情報保障を目的に使用されている一般のコミュニケーションエイドの中には、アシスティブ・テクノロジーや周辺機器・一般製品との接続(対応)可能な製品が増えているのも特徴的である。たとえば、スマートフォンと視覚障害者用アシスティブ・テクノロジーの一つである点字ディスプレイの接続が実現しており、普段は音声でスマートフォンを操作し、必要に応じて点字ディスプレイや車いすなどに接続することができるという具合である。

また、海外では、視覚障害者が普段使用しているアクセシビリティに対応したスマートフォンをATMに接続させることで、ATM操作が可能になるなど、コミュニケーションエイドと周辺機器の対応も進んでいる。

2 コミュニケーションエイドとしてのスマートフォン

スマートフォンは、指の動き(触覚操作)によりアプリ操作が可能であることから、視覚障害者にとっても使用可能な情報機器である。

米国の人気スマートフォンであるiPhoneは、当初からボイスオーバーという画面読み上げ機能を搭載して発売されたことから、早くから視覚障害者の利用可能性について期待されていた。

スマートフォンの利用は、メールやニュースなどの情報入手をはじめ、音楽鑑賞、読書、ツイッター、GPSを利用した初めての場所での店探しなど多岐にわたり、視覚障害者の歩行支援と情報入手のために積極的に活用されている。

実際に使っている視覚障害者から、iPhoneのボイスオーバーの読み上げは、慣れると大変有効なツールになりうるとの声がある。たとえば、スマートフォンの特徴の一つである画面タッチによる操作では、指で画面をなぞることでアプリを確認し、必要なアプリが読み上げられたところで指を離せば、その機能を使うことが可能になるといった具合である。

特に、パソコン上でマウスを使わない視覚障害者の実情にあった開発がなされている。たとえば、数本の指操作による画面タッチには、指の本数と画面をなぞる方向によって操作が可能となる。いくつか例を挙げると、1行読みには1本の指を左から右へなぞる。1ページ全体を読ませるには、2本の指を使用し上から下方向になぞる。ページ移動には、3本の指で画面上部か下部を叩くことで移動が可能である。

間接的コントローラを用いず、ジェスチャーや音声認識によって自然な直接的操作が可能であるKinect(キネクト)機能は、肢体不自由などにもアクセス可能で、障害者にとってアクセシブルで使いやすい補助具としての役割が増している。

発達障害や知的障害にとって、コミュニケーションを支援するためのアプリや学習・教育プログラムは大変役立っている。

このように、一般向けで作られた機器(コミュニケーションエイド)ではあるが、アシスティブ・テクノロジーとしての役割の重要性を知ることが可能である。

3 スマートフォンの活用事例

筆者は2014年4月オーストラリアで開かれた世界ロービジョン学会に参加し、視覚障害者のための支援において、スマートフォンやタブレットPCの活用は世界的に注目を浴びており、会場が満杯になるほど人気を博していることが分かった。

現在スマートフォンの利用は、個人的な使用目的にとどまらず、教育機関・福祉機関をはじめ、医療や企業などの就労場面においてもその有効性が報告されている。

教育分野においても、文部科学省は電子教科書の提供方法として、タブレットPCの活用を検討している。DAISYプレイヤーなどすでに音声読書を楽しんでいる視覚障害者にとって、電子教科書の利用と、さらに読書ツールとしての利用にまで範囲が広がる予定である。

アシスティブ・テクノロジーの教育分野での活用において、長年指摘された問題の一つに、周囲が使わない特殊な機器・用具を使わなければならない障害児の心理的葛藤が指摘されてきた。特に義務教育段階である小・中学校に在籍している児童・生徒にとってアシスティブ・テクノロジーは、使いたいが使えないものであり、その改善のための研究も長年行われており、特別支援教育分野における解決すべき課題であった。

スマートフォンやタブレットPCなど、コミュニケーションエイドの場合は、普段使用している人が周囲におり、少なくとも多くの児童らがほしがるものの一つであって、むしろ「格好いい」ものの一つであると言えるのではないか。さらに、コミュニケーションエイドの学校使用を認めている場合、周りの児童らの居心地のいい注目を浴びることも可能であると報告されている。ただ、学校によっては必要なコミュニケーションエイドであっても、学校持ち込みを許さないなど、アシスティブ・テクノロジーとしての使用が認められないという問題も出ている。眼鏡と補聴器の使用が学校で制限されることはないが、スマートフォンやタブレットPCが認められないという問題は、コミュニケーションエイドがアシスティブ・テクノロジーの役割として使われるようになった現代の新たな問題であると言える。

今後、教育機関における情報機器やコミュニケーションエイドの管理・運営のあり方に関する明確な指針が必要であり、教員等による指導・管理のあり方についても整理される必要がある。

4 アシスティブ・テクノロジーとしてのスマートフォンの特徴と課題

これまでの情報通信技術におけるアクセシビリティの問題は、主に、感覚障害である視覚障害者や聴覚障害者、盲ろう者などが、アクセスできるよう指針が策定されたが、肢体不自由・発達障害などにも対応した情報アクセスの必要性は今後ますます望まれている。

ドコモ社のらくらくホンは、使いやすさを売りに、フィーチャーフォン電話としては、累積販売台数が2千万台を超える人気を集めた。その人気をスマートフォンに適応したのが、ドコモ社の「らくらくスマートフォン」であった。ところが、スマートフォンの本来の特徴である自由なアプリの選択ができず、ユーザーから冷たい反応を受けたのである。その後、自由にアプリがダウンロード可能ならくらくスマートフォンシリーズが登場しているが、アクセシビリティに優れたiPhoneにはいまだ大きな差をつけられている。

今後、スマートフォンにおけるアクセシビリティ指針がさらに必要である。

スマートフォンは携帯電話に比べると、機種変更の価格や運用コストが高い。これまでの支援機器に比べると格段に安いが、それでも経済的な負担で購入できない障害者は、さらなるデジタルデバイド(情報格差)現象に陥ることになる。

視覚障害者の情報入手に大きな役割を果たす最新機器を経済的負担なく利用できる制度が必要であり、情報支援やコミュニケーションエイドとしての新たな日常生活用具として認める制度的支援が必要である。

おわりに

2010年は国民読書年であったが、サピエ電子図書館の誕生、著作権法改正、電子書籍・スマートフォンの日本市場への本格的参入など、情報アクセスに関わる話題沸騰の年でもあった。2011年には「コンピュータの機能がほとんど使えるという多機能携帯電話」スマートフォンの出荷台数が2000万台規模となり、携帯電話出荷台数全体の半数を占めた。

これまでは、アシスティブ・テクノロジーという障害者だけが使用する製品で情報通信技術の合い間を埋めてきている。スマートフォンは使いこなせられれば無限の可能性を秘めている。多くの人が当たり前のように使っている多くの情報が扱えるようになるからである。

これまで視覚障害者にとってSNSなどへのアクセスが困難であったが、工夫次第では使えるようにもなる現状にある。逆に、Facebookやラインなど人を結ぶSNSは日々発達しており、情報通信技術の発展に対応できる障害者自身の能力を育てる必要性も出てきた。

以上のようにこれからのアシスティブ・テクノロジーは、コミュニケーションエイドのような誰もが使える製品が増える見込みである。そして、コミュニケーションエイドの開発者とユーザーのつながりだけでなく、それを結ぶ制度的支援が必要である。

(はんすんみん 福岡教育大学)


【参考文献】

1)韓星民(2012)「情報福祉論の新展開―視覚障害者用アシスティブ・テクノロジーの理論と応用」明石書店、1―233