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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

障害平等研修(DET)体験セミナーと日本での展開

久野研二

障害者差別解消法の成立や国連障害者権利条約の批准などを受け、人権課題として障害と取り組む必要性が高まっています。この取り組みの一つである障害平等研修(Disability Equality Training:DET)を体験するセミナーが去る3月15日に開催されました。障害平等研修とはどういう研修なのか、体験セミナーを通して紹介します。

障害平等研修体験セミナー

セミナーは、大田区に拠点を置く障害分野の団体の会員などが実行委員会を組織し、大田区の後援を受け開催されました。自治体職員や大学の研究者、福祉団体の職員やボランティア、さまざまな政党の都議や区議など定員の150人を超える人が参加しました。パソコン文字通訳者会Ubiquitousの協力による要約筆記の情報保障などにより、視覚障害者、聴覚障害者、車いす利用者、盲ろう者、精神障害者など40人を超える障害者も参加しました。

体験セミナーは、前半が障害平等研修ファシリテーターである曽田夏記さんによる体験研修、後半が久野による解説の二部構成でした。研修はイラストやビデオを用い、ファシリテーターが議論を進行させます。

少し例を紹介しましょう。たとえば、図1を見ながら、「問題はどこにあるのか」といった課題をファシリテーターが提示し、参加者はグループで議論し、「問題の在りか」と思うところに付箋紙を張ります(写真1)。付箋紙を脚に張る人もいれば、階段に張る人もいます。いろいろな意見から「どこに問題があるのか」ということを全員で議論しながら障害について考えます。障害について考えるもう一つの演習は、実際に障害者が直面する差別場面のビデオを見て、何が差別か、なぜ差別が作られたか、どう解決するのか、を考えます※1。これらの演習を通して、差別や排除としての障害を見抜くことができる「視点」を獲得していきます。
※掲載者注:イラスト・写真の著作権等の関係で図1・写真1はウェブには掲載しておりません。

この視点を獲得した後、障害を解決する行動を考えます。演習では、図2の上の部分だけを見ながら、「星を箱の中に入れる方法」を考えます。箱には丸い穴があいていますが、それは星よりも小さい。まずはグループに分かれ議論します。「星を切って小さくする」「星形の穴を別に作る」「穴を広げる」など、いろいろな意見が出されます。
※掲載者注:イラストの著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

この演習では、解決方法が複数あるということも発見しますが、同時に、解決方法が異なると、それによってもたらされる結果が違うことも発見されます。星を小さくする方法によってもたらされる結果は、箱の中にあるものは全部丸い形で穴よりも小さいものに限られます。でも、穴を広げる方法の結果は、いろんな形や大きさのものが箱の中にあります。この議論を通して、参加者は星が障害者で箱が社会であることに気づいていきます。そして、自分たちが行なっている障害の取り組みは、今の社会に障害者を合わせようとしているのか、それとも、多様な人々が暮らせるよう社会を変えようとしているのか、どちらなのか、を考えていることに気づいていきます。

そして研修のまとめとして、自分自身の行動計画を作ります。この体験セミナーでも「自分の団体で今日の経験を共有する」とか「障害平等研修を行う」、「自分が障害平等研修ファシリテーターになる」などさまざまな意見が出されました。

この研修の間、ファシリテーターは答えを言うことはありません。「何が?」「どうして?」「なぜ?」といった質問だけを積み重ねていきます。答えは、参加者自身がファシリテーターとの対話やグループでの議論を通して見つけ出していきます。これが障害平等研修が基づく発見型学習という方法です。

障害平等研修のもう一つの特徴は、障害者自身がファシリテーターとして参加者と対話する役目を担うことです。目隠しや車いすに乗ることが障害者の「機能的な問題の疑似体験」だとするならば、この研修は「障害者と共にいる時間の(疑似)体験」です。“研修が障害を理解する一番良い方法”ではありません。障害者と日常の生活を共にすることが本当は一番良い方法なのです。しかし、残念ながら私たちはそういう機会を学校でも職場でも奪われてきました。その結果、周りに多様な人たちがいない状況を“普通”だと思っています。障害平等研修は、障害者と対話する場と時間を提供しているともいえるでしょう。

障害平等研修とは何か?

障害平等研修は、英国で障害者差別禁止法推進のための研修として1990年代から発展してきました。企業や自治体など組織における障害者差別の状況を明らかにし、その状況を改善し、共生社会の形成を目指すための研修です。この研修は、障害を「(障害者個人の)心身の機能の問題」としてではなく、「(障害者に対する)差別や不平等」の課題として考える障害教育の取り組みです。ジェンダーなどの差別や社会参加に関する研修と似ています※2

なぜ障害平等研修が必要なのか?

障害者差別解消法では、障害による差別は公的・民間機関どちらにおいても禁止しています。しかし、合理的配慮※3をしないことによる差別については公的機関では法的義務となっていますが、民間では努力義務になっています。この点が問題なのです。私たちの生活のほとんどは民間のサービスや製品、そして雇用によって成り立っています。映画館やレストラン、私立の教育機関が適切な合理的配慮をせず、家電や製品が障害者が使えるものではなく、また雇用もしなければ結局、障害者は社会に参加できません。故に、障害者の社会参加を実現するには、民間の合理的配慮の実施を促す取り組みが必要なのです。

しかし、従来の障害に関する研修の多くは「個人を対象」に「障害の機能的側面(目がみえないと何ができないかなど)」と「助ける方法」を学ぶことを目的とするものが多く、組織における構造的な差別や排除を解決するための研修としては効果的とはいえません。「組織を対象」に「障害の社会的側面(差別や排除)」と「組織における差別の解消の方法(アクセスの保障や合理的配慮の提供など)」を学ぶ研修が必要です。障害平等研修はそのための研修として作られています。そして、法的義務ではない合理的配慮を企業自身が「やろう」と動機付けされる方法が求められますが、障害平等研修が用いる発見型学習がこの動機付けの方法として有効なのです。

日本での推進

昨年末に障害平等研修フォーラムが設立され、日本での推進が本格的に始まりました。東京大学の社会的障害の経済理論・実証研究(REASE)の支援でセミナーなども開催されてきました。すでに自治体や大学などから実施の要請も受けています。

障害平等研修を実践していくには、研修を行う障害当事者のファシリテーター、そして協力して推進していくNGOや自治体・企業などの推進パートナーの存在が欠かせません。今夏には、国内で初めてのファシリテーターの育成研修や新しい解説書の出版も予定されていますし、今後も体験セミナーを実施していく予定です。

(くのけんじ 障害平等研修フォーラム代表)


※1 動画サイトのYouTubeで“DET Forum”検索で視聴可。

※2 以下に詳しい。『障害者自身が指導する権利・平等と差別を学ぶ研修ガイド』(明石書店)

※3 障害に基づくニーズに対して点字や手話通訳を準備したり、車いす用の設備を整えたりすること。

【写真提供】吉田敬三