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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年6月号

知り隊おしえ隊

見えない世界を写す
―視覚障碍でも写真を楽しむ―

山口和彦

この4月29日、東京の井の頭公園で日本視覚障碍者芸術文化協会が主催する「第8回視覚障碍者と一緒に楽しむ写真教室」に参加した。その様子を皆さんにご紹介します。

写真と視覚障碍

写真と言えば、これまで視覚障碍者にとっては被写体として撮影されるだけということが多かった。一般的に、視覚障碍者が写真をもらってもほとんど理解できず、興味を持てないというのが実情だった。まして、カメラを持って自分から進んで撮影をすることは頭から無理と考え、写真撮影をあきらめている人がほとんどだった。

視覚障碍者にとって、カメラは本当に無縁なものなのだろうか。撮影は難しいものなのだろうか。視覚障碍者が自ら主体的にカメラを持って撮影し、それをプリントして少しでも楽しむことができないだろうかということから、この写真教室が始まったのが約3年ほど前だった。昨年11月には、新宿で視覚障碍者が撮影した写真展を開催した。その時、写真を見た人からは、「どうして視覚障碍がありながら、こんなにきれいな写真を撮れるのでしょうか」といった質問があった。

視覚障碍者が撮影できるようになったのは、最近のデジタルカメラの技術の進歩によりカメラの操作が簡便になり、画像が鮮明になったことが大きい。しかも、撮影したものをその場で介助者と共に確認できるので、失敗を気にすることなく、気楽に撮影ができるのも大きな利点だ。

しかし、視覚障碍者が撮影した写真を触って理解するには、画像を立体コピーにしなければならない。立体コピーを作成するためには画像データをパソコンに取り込み、それをデータ処理しなければならない。撮影した画像データをそのまま立体コピーにしても情報量が多すぎて複雑であるため、できるだけ簡略化しなければ触って理解するのは難しい。ただ、自分の撮影した写真は撮影した時のイメージがあるので、立体コピーを触りなから説明してもらえれば比較的理解しやすい。

写真教室

これまで写真教室に参加した方々は、カメラを持つことが初めてという人から、プロのカメラマンで中途失明になり写真撮影をあきらめていた人などさまざまだった。自分が撮影した写真がどのように撮れているのか、触ることで新たな発見をした視覚障碍者もいた。

たとえば、目の前のまっすぐに伸びた道を撮影した場合、写真ではどんどん先に行くほど、道が細くなる。立体コピーを触ることにより、初めて遠近法を知ったという視覚障碍者もいた。また、先天的に目が見えなくて「影」という言葉は知っていたが、具体的に自分の影を写真に撮り、それを立体コピーにしたところ、「影」の具体的イメージがつかめたということもあった。

では、実際にどのようにして視覚障碍者が撮影するのだろうか。老若男女、井の頭公園の湖畔を楽しく歩いている人込みのなかを、私もガイドから情報提供を受けながら歩く。頭にイメージができるように、できるだけ細かく説明してもらう。与えられた情報をもとに自分の興味のある対象があればカメラを向けて撮影する。この時、対象物が音の出るものであれば、音源に向けてカメラの方向を決めるので撮影は比較的容易だ。しかし、花や景色など音のない場合は、ガイドに対象物までの方向や距離などを説明してもらう必要がある。近距離で触れるぐらいのものであれば、接写をすることにより、視覚障碍者でも比較的容易に撮影ができる。

対象物が遠距離の場合、手に持ったカメラのレンズの位置が上下、左右にずれるとだいぶ対象物から離れてしまう。また、対象物が動いている場合は、説明している間に対象物が移動してしまうので、撮影が難しくなる。カメラ操作に慣れてくると、望遠を使ったり、いろいろと工夫ができるので楽しさも倍増する。また、写真撮影に慣れてくると、自分の撮影したい意図をあらかじめガイドに説明し、そのテーマに沿って情報提供をしてもらうと視覚障碍者も環境の理解に役立つ。

公園を散歩するにしても情報量は莫大である。情報を絞り込むためにも、カメラを持った視覚障碍者の意図を事前にガイドに伝えておけば、お互いに有効な時間を共有できる訳だ。

写真教室では、撮影した多くの画像のなかから3枚を厳選する。プリントした作品を壁に貼り、参加者を交えてプロのカメラマンから講評を受ける。全盲者には立体コピーが配布される。晴眼者もアイマスクをして撮影した写真を見て、あまり構図などを考えずに自然に撮れた写真の面白さに気づかされることもある。

視覚障碍者もガイドからの限られた情報をもとに撮影した写真を展示する。自分の想像したものより意外によく撮れていたりする。現実の世界を撮影しながらさらに進むと、自分で自由に想像し、見えない世界を創作するのが楽しみになる。現実に眼で見る世界を通して見えない世界、たとえば、暑さ、寒さ、疲労、歓喜、愛情、憎悪、恐怖、不安など、写真でどう表現できるのだろうか挑戦したくなる。

写真もひとつの表現手段、創作活動と考えれば、現実に目が見える、見えないは、あまり関係なく楽しめるのではないだろうか。見えない世界で生活をしている視覚障碍者にとって、見えない精神的な世界を現実の事象を写真で表現する点では、むしろ得意な分野なのかもしれない。

写真のおもしろさ

写真教室では、晴眼者はアイマスクを着用し、視覚障碍を体験しながら撮影や食事をする。晴眼者は視覚障碍に伴う困難さを体験するとともに、視覚障碍者に対して情報提供の大切さを身を持って理解できる。また、写真教室での体験を通して、いろいろな世界をさまざまな視点で見ることができたと好評を得ている。

前回、子どもを連れて初めて写真教室に参加した視覚障碍の母親がいた。初めてカメラを操作し、自分の子どもの顔を撮影した。それを立体コピーにしたものを指で触りながら「初めて子どもの顔が“見えた”!」と涙ぐんでいたことがあった。

東日本大震災で被災された方が、泥だらけの家族の写真をきれいに洗い流し、大切に持っていたいという話を聞く。写真は私たちの記憶を記録にとどめておくのだろう。人は何かを手がかりに過去の楽しい思い出や苦しい体験などをフィードバックするのには、やはり写真のようなものが必要なのではないだろうか。視覚障碍者にとっても撮影したものを立体コピーにして記憶を辿(たど)ることができれば幸いである。

今後の予定

◎晴眼者とともに学ぶ視覚障碍者教養講座

テーマ=写真の魅力~視覚障碍の写真家に学ぶ工夫、おもしろさ~

視覚障碍者にとっての写真の魅力や、自分の思い通りの写真を撮るコツについての講演と撮影体験、特別な機械により立体加工された作品を鑑賞する機会を提供します。

主催=東京都教育委員会

講師=山口和彦(視覚障碍者)

助手=尾崎大輔(カメラマン)

日時=平成26年7月27日(日)13時30分~16時

会場=東京都障害者福祉会館

住所=港区芝5-18-2

電話=03-3455-6321

費用=無料

対象・定員=都内在住・在勤・在学の視覚障碍者、晴眼者50人

申し込み・受付=事前申し込みは不要です。当日、13時から会場で受け付けます。

◎視覚障碍者と若手写真家のための「写真を言葉にして伝える」ワークショップ

日時=8月2日(土)

会場=銀座のギャラリー、ガーディアン・ガーデン
(東京都中央区銀座7-3-5 ヒューリック銀座7丁目ビルB1F)

講師=尾崎大輔(カメラマン)他1名予定

主催=ガーディアン・ガーデン、日本視覚障碍者芸術文化協会

問い合わせ先=ガーディアン・ガーデン、益子哲郎

電話=03-5568-8818

FAX=03-5568-0512

メール=mashiko@r.recruit.co.jp

その他、視覚障碍者の写真や写真教室などのイベントに関するご質問などは、尾崎大輔(メール:info@daisukeozaki.com)までお気軽にご連絡ください。

(やまぐちかずひこ 日本視覚障碍者芸術文化協会、本誌編集委員)