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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年7月号

精神保健福祉行政の動向

北島智子

1 精神保健医療福祉の現状について

精神疾患の患者数は約320万人、入院者が約32万人となっており、統合失調症は減少傾向、アルツハイマー病、躁うつ病を含む気分障害は増加傾向にある。入院者の年齢分布では、65歳以上が約50%(平成23年)を占め、高齢者の入院割合が高くなっている。平成22年6月の時点で入院した患者の入院後1年間の退院率を見ると、3か月以内の退院が58%、1年以内の退院が約88%、12%が1年以上の入院となっている。

一方、平均在院日数については、平成23年に300日を切り徐々に短くなっている。しかし、依然として1年以上の長期入院患者が約20万人にのぼり、入院期間が長くなるほど家庭復帰等が困難になっていることから、できるだけ早期に退院し地域生活への移行を進めていくことが重要である。

2 近年の精神医療福祉行政の施策について

(1)精神保健福祉施策の改革ビジョン

平成16年に、厚生労働大臣を本部長とした対策本部から「精神保健福祉施策の改革ビジョン」が出され、このビジョンでは、「入院医療中心から地域生活中心へ」という精神保健福祉施策の基本的方向を実現するための改革を進めるため、1.国民の理解の深化、2.精神医療の改革、3.地域生活支援の強化を今後10年で進めることを打ち出した(図1)。この改革ビジョンについては、今年、策定から10年が経過することから、進捗状況についてレビューを行い、その結果を今後の施策に反映することが求められている。

図1 精神保健福祉施策の改革ビジョンの枠組み
※平成16年9月 精神保健福祉対策本部(本部長:厚生労働大臣)決定
図1 精神保健福祉施策の改革ビジョンの枠組み拡大図・テキスト

(2)障害者制度改革の推進のための基本的な方向について

平成22年6月には、内閣府に設置された障がい者制度改革推進会議が、「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」を取りまとめ閣議決定された。これは、医療に限らず、福祉、労働、教育、虐待防止、情報、交通アクセスなど、幅広い分野での障害者制度改革の推進のための基本的な方向性を示したものであるが、このうち医療については、大きく「退院支援・地域生活支援」「強制入院・保護者制度の見直し」「精神科病院の人員体制の充実」という3本の柱を示し施策の方向性を打ち出した。厚生労働省では、これらの方向性を踏まえ各種事業の推進や検討会における議論を行なってきた。

まず、「退院支援・地域生活支援」については、1.第3期障害福祉計画(都道府県)における明確な目標値の設定、2.アウトリーチ(多職種による訪問支援)の充実、3.夜間・休日の精神科救急医療体制の構築、4.医療計画に記載すべき疾病への追加、5.地域移行支援・地域生活支援の創設、6.宿泊型自立訓練施設の機能強化、7.今後の認知症対策についての方向性を打ち出すなど施策の実現を図った。

「強制入院・保護者制度の見直し」に関しては、「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」を立ち上げて検討を行い、平成24年6月28日に取りまとめられた結果が、今回の法改正につながっている。「精神科病院の人員体制の充実」についても、「精神科医療の機能分化と質の向上等に関する検討会」による議論が今回の法改正に反映された。

3 精神保健福祉法の改正について

平成25年6月の改正には、大きく4つの柱がある。1つ目は「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」の策定、2つ目は保護者制度の廃止と医療保護入院の手続きの見直し、3つ目は医療保護入院患者に対する管理者への義務づけ、4つ目が精神医療審査会の見直しであり、精神医療審査会の委員の見直しを除き、平成26年の4月1日に施行された。

(1)良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針について

「精神障害者の医療の提供を確保するための指針」については、法律第41条により、1.精神病床の機能分化に関する事項、2.精神障害者の居宅等における保健医療サービスおよび福祉サービスの提供に関する事項、3.精神障害者の医療の提供に当たっての医師、看護師その他の医療従事者と精神保健福祉士その他の精神障害者の保健および福祉に関する専門的知識を有する者との連携に関する事項、4.その他良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供の確保に関する重要事項、の4点について記載することとされた。

医療の提供を確保するための指針等に関する検討会については、平成25年7月26日に開始し12月18日に取りまとめ、平成26年3月7日に厚生労働大臣告示として公表した。

(2)保護者制度の廃止と医療保護入院の手続きの見直し

この見直しに先立ち、平成24年6月28日に、「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」の取りまとめが行われている。通常、家族がなる保護者には、精神障害者に治療を受けさせる義務等が課せられているが、家族の高齢化等に伴い負担が大きくなっており本人と家族の関係がさまざまで、必ずしも保護者が本人の利益保護を行うことができるとは限らない等の理由から、検討チームから、原則として、保護者制度を廃止するべきとの方向性が示された。

また、医療保護入院制度の課題としては、自らが病気であるという認識を持たない患者等に対して行われている現行の医療保護入院は、保護者の同意がなければ退院することができないという状況もあり、入院が長期化しやすいということ、本人の意思に反した判断となるため、本人と保護者の間にあつれきが生まれやすく、保護者の負担となっているといったことがあげられており、今後の方向性としては、保護者の同意によらず精神保健指定医の判断で入院とする一方、早期退院を目指した退院手続きとすること、また、入院した人は自分の気持ちを代弁する人を選べること等が検討チームの意見として示された。

一方、この医療保護入院時に保護者の同意に替え、誰かの同意を必要とするのではないかという意見もあった。医療におけるインフォームド・コンセントが重視されているなか、患者に寄り添う家族の承諾なしに医師のみの判断で医療が提供できるのかという問題、一般の医療においても、同意能力のない者への代諾の役割は家族が担っているという現状、患者の利益擁護の観点から指定医1名の診断のみで強制的な入院をしてよいのかという問題、より緊急性の高い措置入院が指定医2名なのに医療保護入院が指定医1名の診断となることの妥当性等が検討課題としてあがり、保護者による同意を削除する以上、精神保健指定医1名の診断の他に誰かの同意が必要ではないかという意見が出された。

この反対意見としては、入院の判断を厳しくするよりも入院をさせた上で適切な医療を提供し早期に退院させることを目指すべきであること、医療に関しては医師が全責任を負っており、その法的責任を免れることはできず、医師以外の誰かの同意がなければ入院させられないということはないのではないか等さまざまな意見があり、これらの意見を踏まえ、最終的には医療保護入院の手続きについて、保護者の同意要件を外し、家族等のうちいずれかの者の同意と、精神保健指定医1名の判断が要件とされた。

(3)医療保護入院患者に対する管理者への義務づけ

今回の改正精神保健福祉法では、精神科病院の管理者に医療保護入院者に対する退院促進のための3つの体制整備が義務づけられた。

1つ目は、医療保護入院者を入院させている精神科病院の管理者は、精神保健福祉士等のうちから退院後生活環境相談員を選任し、本人、または家族からの相談に応じさせることとされたこと。

2つ目は、管理者は医療保護入院者の地域生活への移行を促進するために、必要があると認められる場合には、介護保険事業者や障害福祉関係の事業者等の地域援助事業者を紹介するように努めなければならないとされたこと。

3つ目は、管理者は、前の2つの義務づけに加え、医療保護入院者の退院による地域生活への移行を促進するための措置を講じなければならないとされ、具体的には、入院時に入院診療計画を作成し、この入院の予定期間内に退院が困難な場合は、病院内の委員会で入院期間の更新や退院促進について審議するなど、地域生活への移行を促進するための体制を整備することとされた。

(4)精神医療審査会の見直し

審査会に関する見直しの1つ目は、審査会の委員について、従来「学識経験を有する者」とされていたところが、「精神障害者の保健または福祉に関し学識経験を有する者」と専門性が具体化された。見直しの2つ目は、精神医療審査会に対し、退院請求や処遇改善の請求をできるものとして入院者本人とともに家族等が規定された。

4 長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会について

改正精神保健福祉法により厚生労働大臣が策定することとされた「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」については、先に述べたとおりであるが、この指針において引き続きの検討課題とされた「長期入院精神障害者の地域移行」について具体的な検討を行うため検討会を設置し、平成26年3月28日から議論を開始した。

検討の基本的な考え方としては、1.長期入院患者本人の意向を最大限尊重しながら検討すること、2.地域に直接移行することが最も重要な視点であるが、新たな選択肢も含め、地域移行を一層促進するための取組を幅広い視点から検討すること、としている。

検討の進め方としては、長期入院患者の実態を踏まえ、(ア)退院に向けた支援として、(ア)―1退院に向けた意欲の喚起、(ア)―2本人の意向に沿った移行支援、(イ)地域生活の支援、に分けて、それぞれについて具体的な支援の内容についての検討を行なっている。

また、長期入院患者の地域生活への移行を進めて行く際には、提供される医療についても地域生活を支援するための医療のニーズが高まっていくことから、マンパワー等の医療資源についても地域医療や救急医療等にシフトすることなど、病院の構造改革を行なっていくことの必要性等についても議論されている(図2)。

図2 精神医療の将来像と具体的方策(これまでの議論の整理)
図2 精神医療の将来像と具体的方策(これまでの議論の整理)拡大図・テキスト

この検討会については、平成27年度予算等に反映することも等も視野に入れ、本年6月中を目途に意見を集約することを予定している。

(きたじまともこ 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課長)