音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年7月号

地域での就労を目指す「こころん」の活動
~当たり前に暮らせるために

熊田芳江

心のバランスをとりにくい精神障がいをもつ人々にとって、生活のリズムを整え、いつでも相談できる人、自分を理解してくれる人が常にそばにいることで、ある程度安定した生活を送ることができる。しかし、忙しい現代社会では、障がい者や一部の高齢者等の弱い立場にある人たちは社会からはじき出され、ますます複雑、重度化していく傾向がある。

「障がい」は障がい者本人の問題ばかりではない。特に精神障がいの場合は、その対象である人や環境が大きく影響している場合が多く、地域全体を支援の対象として「こころん」の福祉活動は始まった。

精神障がい者が地域を変える

まず「地域づくり」の視点から、地域の中にある課題解決のひとつとして、「障がいのある人もない人も安心して暮らせる地域づくり」を目指し、ワークショップで話し合った。

そして、ちょっと妄想的かもしれないが、「精神障がい者が地域を変える起爆剤」がみんなで考えた答えだった。

障がいがあっても地域で生活できるために

病院や施設で暮らしていた人たちが、支援を受けながら、地域で生活することにより、症状が改善し、安定して働くことができ、働くことで生きることが楽しくなる。こうした、「当たり前」を支援することが、我々支援者に求められることを忘れてはならない。

私が精神障がい者の施設で働き始めた1995年前後は、「病院から地域へ」と障害者福祉の仕組みが大きく変わろうとしている時期でもあった。その当時、精神障がいの人たちの暮らしと言えば、ほとんどの方は、家で引きこもっているか、精神病院に入院したまま、10年20年あるいは一生病院の中で暮らしている人たちがたくさんいた。今でもまだ退院することができず、生活の場が精神病院という方もいる。そういう方たちが退院しても、すぐには社会の中で暮らすことはできない。

安心して暮らせる場所と仲間、支援者が必要なのだ。

直売・カフェこころや

利用者の「働きたい」という願いを実現するために、次の目標として、働く場を作りたいと考えたが、授産施設の基準を満たすハードルは高く資金もなかった。

「こころん」の拠点である福島県泉崎村は農業が中心で、施設の周りは畑や田んぼばかり、観光資源や特産品も特にない。この地域でできることを考えると、目の前の美しい田園風景を活(い)かした「農業…」。しかし、農地も農業の技術もお金もない私たちにできる自信はなかった。

そこで、農業のプロである農家から野菜を集めて販売する直売所ならできるかもしれないと、直売所のイメージをみんなで考え、自立支援法の施行と同時に2006年10月「こころや」をオープンした。

「こころや」は、地域の農産物や特産品を販売する直売所とカフェ。お店で販売される野菜は、一部集荷に行くところもあるが、開店前に地元の農家が直接朝取りの野菜を持ち込むシステムになっている。

カフェは、直売所で販売される野菜や調味料を使ったランチセットや、「こころん工房」で作られる手作りケーキセットが主なメニューである。利用者のKさんが丁寧に入れたコーヒーは一味違う。メニューも充実し、ログハウス風の店内は、ゆったりとした雰囲気で、利用者と会話を楽しむため、毎日訪れる常連客もいる。

ここで働く利用者は15人。午前10時から夕方6時まで営業し、準備も含め朝8時から出勤する利用者もいる。勤務時間は1日3~7時間、体力に応じて働く時間を決めている。定休日は日曜日だけ。利用者は生産者への発注から品出し、販売、調理、ウエイトレス、とすべての仕事に従事している。

仕事に慣れてくると、スタッフと同程度の仕事ができる利用者もいる。自信を持って仕事ができるようになると病気の症状も改善し、一般就労を目指す利用者も増えてきた。「こころや」のお客様は「ここが障がい者の施設」と知らないで買い物に来る方がほとんどなので、あえて障害者施設ということは強調していない。

しかし、重い荷物を持っている方には車までお持ちしたり、質問には丁寧に答え、挨拶が丁寧すぎるので「ちょっと違うな」と思っているかもしれない。「こころや」の売り上げは東日本大震災を機に大きく落ち込んでしまったが、さまざまな取り組みや支援もあり、昨年度は震災前の水準年5,000万円を回復し、全体では、7,800万円であった。

「チャレンジショップにこにこや」と移動販売

毎週木曜日、隣接する白河市内の中心街である本町商店街で、空き店舗を利用して、週1回「チャレンジショップにこにこや」というお店を開いている。

「にこにこや」は、空洞化した商店街で買い物に不便を感じているお年寄りや近所の人たちが、午前11時の開店を待ちきれないで早くから並んで待っている。

ボランティアの藤田さんと安野さんは毎回欠かさず、漬物やお茶を用意しておもてなしをしてくださるので、お年寄りのお茶のみサロンにもなっている。今年の5月「にこにこや」は、建物が老朽化し使えなくなってしまったことを機に、移動販売車「こころやカー」に切り替えた。

「こころやカー」は団地や仮設住宅、役所等にも販売に行く。仮設住宅に住む人々は東日本大震災の原発事故以来、知らない街で不安な毎日を過ごしているが、彼らの温かさに触れ、心待ちにしてたくさん買ってくださる。「こころやカー」の1日の売り上げは6~8万円ほどである。

こうして「こころや」は、地域の中に“当たり前”に存在し、多くの方に利用していただき、地域の触れ合いの場となっている。

安全な美味しい野菜作りを目指した農業に取り組む

「こころん」では、設立の当初より施設の裏山の杉林を借りて、椎茸の原木栽培を行なっていた。また豆を栽培し、味噌製造工場に委託してオリジナル味噌「峠味噌」を作って販売している。

また、高齢のため維持できなくなった養鶏場を受け継いで2,000羽の鶏を飼育している。この矢部農場は、すべて自家ブレンド飼料でこだわりの卵「海原卵」を生産し、利用者2人が就労継続支援A型で雇用されている。

こころやの生産者にも高齢化の兆しが見え、生産農家も少しずつ減少している。商品が集まらないと直売所は成り立たない。こころやの周りも耕作放棄地が目立ち、雑草が景観を損なっている。

利用者も増え、新たな仕事を作らなければならないと考えていたこともあり、2010年より本格的に農業を開始した。農業の技術は自信なかったが、県の農業総合センターや、農林事務所に相談しながら、少しずつ耕作放棄地を開拓し農地を増やした。

作付けはブルーベリー、ジャガイモ、ほうれんそうの葉物野菜など約50種類の野菜を栽培している。まだまだ技術や設備が不十分なので、障がい者が働く環境としては厳しい部分もあるが、品質を問わなければ農業は誰にでもできる作業である。生産された野菜は、こころやで販売されるほか、コロッケやお菓子に加工される。

体の全部を使い、土と触れ合い、自然と共に培う農業は、体の感覚を目覚めさせ、精神的に不安定な利用者も安定し、ストレス耐性が養われるように思われる。また、さまざまな仕事に展開でき、農業の苦手な人も販売や加工に参加でき、生産者や取引業者、消費者など地域とのつながりが増え、障がい者への理解が進み、自然な形で地域に参加できるようになってきた。

(くまだよしえ 社会福祉法人こころん施設長)