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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年7月号

フォーラム2014

特別支援教育の動向
―インクルーシブ教育システム構築に向けた特別支援教育の推進

丹野哲也

1 はじめに

平成26年1月20日、わが国は、「障害者の権利に関する条約」(以下「条約」という)の批准書を国際連合事務総長に寄託した。これにより、わが国は本条約の締約国となり、規定に従い、本条約がわが国において効力を生ずることとなった。

本条約を批准するにあたっては、平成23年の障害者基本法の一部改正を端緒とし、障害者総合支援法や障害者差別解消法の制定等、諸般の制度の整備が進められてきた。

さらに、このことと並行して、文部科学省においても、中央教育審議会初等中等教育分科会において、わが国における特別支援教育の在り方等についての議論が進められ、平成24年7月に報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(以下「報告」という)がまとめられた。

報告を受け、インクルーシブ教育システム構築に向けて、障害のある子供たち一人ひとりの教育的ニーズに対応した教育ができるよう、就学先決定の仕組みに関する学校教育法施行令の改正や、障害のある子供が十分に教育を受けられるための「合理的配慮1)」およびその基礎となる環境整備、多様な学びの場の整備と学校間連携の推進、教職員の専門性向上など、特別支援教育推進に向けた取組を着実に進めており、その一部を紹介する。

2 インクルーシブ教育システム構築に向けた特別支援教育関係主要事業

条約の第24条によれば、インクルーシブ教育システムとは、人間の多様性の尊重等を強化し、障害者が精神的および身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能にするという目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みである。そこでは、障害のある者が一般的な教育制度から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供されること等が必要とされている。

条約の趣旨を踏まえて改正された障害者基本法では、障害者が個々の場合において社会的障壁の除去を必要とし、かつ、そのための負担が過重でない場合には、その障壁を除去するための合理的な配慮がなされなければならないことが規定された。

「合理的配慮」は、各学校において、障害のある子供に対し、その状況に応じて、個別に提供されるものであるのに対し、たとえば、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校の設置は、子供一人ひとりの学習権を保障する観点からの「基礎的環境整備」として位置づけられるものである。

○平成26年度インクルーシブ教育システム構築事業について

本事業は、平成25年度事業の実績を踏まえて、拡充させているものである。目的は、各学校の設置者および学校が、障害のある子供に対して、その状況に応じて提供する「合理的配慮」の実践事例を蓄積するとともに、交流および共同学習の実施や、域内の教育資源の組み合わせを活用した取組の実践研究を行い、その成果を普及することである。

事業の主体となる学校や指定された地域では、合理的配慮協力員2)を配置することができ、子供の障害の状態や教育的ニーズなどを把握し、適切な「合理的配慮」が本人や保護者、学校等で合意形成が図られた上で提供されることとなる。

「合理的配慮」の事例については、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所においてデータベース化して、全国へ情報提供をしていく。

○学校教育法施行令の改正について

改正前の学校教育法施行令は、視覚障害者等3)については、原則として特別支援学校へ就学することを前提に、小学校、中学校への就学者を「視覚障害者等以外の者」および「視覚障害者等のうち、特別の事情があると認める者」という二元的な構造で規定していた。

改正された同施行令では、就学基準に該当する障害のある子供は特別支援学校に原則就学するという従来の就学先決定の仕組みを改め、「障害の状態」、「本人の教育的ニーズ」、「本人・保護者の意見」、「教育学、医学、心理学等専門的見地からの意見」、「学校や地域の状況等」を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組みとするように規定の整理が行われている。

特別支援学校への就学が、施行令第22条の3への該当からの直接的な帰結ではなく、第22条の3への該当に加えて、それ以外のさまざまな要素を総合的に勘案した結論として判断されるという、この概念の転換が、インクルーシブ教育システムの理念の実現に向けた、今般の改正における、最大のポイントである。

今後、この改正施行令の趣旨を踏まえ、障害のある子供の就学相談等をより一層充実させていくことが期待されている。

○自立・社会参加に向けた高等学校段階における特別支援教育充実事業について

本事業は、高等学校段階における特別支援教育を充実させることを目的として「キャリア教育・就労支援等の充実事業」および「個々の能力・才能を伸ばす特別支援教育モデル事業」の2つの柱からなる。

発達障害を含めた障害のある生徒の将来の自立と社会参加に向けた適切な指導を行うため、企業と連携した教員の研修の実施、就労先開拓・職場定着支援のための「就職支援コーディネーター」の配置などをモデル事業として行なっていく。

また、高等学校においても、小・中学校における通級による指導のような「特別の教育課程」が実施できるように研究するとともに、障害のある生徒一人ひとりの能力・才能を伸ばす指導の充実に関する研究をモデル事業として実施し、高等学校における特別支援教育の充実を図っていく。

3 まとめ

報告では、共生社会の形成に向けて、条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念が重要であり、その構築のため、特別支援教育を着実に進めていく必要があることが指摘されている。

特別支援教育は、子供一人ひとりの教育的ニーズを把握し、その「持てる力」を高め、生活や学習上の困難を改善または克服するため、適切な指導および必要な支援を行なっていくものである。

障害のある子供と障害のない子供が可能な限り、同じ場で共に学ぶことを目指していく場合においても、それぞれの子供が、授業内容が分かり、学習活動に参加している実感や達成感を得ながら、充実した時間を過ごすことができ、生きる力を身に付け、子供の「持てる力」を高めていくことが本質的な視点である。

この本質的な視点を見失うことなく、特別な支援を必要とする子供たちの教育がますます充実していくように、教育環境を整えていくことがインクルーシブ教育システム構築における最重要課題である。

(たんのてつや 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課特別支援教育調査官)


【注釈】

1)報告における「合理的配慮」とは、「障害のある子供が、他の子供と平等に「教育を受ける権利」を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり、障害のある子供に対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるもの」であり、「学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されている。

2)「合理的配慮協力員」とは、学校内外の関係機関との連絡調整や特別支援教育のアドバイザー、保護者の教育相談対応等の支援などが考えられ、たとえば、退職した特別支援学校の校長や教員などの特別支援教育に関わる専門性の高い人材が想定されている。

3)視覚障害者等とは、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱を含む。)でその障害が、学校教育法施行令第22条の3の表に規定する程度のものを示す。