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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年9月号

ほんの森

自立生活運動史
社会変革の戦略と戦術

中西正司 著

評者 上野千鶴子

現代書館
〒102-0072
千代田区飯田橋3-2-5
定価(本体1700円+税)
TEL 03-3221-1321
FAX 03-3262-5906
http://www.gendaishokan.co.jp/

わたしと共著『当事者主権』(岩波新書、2003年)を書いた中西正司が、「そのなかで語り尽くせなかった」思いの丈をぶつけた新刊。

『当事者主権』から10年余、わたしも中西も共に10歳年齢を重ね、回顧録を書くにふさわしい年齢になったが、本書はただの回想記ではない。80年代から30年間にわたって障害者運動を牽引してきたリーダーが、自ら経験した運動史を、インサイダーの立場から記述した希有な実践の記録であり、第1級の歴史的証言だ。何より次世代に自分の経験とノウハウのすべてを伝えたい、という使命感と切迫感にあふれている。読者対象を「次の世代の運動のリーダーたち」としているのもうなづける。

副題に「社会変革の戦略と戦術」とあるように、本書は実際に社会を変えてきた実績のある著者による、どうすれば変えられるかの実用書だ。

障害者運動は、人口学的に絶対的少数派でありながら、成功した数少ない社会運動のひとつである。運動は勝たなければ意味がない。勝たない運動は続かない。そうやって障害者年金を獲得し、交通アクセス運動に勝利し、重度障害者の24時間介助を実現し、介護保険への統合を拒み、障害者基本法と差別禁止法とを成立させ、国連障害者権利条約のなかに第19条「自立生活条項」を組み入れることに成功した。今では地下鉄の駅にエレベーターのないところはないし、障害者の自立生活を「わがまま」と呼ぶひとは誰もいない。「日本の介助サービスは、今、世界でトップにある」と書く中西の自負には、根拠がある。

厚労省の官僚との出しぬかれたり出しぬいたりの攻防、政権交代がもたらした転機など、手に汗にぎる交渉の記録もおもしろい。

「要求なきところに福祉サービスなし」「運動なきところに変革なし」「運動は戦略的でなければならない」「組織は悪だと思っておいたほうがよい」「政治は裏切っても運動は裏切らない」「まず人を支援する人を支援する」…現場の智恵袋のようなキーワードが本書にはあふれている。

第3部に収録された次世代リーダーのひとり、岡田健司との対談が刺激的である。ふつうこういう書物に収録された対談は、冗長なおまけのようなものだが、この対談はリーダーの世代交代にあたって、持てる経験とノウハウのすべてを伝授したいという師弟対談の趣きがある。自立生活運動は人材育成に成功し、リーダーの世代交代にも成功していると見える。

ひるがえってわたしが関与する女性運動の分野ではどうか。うらやんでばかりはいられない。

(うえのちづこ 社会学者)