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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年4月号

福祉用具としての課題と展望

井上剛伸

1 はじめに

ロボットというと、まず初めに思い浮かべるのは、鉄腕アトムやドラえもんといったアニメの世界の話という人が多いのではないだろうか。

図1に私見ではあるが、介護ロボットの変遷をまとめてみた。左上から右下にという流れで見てほしい。

左上にあるのは、当時の機械技術研究所で開発された移乗介助のロボットである。名前が“メルコング”といって、大きさもとても大きく、これは現場への導入は難しいだろうという直感が働くものであった。25年前ぐらいのことである。

その右にあるのが、“リーバ”という東海ゴム工業と理研で開発されたクマ型の移乗ロボットである。とても親しみやすい風貌で、だいぶ実用的な雰囲気が表れてきた。リーバの開発は、およそ10年前くらいであろうか。

右端にあるのは、パナソニックが開発した移乗介助ロボットで、介助者が操作して動かすタイプになっている。その下が、同じくパナソニックが開発した“ロボティックベッド”で、2009年度~2013年度NEDOの事業で実施された生活支援ロボット実用化支援事業で開発されたものである。ベッドが電動で分離し、電動車椅子になるので、移乗がいらないという機器である。

さらにその下にあるのが、ロボティックベッドの分離機能と移動機能を手動化した“リショーネ”である。2013年度には、世界初の生活支援ロボットの国際規格(ISO13482)に基づいた認証を得て、パナソニックから市販化されている。この流れを見てみると、ロボットロボットした物から、まさに福祉用具へと進化していったことが見て取れるのではないだろうか。

約20年前にオランダで実用化されたのが、現在のiARMというロボットアームである。また、日本で市販化された食事支援ロボットや、アザラシ型のセラピーロボット“パロ”など、ロボットのイメージよりもずいぶんシンプルに、実用的になっていると感じられる方も多いのではないだろうか。そして、最近話題となっている外骨格型のパワーアシストスーツ“HAL”。これも先端的技術を予感するデザインではあるが、装具の範疇にだいぶ近づいているのではないだろうか。

このように、近年の介護ロボットは、実用的になり、シンプルになり、より福祉用具としての範疇に近づいてきた、もしくは、福祉用具として扱えるようになったといえる。本稿では、このような介護ロボットを福祉用具として扱うとした場合の、課題や将来展望について、概説することとする。

2 福祉用具とは

福祉用具の定義としては、いくつかのものが示されているが、以下に代表的なものを示すこととする。

福祉用具法に示されている「福祉用具」の定義は、以下のようになっている。

「第2条 この法律において「福祉用具」とは、心身の機能が低下し日常生活を営むのに支障のある老人(以下単に「老人」という。)又は心身障害者の日常生活上の便宜を図るための用具及びこれらの者の機能訓練のための用具並びに補装具をいう。」

国際的な福祉用具の定義として代表的なものに、国際標準化機構が発行しているISO9999「福祉用具の分類と用語」と、世界保健機関(WHO)が発行している「国際生活機能分類(ICF)」をあげることができる。ISO9999:2011における定義は、以下のとおりである。

「Assistive products:障害者によって、障害者のために使用される用具、器具、機具、ソフトウェアであって、 以下の要件のいずれかを満たし、特別に製造されたものであると、汎用製品であるとは問わない。

  • 参加に資するもの
  • 心身機能と構造および活動に対し、それを保護または支援、訓練、検査、代替するもの
  • 機能障害、活動制限、参加制約のいずれかを予防するもの」

また、ICFにおける定義は、以下のとおりである。

「Assistive products and technology:障害のある人の生活機能を改善するために改造や特別設計がなされた、あらゆる生産品、器具、装置、用具。」

これらの定義の中で、最も広い範囲を包含するものがISO9999であり、測定や予防に寄与する機器も含まれるとともに、特定の利用者のために作られた特定の機器に限らず、一般製品まで含めたものとなっている。ICFは、特別に設計されたものに限定しており、福祉用具法では、生活上の便宜、機能訓練に限定している。

これらの定義を基に考えると、現在経済産業省と厚生労働省で進められている介護ロボットの開発・実用化で扱われているロボットは、介助者が装着するもの以外は、ほとんどが福祉用具の範疇に入ることになる。

3 ロボットアームの臨床評価から

著者らは2010年度から2012年度の3年間で、厚生労働科学研究費の補助を得て、「重度肢体不自由者用ロボットアームのコスト・ベネフィット評価」を実施した。この研究では、重度肢体不自由者用のロボットアームの在宅利用における利用効果および導入による社会コストの増減について、臨床評価を通して明らかにすることを目的として研究を実施した。

ロボットアームの評価プロトコルは、オランダでの評価プロトコル等を参考に、2日程度の短期評価と3か月を基本とした長期評価に分けて構築した。

短期評価では、頸髄損傷者、筋ジストロフィー患者、脳性マヒ者等を対象として実施し、その結果から、プロトコルの課題の遂行には、3分~40分程度の所要時間がかかり、筋ジストロフィー患者では他と比較して早い傾向が示された。また、脳性マヒ者については、4人中2人が課題の遂行が不可能であり、適応には注意が必要であることが示された。心理的評価の結果では、QUEST2.0得点でやや満足~満足を示し、PIADSでは正の効果が示されたものの中等度の効果であることが示された。心理的効果についても、筋ジストロフィー患者で高い傾向が示された。

長期評価では、頸髄損傷者および筋ジストロフィー患者を対象として実施し、その結果から、ロボットアームを利用することで、ADLやiADLに向上が見られた。心理的評価の結果では、QUEST2.0でやや満足、PIADSでやや正の効果が示された。また、作業質問紙を用いたロボットアームの導入前後での作業の評価からは、1~2つの作業が加わったとの結果が得られたが、9割以上の時間帯の習慣に変化を認めなかった。しかし、作業の変化として抽出された「水分補給」では、自分のタイミングで人に介助を頼まず飲めることがうれしいとのコメントが得られた。

このことから、ロボットアーム導入によって変化するのは、作業の質であり、これまで行なっていた作業の中で活用できるところから始めていると考えられる。また、加わった数少ない作業として、「お酌をする」「猫をじゃれさせる」「軽食の準備をする」という作業においては、自分から他者(ペット)との交流を伴う能動的な作業という点で共通していた。また、新たに加わった作業はこれら以外にはほとんどなかったが、生活満足感が維持・向上した。以上のことから、自分で他者との交流を伴う能動的な作業が可能となることが、生活満足感が向上につながる可能性が高いと考えられる。これらの作業は、ロボットアーム導入が可能にした作業であり、重度肢体不自由者に共通した潜在的な作業ニーズであることが考えられた。

コスト・ベネフィットの評価結果からは、介助時間を尺度とした対象機器に対するユーザーの主観評価結果より、機器の価値が機器導入価格に見合うとするユーザーがいる可能性が示された。ただしその一方で、ロボットアームの導入により、現在の介助サービスの利用時間を減らすことができるかについては、否定的な意見を示した被験者・当事者もいた。金額を尺度とした主観評価結果では、ロボットアームの推定導入費用以上の評価をした被験者はいなかった。このことは、ロボットアームの入手手段が現在の市場価格のもとでの私費購入に限られる場合、普及が進まないことを示唆している。

また、タイムスタディの結果から、ロボットアーム導入によりその導入費用に見合う介助に要する実時間が短縮するかどうかについて検討したところ、一概に介助時間が短縮するとは言えない結果が得られた。明確な結論を得るためには、今後、データの蓄積を進める必要がある。

高額・高機能な福祉機器の普及には、自費での購入が難しく、公的給付の影響が大きい。ステークホルダーによる研究会の議論でも、その点は指摘されたが、一方で、介助時間を削減することに対する当事者の反対意見も多く出された。一概にコストのみで判断することの難しさが示されたといえる。

これらの議論を踏まえて、当事者がその福祉機器の利用価値を的確に判断するための機会が少ないことが問題点としてあげられた。その解決策として、臨床評価や試用の充実や、レンタルサービスを広めることも重要である。利用する機会が増え、自分でできることが増えることを実感し、利用者がその価値を認め、その上で再度コストの議論をすることも必要である。時間がかかるプロセスではあるが、着実な進め方といえる。

この研究から、新たなコンセプトの福祉用具を生活に導入しようとした場合、生活環境や介護者を含めて生活全体をも見直す必要が指摘された。そのために、新たな機器をどのように使えばいいのか、どこに効果があるのかを事例を積み重ねつつ利用者や関係者に示していくことが必要とされる。この点は、解決しなければならない大きな課題といえる。

4 何でもできる福祉用具?

ロボットと福祉用具の大きな違いのひとつとして、多機能と単機能という軸を考える必要がある。福祉用具の世界は給付や分類など、基本的には単機能の機器として成熟してきた。この背景には技術的な要因が大きく影響をしていたのであろう。多機能の機器を作ろうとするとどうしても大きくなったり、複雑になって使い勝手が悪くなったりする。

これに対して、ロボットのひとつの特徴として“何でもできる”多機能という点を挙げることができる。これまでロボットは“何でもできるけど、何の役にも立たない”といわれてきた経緯がある。現在の介護ロボットの流れでは、それに対する打開策として、機能や目的を絞り、役に立つかたちでロボットを仕上げようという、画期的な方針をとっている。そのために、前述のように福祉用具として取り扱いのできる実用的な介護ロボットが現実のものとなったのである。

ただ一方では、それでもまだ単機能の福祉用具の概念から考えると、多機能な介護ロボットも多々見受けられる。実用的な介護ロボットがでてきたからこそ、福祉用具の側で多機能な機器をどのように扱うのかは、今後、議論が必要な点である。

5 おわりに

実用的な介護ロボットが開発されてきている今だからこそ、利用者側がこの新しい技術をどのように使いこなすかが試される時代になったように思う。新しい機能を持ち、いろいろな使い方ができる福祉用具として、生活や介護の場面に効果的にこれらの機器を当てはめ、有効に活用することが求められてくる。技術に流されない、しっかりとした考え方を用意する必要がある。

(いのうえたけのぶ 国立障害者リハビリテーションセンター福祉機器開発部長)