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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年4月号

障害者権利条約「言葉」考

「社会的な保障」

引馬知子

「社会的な保障」の国連障害者権利条約(以下、条約)における原語は、英語正文では「social protection(ソーシャル・プロテクション)」である。この原語は、他の文書で「社会的保護」または「社会保護」と訳出されることも多い1)

ソーシャル・プロテクション(「社会的な保障」)は、公的扶助や社会保険といった狭義の社会保障(social security)を含みつつ、広義の社会保障2)にも重なる広い概念である。この言葉は、国連やその専門機関であるILO(国際労働機関)、EU(欧州連合)等で、近年広く使われている。 

国連やILOは、適切なソーシャル・プロテクションは、基本的な人権であり、個々人の福祉や社会の合意形成の手段であると位置付ける。あわせて、公正な成長・社会安定・経済パフォーマンスに不可欠かつ、競争力に貢献するものと捉えている3)

条約ではこの言葉は、第28条「相当な生活水準及び社会的な保障」(政府公定訳)で用いられる。同条文は、障害者やその家族の食糧・衣類・住居を含む適切な生活水準、障害に関連するニーズに応える適切で負担可能なサービス(社会サービスを含む)、補装具・補助器具、さらに、障害者の家族等への支援等の確保を謳っている。

これらは経済的、社会的および文化的権利として、締約国には漸進的な達成が求められる(条約第4条2)。しかし、その中核には、即時的対応がまさに不可欠な、障害者の生存権(最低生活保障)がある4)

第28条を射程とする条約の第6回締約国会議(2013年7月)は、「障害者の貧困削減とソーシャル・プロテクションの促進」をテーマとした。ここでは、障害者の生活保障(経済的なエンパワーメント)と貧困削減にあたり、障害者の労働市場への参入や状況に応じた出入(再参入)を支える障害年金および保健医療などの諸措置、労働参加に必要な費用への支援等が取り上げられた。さらに、障害のある子どもへの教育や職業訓練、これらすべての計画における当事者参加、適切な生活水準を保つ、地域に根差したリハビリテーションやハビリテーションの重要性が指摘された5)

以上のように、ソーシャル・プロテクションは、自立した生活及び地域生活への包容(第19条)、教育(第24条)、労働及び雇用(第27条)等、他の規定の実現と関わりが深い。

条約前文が記すように、障害者の大多数は貧困下で生活し、障害のない者と等しい人権や基本的自由を享受していない。労働の機会が得難い、働いても生活に足る収入がない等の状況が現実にある。有限の財源のなかで、障害者の主体的でよりよい生活保障のために、いかに効果的な支援や手当等を組み合わせて実施するか、各国の好事例の交換と新たな試みが必要と考える。

(ひくまともこ 田園調布学園大学教授)


1)ちなみに、世界人権宣言や社会権規約の政府公定訳にある「社会保障」の原語はsocial securityである。

2)憲法25条や社会保障審議会資料参照

3)ILOホームページや「ソーシャル・プロテクション・フロアー勧告(202号)」等参照

4)条約第4条2「ただし、」以下の文参照

5)CRPD/CSP/2013/2等参照