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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年5月号

知り隊おしえ隊

どんなに重度の障害があっても、あきらめるより楽しむことから始めよう!

宮野秀樹

「C4がチェアスキーをやるなんて日本でも初めてじゃないか?」

自らの不注意による交通事故で第4番頸髄損傷(C4)となって22年。首から下が動かない体では、スキーはおろか雪山の寒さに耐えることすら不可能だと思い込んでいました。インターネットで調べても、私のような高位頸髄損傷者がチェアスキーに挑戦している情報はなく、あるのは「本当にこの体で滑ることができるのだろうか?」という不安だけでした。当然、チェアスキー関係者から聞こえるのも前述の発言しかない状況でした。

チェアスキーに挑戦することになったきっかけは、本当にたわいない会話からでした。リハビリテーション工学の関係者が集まる場で、チェアスキーの普及に力を入れているエンジニアから「チェアスキーやってみませんか?」と声をかけられ、「いいですね、やれるならやってみましょう!」と“ノリ”で返事をしたことから話はどんどん進んでいきました。

「女性にモテたい!」。不純な動機(当時は健全な動機)で始めたスキー。社会人になって本格的に始めたスキーも、性に合っていたのかみるみるうちに上達。「これくらい上手くなったらモテるだろう!」と自信を持った矢先の受傷。もちろん、このようなスキー経験があるから「やってみたい!」と思ったのですが、準備段階から受傷前に滑っていたのとはまるで勝手が違うのが今回のチェアスキー挑戦でした。とはいえ、気がつけば、去る2月26日(木)~28日(土)の3日間、福島県会津高原スノーリゾートたかつえスキー場で開催された「第36回日本チェアスキー大会」に参加していました。

チェアスキーに挑戦するにあたって準備に重点を置いたのが、私の体に合わせたチェアスキーの製作と寒冷環境における自律神経の変動(体温調整)への対応でした。実は私のような四肢マヒ者は、上肢の完全マヒと体幹機能障害における姿勢保持困難により、チェアスキーに乗車することが難しいようです。

私が実際に乗車したのは「バイスキー」というものでした。私たちが耳にしたことがある「チェアスキー」は、椅子に座ったスキーの総称らしく、スキー板が1本のものはモノスキーと呼ぶそうです。スキー板が2本のものをバイスキーと呼び、モノスキーよりも安定感があるらしく、重度の障害がある私のような人たちが主に使用するようです。私が使用するバイスキーは、通常のバケットシートは私のお尻が大き過ぎて使用できないため、特注で製作することになりました。バイスキーのフレームに姿勢保持のために工夫されたバックサポートを取り付け、除圧と乗り心地を考慮してROHOをクッションに採用したC4スペシャル仕様バイスキーがエンジニアの手によって完成しました。

自律神経の変動に対する準備は、防寒対策を重視して行いました。チェアスキー経験のある頸髄損傷者のアドバイスと指示のもと、防寒・防水加工が施されたスキーウェア・グローブ・スノーブーツと、発熱・保温機能のあるインナー&タイツを重ね着できるように用意しました。そして、チェアスキー関係者が口を揃えて唱える「貼るカイロ(足用含む)」を大量購入。「足下を冷やしてはいけない」と一般的に言われますが、実際に足用の貼るカイロは、体温低下防止に役立っていたようです。とにかく「寒い」と感じないように顔に当たる風も防ぐ必要があるため、ヘルメットやゴーグル、ネックウォーマーも大変重宝しました。

チェアスキー挑戦には、もう一つ欠かせないものがあります。特に私のような全介助を要し、自律神経のコントロールが効かないといった障害特有の症状を持つ障害者には、安全にスキーを楽しむためのサポート体制が必要です。今回は、日本チェアスキー協会の全面協力の下、多くの支援者に関わっていただきました。バイスキーのセッティングにはリハ工学関係のリハエンジニアやシーティングエンジニア、体調管理にはドクター、体温変化の測定に医療系大学の教授と学生、実際のスキーにはチェアスキー指導員とボランティアの学生、スキー以外の生活介助には普段の生活をサポートしてくれている介助者、とひとつのチームサポート体制が確立されていました。

日本チェアスキー協会普及部のみなさんも「楽しめてかつ無事に生還できるように」と真剣に議論しながら、私と一緒にスキーの方針を決めてくれたことは大いに安心できました。体に自律神経測定センサーや、耳に体温測定センサーを取り付けて体温変化を測定してアドバイスしてくれた医療系大学のサポートも「無理をしない」という安全につながりました。本当に「スキーを楽しむ」ことだけに専念できる体制のおかげで、それまであった「体調管理の不安」や「体温調節の不安」などのすべてを忘れることができました。

屋内でバイスキーに乗車して、台車を活用して屋外に運んでもらう時にはかなりの緊張があったと思います。屋外に出て、目の前に広がる白い世界に格好つけて、心の中で「ただいま!」と言った時もまだ緊張していたはずです。初滑りのために初級者コースの中腹まで移動する際、スノーモービルでバイスキーに乗った私と指導員を一緒につないだロープで引っ張って行ってもらうのですが、スノーモービルが発進した瞬間にアドレナリンが大爆発を起こし、すべてを吹っ飛ばしてしまいました。風を切るスピード、顔に当たって後ろに舞い散っていく雪、平らではない雪上から伝わるリアルな振動、そして視界を飛び越えていく景色。言葉を失い、そして言葉が自然に出てくる。寒くもなく、怖くもない、何かがバンッと弾けたような、それでいて音のない静寂に包まれているような不思議な感覚に陥りました。おそらくどんな言葉を使ってもこの感覚は理解してもらえそうにありません。

そして、実際に滑った感想は…もう言葉が見つからないほどの感動がありました。目に入ってくる景色はいつか見た景色と同じでした。それでももう見ることはないとあきらめた景色でもありました。なぜ自分がここにいるかを問いたくなるけど、そこにいることはあたかも必然的であるように、目の前にただ広がる景色。呼吸をするのも忘れそうになるくらい見入っていました。

ゲレンデを滑り降りる怖さは初めからなかったかのように、ただただ普通に滑っていました。正直、自分でも驚くほどスキーを楽しんでいました。指導員から体の倒し方を教えてもらい、倒したい(曲がりたい)方向へ目線を持っていき、頭と体を入れていくと普通にバイスキーが反応して曲がっていきます。見ていると、後ろに付いた指導員が操作しているように感じますが、実際はすべてをコントロールはしていませんが、私が確実に舵を取っているのです。こればかりはやってみないとわからないことでしょう。どんどんスピードアップして、体を倒して曲がる間隔も短くなり、イメージの中ではきれいな曲線のシュプールを描きながら滑っています。

リフトも最初は不安でしたが、指導員とスキー場のスタッフが協力して座席に座らせてくれることを1度体験すれば、後はリフトの乗り降りまでもが楽しくて仕方がありませんでした。結局、初日は何本滑ったかも覚えていないくらいにアッという間に終わったのが実際です。

しかし、注意しなければいけない問題もありました。屋内に戻って体に取り付けていた測定センサーを外して計測したところ、自分では全く感じていなかったにもかかわらず、ところどころで体温が35度を切りかけていたことが判明しました。自分が感じていないところで密かに危険が迫っていたのかと思うとゾッとしました。

2日目は初日の結果を踏まえて、休憩を多く取りながら滑ったのですが、それでも体温が34・8度まで下がってしまうという結果が出たので、早々に滑るのを切り上げました。的確に指示してくれるサポート体制のおかげで大事には至りませんでしたが、やはり雪山では、自分の力ではコントロールできないことが多いと痛感しました。かつてスキーをやっていた頃のようにはいかないことが多いですが、それでも今回のチェアスキーへの挑戦は貴重な経験ができた場であったと思います。

よく「可能性は無限だ」と言う人がいます。ただ、やりもせずに「可能性は無限」を口にすることは止めておきたい。今回は「可能性はゼロではない」ことを実証するためにチェアスキーに挑戦しました。結果は、私の可能性はまたひとつ無限に近づきました。失敗を恐れていては何もできない。これからはたとえそれが不可能に近くても、それに挑んだ自分を誇りに思えるように行動していきたい。そう感じさせてくれたチェアスキー大会であったと思います。

今回のこの挑戦に、多くの方が手を貸してくれました。私一人では成し遂げられなかったこの挑戦。日本チェアスキー協会、リハ工学関係者、医療従事者、ボランティアのみなさん、関わってくださったあらゆる方々にお礼を申し上げたい。

そして最後に、声高らかに唱えておきたい。どんなに重度の障害があっても、あきらめるより楽しむことから始めよう!

(みやのひでき 全国頸髄損傷者連絡会)