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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年5月号

ワールドナウ

被後見人の選挙権回復が表彰
―ウィーンでのゼロプロジェクト2015会議

長瀬修

はじめに

2013年3月に、東京地方裁判所(定塚誠裁判長)が被後見人の選挙権を剥奪(はくだつ)する公職選挙法の規定は憲法違反であるという判決を下し、その判決を受けて国会は2013年5月に公職選挙法を改正した。この法改正によって13万6000人以上の被後見人の選挙権が回復された。この取り組みが、2015年2月25日から27日まで、オーストリアの首都ウィーンで開催されたゼロプロジェクト2015会議において、先進的政策として表彰された。

被後見人の選挙権回復は、障害者権利条約、とりわけ、第29条の「政治的及び公的活動への参加」の実施として国際的にも注目されてきた。障害者組織の世界的ネットワークである国際障害同盟(IDA)の投票権と立候補権に関する刊行物でも取り上げられている。また、障害者権利委員会の副委員長であるテレジア・デゲナー教授(ドイツ)は、批准前の条約実施取り組みの好事例として本件を講演でも紹介してきた。そうした関心を得てきた本件の国際的な評価を決定付けたのが、今回の表彰であると言っても過言ではない。

昨年、2014年1月の障害者権利条約(以下、「条約」)の批准を受けて、来年の第1回政府報告書提出に向けて、条約の本格的な実施が課題となっている日本である。条約の実施促進という観点からは、批准前の取り組みの成果である本件への高い国際的評価を受けて、いっそう条約の本格的実施に向けての取り組みを強化する刺激剤として受け止めたい。

バリアのない世界を目指すゼロプロジェクト

ゼロプロジェクトは、条約の実施を通じて、障害者の権利を国際的に推進するプロジェクトである。オーストリアを本拠とするエッスル財団が2010年に開始し、2011年には、ワールド・フューチャー・カウンシル(本部はドイツ)、2012年には、ヨーロッパ財団センター(本部はベルギー)がパートナーとして加わっている。同プロジェクトは1.条約実施の社会的指標の作成、2.先進的政策と、先進的実践の選出を柱としている。

ゼロプロジェクトは2013年に雇用、2014年にアクセシビリティを取り上げてきた。それぞれのテーマについて、ゼロプロジェクトレポートをまとめ、そのテーマを主題とするゼロプロジェクト会議を開催してきた。今回、2015年2月に開催された第4回会議は、自立生活と政治参加を取り上げた。来年は教育を取り上げる。

2015年のテーマである自立生活と政治参加に関して同プロジェクトは研究を進め、11の先進的政策と39の先進的実践を選出した。日本の被後見人の選挙権回復は20か国から27の取り組みが推薦された中から、国際的専門家による審査を経て、11の先進的政策の一つとして最終的に選ばれたのである。

ゼロプロジェクトはたとえるならば、イソップ寓話の太陽である。障害者の権利を保障する政策や実践を評価する形で、こうした好事例の後押しをしている。対比して、条約の障害者権利委員会の総括所見(最終見解)は1部、太陽の要素はあるものの、おおむね北風と言っても差し支えないだろう。条約の実施を通した障害者の権利保障という目的は共有しつつも、ゼロプロジェクトのアプローチは、条約を「実現するための具体的方法の提示と共有」に主眼がある。北風はもちろん必要であるが、太陽も欠かせない。

選挙権回復の評価

ゼロプロジェクトは、被後見人の選挙権回復の先進的要素として1.勝訴(日本の裁判所が初めて、被後見人の選挙権剥奪を憲法違反であると判断したこと)、2.成年後見制度の利用と投票権の切り離し(条約の第5条、第12条、第29条の実施)、3.迅速な法改正の3点を挙げた。また、そのインパクト・成果として、(a)13万6000人以上の投票権回復、(b)投票権の実質的回復の課題の社会的な共有、(c)地方自治体による模擬投票の実施等を指摘した。他国への移転可能性としては、国際育成会連盟や国際障害同盟が本件に関する情報共有を進めている点を取り上げた。

なお、他の政治参加の先進的政策として、1.ウガンダ:障害者議員枠(1995、1996、1997)、2.英国:公職への立候補支援予算(2012)、3.スペイン:投票と選挙過程への参加(2007)、4.ニュージーランド:選挙過程へのアクセス向上(2014)、5.南アフリカ:障害者議員の平等なアクセス(2006、2009)が選ばれた。

また、自立生活の先進的政策として、1.オーストリア(上部オーストリア):職業としてのピアカウンセリング(2008)、2.スウェーデン:パーソナルアシスタント予算への権利(1993)、3.スウェーデン:パーソナルオンブズマン(2000)、4.ベルギー(フランデレン地域):パーソナルアシスタント予算(2000)、5.ルクセンブルク:全国障害情報センター予算(1993)が選出された。

表彰式と報告

50か国以上から400人以上の障害者リーダー、政策決定者等が参加した会議には、投票権回復の取り組みを代表する立場で日本から3人が出席した。国を相手に選挙権の確認を求めて訴訟を起こし、東京地裁で勝訴した名兒耶匠氏の父親、名兒耶清吉氏(NPO法人おおぞら理事長)、名兒耶さんとご家族を献身的に支えた弁護団を代表して杉浦ひとみ弁護士(東京アドヴォカシー法律事務所)である。この取り組みに関して、国際的情報収集・情報発信を担った立場で私も末席に加わらせていただいた。この3人で25日の表彰式に出席した。大変残念ながら、原告である名兒耶匠氏自身のご出席は長旅の問題があり、実現しなかった。

27日には会議の「全ての人の投票の権利」に関する分科会にて報告が行われた。まず名兒耶清吉氏から訴訟の背景について心打つ報告があり、その後、杉浦氏による匠氏のビデオインタビューの上映と、杉浦氏による勝訴後の迅速な法改正の要素と現在の取り組みに関する力強い報告があった(写真参照)。名兒耶氏、杉浦氏ともにパワーポイントを使用して英語で報告をされた。報告後、会場からは大きな拍手があった。

なお、表彰式を含む、会議が行われた国連ウィーン事務所は、1992年7月から1993年9月までの国連事務局社会開発人道問題センター障害者班に、私が勤務していた思い出の場所であり、ひとしお感慨深かった。条約のさきがけとなった「障害者の機会均等化に関する基準規則」策定に必死に取り組んだ日々だった。その後、条約策定によって、社会開発のみならず、人権の分野でも障害が位置づけられるようになったのは周知のとおりである。

おわりに

最後に、政治参加の今後の課題の一端について、名兒耶清吉氏の言葉で締めくくる。

ただ、13万6000人の選挙権が回復されたといっても、実際に何人が投票に行けたか。どうせ我が子には分からないと思い込んでいる親も多いのではないか。投票所での合理的配慮もほとんどないというのが現実だ。

昨年12月の衆議院選挙では、私たちの住む茨城県は4つの選挙が重なり、投票に慣れていた匠もさすがに混乱した。係の人に「政党名を書いてください」と言われても、「せいとうめい」が分からない。市の職員がサポートしてくれて投票できたが、例えば広報を見せて指さしで確認してもらうなど、さまざまな工夫が必要だと思う。

白票になっても投票の意思表示をすることを大切にしていけば、いまは困難のある人たちも慣れていくと思う。成年後見制度そのものの見直しも課題だろう。

まだまだ差別や偏見をなくすためにやることはたくさんある(注)

(ながせおさむ 立命館大学生存学研究センター客員教授)

先進的政策としての選出証明書
図 先進的政策としての選出証明書拡大図・テキスト


(注)名兒耶清吉(2015)「投票のための工夫を」福祉新聞2015年3月30日号

*本研究はJSPS科研費25380717および24223002の助成を受けたものである。