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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年6月号

フォーラム2015

日英交流セミナー「脳損傷者の生活の質向上とアート活動」

小川喜道

はじめに

脳損傷による高次脳機能障害のある人への支援は、各地の当事者団体の地道な活動に支えられ、また、各都道府県の支援拠点事業の展開や、就労、教育、医療、福祉など多分野における取り組みが進められている。しかし、地域に暮らす一人ひとりをみれば、多様で個別的な課題を抱えており、まだまだ支援の広がりと厚みを創出していかなければならない。

高次脳機能障害は、外から見えにくく、また、認知・行動・コミュニケーションなどに多様な困難を伴うことから、日常及び社会生活に支障を来すことになる。本人にとっては受傷前と現在の状態にギャップを感じ、周りからそれを意識させられ、大きなストレスとなっていることもある。

今回、そうした社会との関係を作り出すプロセスの中で自らの道を模索している人たちが、自信と尊厳を回復する上でのアート活動を取り上げたセミナーを開催した。そこでは、ヘッドウェイ・イースト・ロンドンの経験と、日本各地の事業所で行われている創作活動を共有することで、支援の幅を広げていく機会となった。

日英交流セミナーの開催

2015年2月27日から3月6日にかけ、日本脳外傷友の会の後援、大和日英基金の助成を受けて、日本各地で脳損傷者のエンパワメントとアート活動をテーマに日英交流セミナーを開催した。来日したのは、ヘッドウェイ・イースト・ロンドン【注1】の代表ミリアム・ランツベリーさんと事業開発部長のベン・グラハムさんの2人である。ミリアムさんは看護師出身で、地域保健に関わったのちに、このヘッドウェイに働き20年ほどになる。心理学を学んだベンさんは、当初はボランティア活動から入り、今ではヘッドウェイの事業拡大に貢献している。今回は、訪問先の各事業所の活動に参加した後、その場を利用させていただきセミナーを実施、利用している障害者と交流できる機会を作るようにした。

訪問先は、高次脳機能障害者への支援事業を行なっている、ほっぷの森(宮城)、ケアセンターふらっと(東京)、えんしゅう生活支援net(静岡)、笑い太鼓(愛知)の4か所、及び、障害者アートをそれぞれの形態で運営している、アートインクルージョン・ファクトリー(宮城)、エイブル・アート・ジャパン(東京)、みずのき美術館(京都)、エイブルアート・カンパニー(奈良)の4か所であり、それぞれの場で相互に大いなる刺激を受けることができた。

ヘッドウェイ・イースト・ロンドン

イギリスでは1979年にヘッドウェイ脳損傷協会が設立され、現在では、英国内に120以上のヘッドウェイグループと支部が存在している。それぞれ、独自の運営と活動プログラムを発展させているが、わが国と同様、イギリスも近年の福祉制度・政策は厳しい状況にあり、公共支出の大幅削減が行われ、福祉支援も曲がり角にある。また、障害者の雇用政策も効果が見られていないと言われている。そのような中にあって、今回、来日したミリアムさんが代表を務めるこのヘッドウェイ・イースト・ロンドンは、重度の脳損傷者に対して精力的に支援活動を行なっており、「今こそ民間の力で支えていかなければならない」という思いを強く抱いていた。

ロンドンのやや東に位置するヘッドウェイ・イースト・ロンドンは、代表のミリアムさんが発展させてきた脳損傷者のデイセンターである。1996年の開設当初は、3人のメンバーからスタートしたが、現在150人が登録メンバーとなり、ボランティアは40人となっている。

ここヘッドウェイでは、通所している人を“メンバー”と呼んでいる。“患者”ではなく、また“利用者”という呼称も提供者との主従関係となりがちなので使わない。デイセンターは障害者自身が中心になって作っていくという考え方で、“メンバー”と呼ぶ。ミリアムさんは、メンバーとスタッフの間の対等性を重んじている。そして、選択肢の限られた活動や管理的制約を外し、柔軟性のあるアプローチによりメンバーの関心に応えている。

通常のデイサービスとしてのプログラムは、1.アーツ&クラフト、2.ディスカッション、3.料理、4.セラピー、5.ゲーム、6.野外活動、7.興味のある場所への旅行、が挙げられており、アウトリーチの支援などを含むその他のサービスとしては、8.セラピー、9.アドバイスとアドボカシー、10.家族支援、11.若者グループ、12.就労プロジェクト、13.週末開催の懇親会、などとなっている。

ヘッドウェイ・イースト・ロンドンのアート・スタジオ

ミリアムさんはアート活動に意義を見出している理由を次のように話している。アート活動が大多数の人にとっては学校を卒業後、初めての経験であることが多く、また、受傷前と現在を比較することもない。作品としての成果物があることで、達成感を生じる。そして、アートには正しいとか間違いということもない。そして、何よりもアートの良さは、高次脳機能障害のある人の“自己表現”をする場になることである。

今回のセミナーでは、メンバーの方々のアートを巡る会話などが映像で紹介され、コミュニケーションが生じるいきいきとした場であることが理解できた。広いスペースをもつアート・スタジオはいつでも通ってくることができ、個人作品を制作することもあれば、共同作品として大作の造形に取り組むこともある。

わが国の創作活動

一方、わが国でも各地で創作活動が展開されている。ほっぷの森(仙台)を運営している白木福次郎さんらの手で、アートインクルージョンの活動が展開され、そのファクトリーでは、障害のあるアーティストが自らの作品を紹介してくれた。ケアセンターふらっと(世田谷)では、美術を専攻していた当事者が絵画教室の講師として活動しているところに参加、仕事の終了後にお話を聞くことができた。浜松のえんしゅう生活支援netのセミナーでは、お2人の当事者が自分史を語り、その中にそれぞれのアート活動がスライドで示された。笑い太鼓(豊橋)では、通所している方々と共に書道を楽しんだ。エイブルアート・カンパニー(奈良)では、障害者のそれぞれの個性を12分に発揮している活動に触れ、アート談義に花を咲かせていた。こうして、各地でアートを巡る貴重な交流をすることができた。

おわりに

ベンさんは、アート・スタジオを発展させてきた一人で、「アートによって脳損傷者は自分自身を表現し、自らの価値を見いだすことができる」と語っている。10年以上をかけてアート・プロジェクトを構築してきているが、その中で、障害のあるアーティストも互いに支援し合っている。そして、最近ではようやく、アートがヘッドウェイの収入創出の一助となってきていることが報告された。

さらに取り組むべきこととして語られていたのは、1.脳損傷及びその影響についての啓発活動、2.ヘッドウェイ及びその活動の認知度の向上、3.脳損傷を負った人々、ならびにその家族に対するより良い支援とサービスのためのキャンペーン、4.幅広いサービスの提供、であった。わが国も全く同様のことに取り組んでいかなければならないことを再認識した。

今回のセミナーにおいて、ミリアムさんが最も伝えたかったことは、メンバーが活動の中心にいるということ。そして、事業者はメンバー中心のサービスを提供しなければならないこと。ありのままのその人をまずは受け入れ、他者から認められる経験を積み、人々から尊重されるということ、そのことがもっとも力を伸ばすことになると強調していた。

ミリアムさんは言う、「メンバーだけでなくスタッフ、ボランティアなどいろいろな人が一緒になって一つのものを作りあげた時、そのできあがったものは何物にも変えがたい、すばらしいものになる」と。

(おがわよしみち 神奈川工科大学教授)


【注1】ヘッドウェイ・イースト・ロンドンのHP:http://www.headwayeastlondon.org/

ブログには、ベンさんの日本滞在中の日々の印象が率直に語られている。メンバーの作品を見ることもできる。