音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

ADAの裁判的実現

植木淳

1 ADA訴訟の概況

ADAは、第1編で雇用に関する障害差別を禁止し、第2編で公的機関(州・地方公共団体)による障害差別を禁止し、第3編で民間事業者の運営する公共施設における障害差別を禁止している。その上で、ADAは、各編を通じて、1.直接差別の禁止(障害を理由とする不利益取扱の禁止)、2.間接差別の禁止(障害のある人に不利益な効果を及ぼす取扱の禁止)、3.合理的配慮の提供義務、を規定している(これらの法規範を「障害差別禁止法理」と呼ぶこととする)。

ADA違反が争われる裁判においては、1.直接差別あるいは2.間接差別に該当する行為に関して、当該行為に正当化事由があるか否かが判断される。

たとえば、他者に対して「直接の危険」が生じる場合には障害を理由とした別異取扱(直接差別)が正当化されうるし、雇用に関して業務関連性がある場合には、障害のある人に不利益な採用基準を設けること(間接差別)が正当化されうる。

次に、3.合理的配慮の提供義務に関しては、原告は原告自身の要求する配慮が「合理的」であることを立証する必要があり、その場合にも、被告が当該配慮が「過重な負担」であることを立証した場合には配慮義務を免れるとされている。

アメリカにおいては、ADA制定から25年が経過する中で、数多くの訴訟が提起されてきたが、概して言えば、「雇用」(第1編)に関する訴訟では、障害のある原告(労働者)に不利な判断がなされる傾向がある一方で、「公的機関」(第2編)および「公共施設」(第3編)に関する訴訟では、障害のある原告(サービス・施設の利用者等)に有利な判断がなされる傾向にある1)

2 ADA第1編訴訟の展開

(1)「障害」の概念の限定

ADA第1編「雇用」に関する訴訟では、連邦裁判所は「障害」の概念を限定的に解釈することで原告の訴えを門前払いにする傾向があった。

たとえば、1999年のサットン判決では、裸眼視力の不足を理由とする採用拒否の合法性が争われたが、連邦最高裁は、原告はメガネ・コンタクトレンズ等の「矯正手段」によって視力を確保できるために「障害のある個人」とはいえないと判断した2)

また、2002年のトヨタモーター判決では、連邦最高裁は、特定の仕事ができなくなったというだけでは「主要な生活行動」が制限されているとはいえないとして、原告が手の痺(しび)れなどの原因から離職を余儀なくされたとしても「障害のある個人」とはいえないと判断した3)

これに対して、2008年には、連邦議会が、ADAを改正して、サットン判決およびトヨタモーター判決を明示的に否定し、法律の保護対象が広範囲になるように「障害」の概念を解釈しなければならないと規定するに至っている。

(2)「合理的配慮」の限定

また、ADA第1編訴訟では、連邦裁判所は使用者の提供すべき「合理的配慮」の範囲を限定する傾向にあり、障害のある労働者が「傷病休暇」や「配置転換」を求めた事例でも原告に対して厳しい判断がなされている4)

近年の裁判例として、睡眠障害のためにラッシュアワーを避けて通勤する必要がある労働者のために勤務時間を調整することが「合理的配慮」に含まれるか否かが争われたが、第6連邦控訴裁は、ADAは「職場内におけるバリアを除去する」ことを要求するものであり、「職場の外部に存在するバリアを除去する」ことを要求するものではないため、通勤の便宜のために勤務時間を調整することはADAの要求する「合理的配慮」ではないと判断して、原告の訴えを退けた5)。そもそも、障害のある労働者は通勤時の困難に直面している場合が多く、ADAが通勤の援助を保障していないことが問題視されてきたが、勤務時間の変更すら保護対象ではないとする判断は、ADAの効果を劇的に減じるものと言わなければならない。

3 ADA第2編訴訟および第3編訴訟の展開

その一方で、ADA第2編「公的機関」およびADA第3編「公共施設」に関する訴訟では、障害のある原告に好意的な裁判例が散見される。

(1)「公的機関」による差別禁止

ADA第2編は、公的機関(州・地方公共団体)による障害差別を禁止している。

これに関連して、たとえば、麻薬・アルコール中毒患者のためのリハビリテーションセンターの設置不許可処分がADA第2編違反とされた事例がある6)。本件不許可処分は、直接に麻薬・アルコール中毒患者のための施設であることを理由としたものであるため「直接差別」に類型化されるが、第2連邦控訴裁は、本件不許可処分は周辺住民・土地所有者の差別的感情を理由とするものであり、正当化事由は存在しないとして違法判断をしたものであった。

また、肉食動物に例外なく120日間の検疫期間を設定していたハワイ州の規則がADA第2編に反すると判断された事例がある7)。本件の規則は、直接に障害を理由とした差別ではないが、ハワイ州を訪れる視覚障害者が介助犬を利用できなくなるという不利益な効果を受けるため「間接差別」に類型化されたものであった。

ADA第2編の適用対象は、刑事手続なども含めた行政活動全体に及んでいる。たとえば、1998年のイェスキー判決において、連邦最高裁は、ADA第2編が刑務所における障害のある受刑者にも適用されると判断した8)。それ以降、刑務所および刑事手続の中で障害のある受刑者・被疑者に対する処遇の是非が裁判で争われるようになっている9)

(2)「公共施設」における差別禁止

次に、ADA第3編は、民間事業者の所有・運営する宿泊施設・飲食施設・商業施設・医療施設等の「公共施設」における障害差別を禁止している。

これに関連する代表的な事例として、1998年のアボット判決において、連邦最高裁は、歯科医によるHIV感染者に対する治療拒否を違法とした第1連邦控訴裁の判断を大筋で是認した10)。本件における治療拒否は、直接にHIV感染を理由とする不利益取扱であるため「直接差別」に類型化される事案であり、歯科治療によって感染などの「直接の危険」が生じるか否かが争点となったが、連邦最高裁は「直接の危険」は行為者の主観的判断ではなく、医学的根拠などの客観的証拠によって証明されなければならないと判断して、客観的な証拠なく治療拒否をすることは違法であるとしたのである。

また、ビール工場の見学ツアーで「動物持込禁止」とされていたことが違法とされた事例がある11)。「動物持込禁止」は、直接に障害を理由とした差別ではないが、介助犬を利用している視覚障害者に不利益な効果を与えるため「間接差別」に類型化される。この点、第5連邦控訴裁は、異物混入の防止のために「動物持込禁止」が必要であるとする主張に対して、見学ツアーの進路を詳細に検討して異物混入が生じる危険性はないと判断したのである。

さらに、ADA第3編は、飲食施設や商業施設のアクセス可能化を要求しており、連邦裁判所の判例でも、大規模小売店に対して、車いす利用者が利用できるように通路幅の拡張などを求める命令が出されている12)。近年の裁判例としては、メキシコ料理店の店舗構造が違法とされた事例がある13)。本件で問題となったメキシコ料理店は、客が料理を見渡して好みの料理を注文するというスタイルで人気を博していたが、車いす利用者で視点の低い客は料理を見渡して選ぶことができないことが問題となった。この点、被告(メキシコ料理店)は、車いす利用者に対しては個別に料理を見せるなどの対応をとっていると主張したが、第9連邦控訴裁は、本件のメキシコ料理店は料理を見渡して選ぶという「体験」を味わえることを謳っており、店側による対応では車いす利用者が同等な「体験」ができないと判断したのである。

4 日本法への示唆

ADA訴訟によって形成されてきた「障害差別禁止法理」は、障害者差別解消法の施行を間近に控える日本にとっても大きな参考になる。障害者差別解消法の下では、ADAと同じように、行政機関および事業者が障害のある人に対する不利益取扱を行なった場合に、当該取扱を正当化する事由の存否が問われることになる。そこでは、前述したADA訴訟の判断枠組が参照されるべきである。

実を言えば、障害者差別解消法の施行以前から、日本の裁判例でも「障害差別禁止法理」の萌芽とも思われる事案が散見されている。たとえば、政治参加の領域では、発声障害のある市議会議員の議会での発言機会が保障されなかったことが違法であるとされた事例がある14)。また、教育の領域では、障害のある生徒が希望する普通中学校での就学を認められなかったことが違法であるとされた事例がある15)

民間事業者との関係では、精神障害を理由とするインターネットカフェへの入店拒否が違法とされた事例16)や、性同一性障害特例法に基づく性別変更をした者に対するゴルフクラブへの入会拒否が違法とされた事例などがある17)。それらの事例では、障害を理由とする不利益取扱に関して、被告側の主張する正当化事由が検証されたうえで、当該不利益取扱が違法とされるという枠組が採用されている。

また、重度障害者に対する航空機の搭乗拒否の合法性が争われた事例においては、航空会社が障害のある乗客に対して一定の配慮(=合理的配慮)を行う義務があることを前提とした判断がなされている18)。その意味で、ADA訴訟によって形成された「障害差別禁止法理」は、日本においても定着しつつあるといえるのである。

(うえきあつし 北九州市立大学法学部教授)


【脚注】

1)ADA訴訟の詳細に関しては、植木淳『障害のある人の権利と法』(日本評論社・2011年)参照。

2)Sutton v. United Airlines,Inc.,527 U.S. 471(1999).

3)Toyota Motor v. Williams,534 U.S. 184(2002).

4)See Monette v. Electronic Data Systems Corp.,90 F. 3d 1173(6th Cir. 1996);Burch v. City of Nacogdoches,174 F. 3d 615(5th Cir. 1999).

5)Regan v. Faurecia Automotive Seating,679 F. 3d 475(6th Cir. 2012).

6)Innovative Health Systems,Inc. v. City of White Plains,117 F. 3d 37(2nd Cir. 1997).

7)Crowder v. Kitagawa,81 F. 3d 1480(9th Cir. 1996).

8)Pennsylvania Department of Corrections v. Yeskey,524 U.S. 206(1998).

9)たとえば、身体障害のある被疑者を移送する際には障害に応じた安全で適切な手段をとることが必要であること(Gorman v. Barch,152 F. 3d 907(8th Cir. 1998))、聴覚障害のある被疑者を取調べる際には障害のない被疑者と同程度に効果的なコミュニケーションをとらなければならないこと(Bircoll v. Miami-Dade County,480 F. 3d 1072(11th Cir. 2007))などが説示されている。

10)Bragdon v. Abbott,524 U.S. 624(1998).

11)Johnson v. Gambrinus Company/Spoetzl Brewery,116 F. 3d 1052(5th Cir. 1997).

12)Lieber v. Macy’s West,Inc.,80 F. Supp. 2d 1065(N. D. Cal. 1999).

13)Antoninetti v. Chipotle Mexican Grill,Inc.,614 F. 3d 971(9th Cir. 2010).

14)名古屋高判2012年5月11日判例時報2163号10頁。

15)奈良地決2009年6月26日判例地方自治328号21頁。その他に、教育関連の事例として、徳島地決2005年6月7日判例地方自治270号48頁などがある。

16)東京地判2012年11月2日賃金と社会保障1583号54頁。

17)静岡地浜松支判2014年9月8日判例時報2243号67頁。

18)大阪高判2008年5月29日判例時報2024号20頁。