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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

コミュニケーションでのアクセシビリティ

池上真

特定非営利活動法人日本ASL協会が日本財団の助成の下実施している「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の第1期奨学生として、2005年にアメリカ合衆国に渡り、現在、東海岸のフィラデルフィアで、精神障害をもつ聴覚障害者を対象とした臨床ソーシャルワーカーとして働いている。渡米してから、今年でちょうど10年が経つが、ADAが施行されているアメリカの大学や職場で体験したことを書いてみたい。

まず、僕は、2005年から2009年までワシントンDCにあるギャローデット大学に留学した。初めの2年間は、英語とアメリカ手話(以下、ASL)を勉強し、そしてその後、同大学大学院に入学し、ソーシャルワークの修士号を取得した。ギャローデット大学では、ほとんどの教員が手話で話し、学生もある程度ASLができることを前提として、講義が進められるので、大学で学ぶ権利を擁護するために、自分から教員や大学にADAを意識して働きかけるという必要はまずなかった。

また、ソーシャルワークの修士課程を修了するためには、500時間のインターンシップ(現場実習)をこなす必要があり、聴覚障害とは無縁の学校や社会福祉施設でインターンシップを行うことが求められた。

僕がインターンシップをさせてもらった団体は、ワシントンDCに住む低所得層の人たちの社会参加を支援するためにケースマネジメントのサービスを提供していた。僕は、インターンとして、同僚に付き添われながら、定期的に家庭訪問を行い、クライアントのニーズを満たすサービスやプログラムを探し、斡旋するという業務を体験させてもらった。この団体では聴覚障害があるのは僕のみで、クライアントも含めすべての関係者は聞こえる人たちで、手話ができる人もいなかったが、このコミュニケーションギャップを埋めるためにギャローデット大学から通訳サービスが派遣されたのである。

大学院修士課程終了後、フィラデルフィアにある精神障害をもつ聴覚障害者のための団体に就職した。働き始めて今年で6年目で、現在は臨床セラピストをしている。

この会社では、精神障害や知的障害のある聴覚障害者に対して、ケースマネジメント、デイ・プログラム、カウンセリング、グループホーム、アウトリーチなど、さまざまなサービスやプログラムを提供している。大学院時代に経験したインターンシップと異なり、この会社では、すべてのクライアントが聴覚障害者で、職員も最高経営責任者も含め、ほとんどが聴覚障害者であるため、職場ではコミュニケーションの面で問題に直面することはほとんどない。

ただ、外部の関係機関(学校、児童相談所、州の省庁など)と会議を行う場合は、原則として、その会議を招集した人が手話通訳を手配する義務がある。また、クライアントと一緒に裁判所や病院、社会福祉事務所などに赴くときも、原則として、それぞれの機関が手話通訳を提供する義務がある。

僕の経験から言えば、手話通訳の手配を拒否されたケースはほとんどないと言っていいだろう。裁判所の場合、時々手話通訳の手配を忘れたりすることがあるが、その場合、手話通訳なしでそのまま進めることはなく、日程を再調整して、裁判を延期することが通例である。

また、病院の場合は、予約を入れるときに患者のほうから手話通訳が必要である旨、伝える必要がある。アメリカは多民族国家であるため、どの言語の通訳が必要かを明確に伝える必要がある(スペイン語、中国語、韓国語など)。時に、受付の人に「自分で手配してください」と言われることがあるが、そのときは、ADAという法律があり、病院側に通訳を用意する義務がある旨、説明すればほとんどの場合問題になることはない。

また、最近の傾向として、多くの病院で、ビデオリモート(遠隔)手話通訳というシステムを積極的に取り入れるところが増えてきている。

ビデオリモート手話通訳とは、テレビ電話やパソコンのウェブカメラのようなもので、スピーカー・マイク付きのテレビのスクリーンに手話通訳者と聴覚障害者が映り、手話通訳者が聴覚障害者と医者のコミュニケーションの仲立ちをするという方法である。このシステムには、すべての状況において利便性があるとは限らないなど、種々長短が指摘されており、広く社会に定着するまでには、さらなる改善と時間が必要と思われる。

また、アメリカでは、ろうの手話通訳者を利用するケースが増えてきている。ろうの手話通訳者とは、聞こえる手話通訳者にはなかなかつかみにくい聴覚障害者のちょっとした表情やしぐさやニュアンスを理解して、聞こえる手話通訳者に的確に伝える新しい専門職のひとつである。聴覚障害者が聞こえる手話通訳者の限界に甘んじることなく、ろう者の自然な状況、いわば、ろう文化を極力ありのままに、聞こえる手話通訳者に“手話”で伝えるろうの手話通訳者の利用の要望は確実に増加している。

このように、アメリカではADAの施行に伴い、公的な場面におけるコミュニケーションでのアクセシビリティはほぼ保障されている。ただ、アメリカでは自分の権利は、自ら主張し守るのが当然という文化があるため、日本人を含めた他民族出身者の場合、単刀直入に言わない民族性が誤解される傾向が強い。したがって、保障されたアクセシビリティを享受するには、自分の権利を主張することに慣れることが必要であろう。

(いけがみまこと PAHrtners Deaf Services臨床ソーシャルワーカー)