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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

フォーラム2015

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群患者の実態調査の報告
~深刻な実態が明らかに~

篠原三恵子

1 はじめに

ME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)は、脳と中枢神経に影響を及ぼす多系統にわたる複雑な慢性疾患で、機能障害は全身に及び、癌や心臓病、エイズのような他の極めて重症な疾患と同様に、患者のQOLを著しく低下させる重篤な病気である。その主な病態は中枢神経系の機能異常や調節障害であり、通常ウイルス感染後に発症するというのが欧米諸国における共通認識であり、世界保健機関の国際疾病分類において、神経系疾患(ICD-10 G93.3)と分類されている。

国際ME/CFS学会は、患者の約25%は寝たきり、もしくは寝たきりに近く、めったに外出することもできない重症患者であると発表している。また、国際学会やアメリカ・カナダのすべての患者団体が推奨するカナダの診断基準には、「成人が発症前のレベルの身体機能を取り戻す率は、0~6%と報告されている」と厳しい現実が記載されており、日本においても同様の状況ではないかと危惧されていた。

2 平成26年度厚労省「慢性疲労症候群患者の日常生活困難度調査事業」

今まで発表された日本の実態調査は、あくまでも病院を受診することができる患者に限られ、重症患者の日常生活困難度は一度も明らかにされたことがなかった。また、身体障害者手帳を取得できる患者は極めて稀(まれ)で、必要な社会的支援を受ける道はほとんど閉ざされている。

当会は2010年の発足当初より重症患者の実態調査の実施を求め、2013年の臨時国会には請願も上げた。このたび、厚生労働省より委託を受け、聖マリアンナ医科大学によって「慢性疲労症候群患者の日常生活困難度調査」が行われ、3月に国に報告書が提出された。

本調査は、日常生活の困難さ、実際の診断や治療の状況を調査し、患者の生活の質の向上、福祉サービスの充実や医療の改善に向けた対策を検討する上で、非常に重要な基礎データとなるものである。重症患者だけではなく、中等度および軽症患者を含め、医療機関においてME/CFSと診断された患者を対象とし、2014年8月~2015年3月に実施された。

重症患者は医療機関でその実態を把握することが難しいため、患者会会員だけではなく、HPやメディアを通して広く市民に呼びかけ、通院すらできない重症患者にも、訪問や電話での聞き取り調査を行なった。最終調査解析人数は251人、性別内訳は、男性56人(22%)、女性195人(78%)、対象患者の平均年齢は41.8歳であった。

患者の身体状況を評価するパフォーマンスステータス(PS値)が、ME/CFS患者の重症度の指標として使用されている。本調査では、PS値が0~5(軽症)、6~7(中等度)、8~9(重症)の3群に分け、統計学的解析が可能な項目については、群間比較解析を行なった。

日常生活や労働等のパフォーマンスステータス (PS値)

9:身の回りのことはできず、常に介助がいり、終日就床が必要。

8:身の回りのある程度のことはできるが、しばしば介助がいり、日中の50%以上は就床。

7:身の回りのことはでき、介助も不要ではあるが、通常の社会生活や軽作業は不可能。

6:調子のよい日は軽作業可能であるが、週のうち50%以上は自宅にて休息している。

5:通常の社会生活や労働は困難。軽作業は可能だが、週に数日は自宅にて休息が必要。

4:全身倦怠のため、週に数日は社会生活や労働ができず、自宅にて休息が必要。

3:全身倦怠のため、月に数日は社会生活や労働ができず、自宅にて休息が必要。

2:通常の社会生活ができ、労働も可能だが、全身倦怠のため、しばしば休息が必要。

1:通常の社会生活ができ、労働も可能であるが、しばしば倦怠感を感じる。

0:倦怠感がなく平常の生活ができ、制限を受けることなく行動できる。

3 調査から浮かび上がった深刻な実態

患者全体の30.2%は、PS値8~9の重症者であった。約25%の患者が重症患者であると国際ME/CFS学会は発表しているが、日本でも同様な状況があることが裏づけられた。また、中等度の患者も約35.1%おり、日常生活が極めて困難な患者がいかに多いかが、明らかになった。

また、家事が「できない」、「少しできる」と回答した患者が7割近くおり、これらの患者は居宅介護を必要としているものと推察される。さらに、軽症群においてさえも、86.9%の患者が家事後に症状の悪化を自覚しており、44.6%が症状の悪化の回復に24時間以上を要し、寝たきりになることがあると回答した。このことは、患者の日常生活困難度がいかに深刻であるかを示し、居宅介護の必要性を強く示唆している。

家事ができない場合、母にやってもらっているという回答が53.0%、父・子ども・兄弟が25.1%、配偶者が33.9%であった。家族のサポートを受けている患者が大半であり、家族の支援が必須である。今回の調査に参加された患者の現在の平均年齢は約41.8歳と比較的若く、家族の支援を受けることが可能であるが、家族が高齢になった場合には、居宅介護等の支援が欠かせないことが示唆された。また、重症群においては43%の患者が症状を悪化させずに歩ける距離は10メートル未満であり、日常生活上著しい障害を有することが明らかになった。

通院後に寝込む患者が76.7%もおり、最短でも0.5~1日、通常数日~数週間(平均8日)、最長4か月も寝込む患者がいる。さらに、「通院以外の外出がほとんどできない(40.2%)」、「全くできない患者(6.6%)」は全体の46.8%に上り、重症患者の約85%、中等度の患者でも半数近い方が通院以外はほとんど外出できず、いかに患者の社会参加が困難で、社会的に孤立しているかも明らかになった。

発症時に働いていたのは、就学者を除いた方の81.6%であったが、発症後、「すぐにやめた」、「休職後やめた」と答えた回答者が半数を占め、やめなかった患者でも休職中(8.4%)や仕事内容の変更(10%)を余儀なくされ、仕事を継続できたのは5人(2%)のみであった。

他の神経・筋疾患の指定難病の重症度分類に用いられている評価スケール(modified Rankin scale、食事・栄養、呼吸)を使用した調査において、重症患者群の約9割、中等度群の約3割、軽症群の約1割近くの患者が、医療費助成の対象となり得ることが示唆された。食べやすいように形態を加工しなければ食事ができない患者が約3割、中には栄養摂取を往診での点滴のみに頼らざるを得ない患者もいることが明らかになった。

4 守られていない基本的人権

発症時通学していた患者は61人(24.3%)で、中等度~重症患者が多かった。20歳未満の発症患者は、48人(小学生9人、中学生8人、高校生21人、大学・専門学校生等10人)で、患者全体の19.1%であった。発症後、なんとか通学を続けられたのは26人(42.6%)のみで、6割弱の就学患者が就学・通学を継続できない現状が明らかとなった。義務教育の生徒は17人だが、特別支援教育を受けていた生徒は2人しかおらず、また6人が通学できなかったと回答しており、義務教育を受ける権利すら保障されていない現状が明らかになった。

電話等での聞き取り調査に応じた選挙権のある回答者118人中、選挙権を行使できたと答えたのは35人(約29%)であった。選挙に行けなかった患者の平均PS値は6.2で、重症になるほど選挙権を行使できない現状があることが明らかになった。

5 患者たちの声

症状を悪化させる要因のトップは「無理をせざるをえない状況」で、7割の患者が要因として指摘しており、「無理しても家事をしなくてはならない」、「経済的な理由から働かざるを得ない」、「職場や学校で配慮が得られない」などの回答が寄せられた。一番困っていることのトップには、症状が耐え難いがあげられ、患者がいかに深刻な症状に悩まされているかが分かる。他には、「専門医がいない」、「社会的孤立」、「経済的困窮」、「周囲の無理解」等が続く。

行政に望むことのトップは「病気の研究」であり、「病気の認知」、「医療費助成」、「福祉サービス」、「障害年金」、「病名変更」と続く。医療費助成を望む方の中には、保険適応外の代替医療、サプリメント費用についての補助を強く希望する意見があり、家族の援助に頼らざるを得ない状況が、世帯収入にも影響し、患者自身への支援よりも、世帯の生計基盤に関わるニーズが優先されることがあるのではないかと考察される。

6 生活の困難さに応じて支援する仕組みへ!

2014年に難病新法が成立し、対象疾患が約300に拡大されようとしているが、ME/CFSは客観的な指標を含む診断基準が確立していないため、障害者総合支援法の対象疾患にも医療費助成の対象にもならなかった。患者の深刻な実態が明らかにされた今、対象を病名や患者数で区切らず、生活の困難さに応じて支援する仕組みへ抜本的に変えることが必要ではないだろうか。日々「制度の谷間」に置かれて苦しんでいる患者が、希望を持って生きていかれるようになることを願う。

(しのはらみえこ NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会理事長)